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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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天空都市(5)「商人」

 ネビウス一家では子どもの誕生日を豪華な食事で祝うのが慣わしであった。冬の終わりの月はカミットとミーナの誕生月であった。しかしこの時期、多くの市民は守り子が病床に伏しているので様々な祝い事を自粛していた。


 カミットは一家の楽しい誕生会が無くなることを危惧した。彼はリリイをどうにかして復活させねばならないと考えた。ところがネビウスに手伝いを申し出ても断られてしまい、ルルウもこういう事情なので会えなくなった。そこでカミットはハルベニィの露店を訪れた。カミットはハルベニィが鬱陶しそうに睨んでくるのを気にせず、明るく言った。


「リリイを助けよう!」


「医者が診てんだ。素人が余計な手出しすんなよ」


「良い薬は無いの?」


「ネビウスが持っている以上の物なんかねえよ」


 ハルベニィはストーブにまきを焚べた。彼はストーブの上で焼いていた細長い木の根を包丁で差して手元の皿に置いた。ハルベニィのおやつであったが、カミットが物欲しそうに見ていると、半分切って分け与えた。カミットは大いに喜んだ。


「ありがとう! ハルベニィは優しいね」


「ほんのりと甘いだろ? 美味うまかったら一束買ってけ。ネビウスが上手く調理してくれるだろうよ」


 カミットは最近は市場を散歩して商いの品を見て回るようになった。カミットがネビウスに欲しい物を訴えるようになると、ネビウスは一々対応するのを面倒がって小遣いを与えるようになった。


 実はカミットがしばしば欲しがるのは貴重品ではなく、見たことのない野菜や果実、あるいは何らかの動物といった食べ物がほとんどであった。カミットは食べてみたいものを買ってきては台所に置いていき、それがネビウスによって料理されて食卓に出てくるのが毎日の楽しみになった。カミットがあまりにもいろいろ買ってきてしまうので、ネビウスの方では食材を買わなくなった。こうして食材の買い出しはカミットがするようになったのである。ネビウスはそういう方針としてカミットに家事手伝いをさせてこなかった。しかし近頃の彼女は魔除けの祠を修繕するので忙しくしていたので、カミットが進んでやるならば好きにさせたのであった。


 カミットにとってハルベニィの店はお気に入りの場所だった。ハルベニィは多彩な品を仕入れてくるので、彼の店に来ればカミットは飽きることがなかった。一度来るとつい長居してしまって、カミットはハルベニィから島の各地の産業や名産品の知識を教えられた。ハルベニィは当初カミットに対して無愛想であった。今でもカミットの突然の来訪を鬱陶しがるのは変わらないが、カミットの話を一応はちゃんと聞いた。彼はストーブに手を翳しながら、ふと言った。


「街の連中が祝い事を自粛しているのは信仰が理由だろ? ネビウスは信仰者じゃねえから、お前が心配しているようなことは起こらねえよ」


 カミットは衝撃を受けた。ハルベニィはカミットが見落としていた視点を与えてくれることがよくあった。「そっか!」と叫んでカミットは立ち上がった。問題が解決したことを受けて、カミットはこのあとストーラを訪ねるつもりでいたが取りやめた。カミットはハルベニィの隣に椅子を持ってきて座った。


「なにしてんだ」


「やることなくなっちゃった!」


「帰れよ。お前の悩み事は解決してやったろ?」


「楽しいからここにいる!」


 ハルベニィは表情を引きつらせて「やれやれ。困ったな」とぼやいた。歓迎しないながらも、彼はカミットを拒絶もしなかった。


 カミットはハルベニィの商売を邪魔するつもりはなく、むしろ進んで手伝った。カミットはかつて荒れ地の都(ペキ)職人組合(ギルド)の受付で徒弟として働いた経験があり、来客対応の基礎を学んでいた。彼はハルベニィが扱う商品を素早く覚えて、ハルベニィが商談をしているときには品物を荷車からすぐに持ってきたり、客から品物についての説明を求められればカミットも答えた。十三歳のハルベニィが運営し、十一歳のカミットが手伝うという不思議な店は、カミットが来るようになってから売上が一割増していた。律儀なハルベニィはカミットにお駄賃を与えようとしたが、カミットが「美味しいものをちょうだい」と言ったので食材の現物支給が手伝い料となった。


 その日、カミットは店じまいまで手伝った。カミットは裏手で品物を荷車に積み込んでいて、表ではハルベニィがその日の儲けを金庫にしまっていた。そこへバルチッタが現れた。彼は酔っ払っていて、手には酒瓶を持っていた。彼はカミットに気づいておらず、ハルベニィから貨幣袋を取り上げた。


「こんだけか。少ねえな」


「冬は仕方ねえだろ。ストーラの旦那が冷凍倉庫の品を都合してくれるからまだやっていけてる方だ。ろくでもない商売するよりずっと儲かる」


 次の瞬間、バルチッタは酒瓶でハルベニィの頭を殴った。ハルベニィは周りの商品を巻き込んで転倒した。カミットは酒瓶の割れる音を聞いてすぐに表に戻った。


「バルチッタ! 何してるの!?」


「ああん? カミットが何でいるんだ?」


 バルチッタはハルベニィに向けていた冷酷な顔つきを一変させて、カミットには好意的に笑いかけた。


 カミットはハルベニィに駆け寄って、彼を助け起こした。ハルベニィは頭から血を流していた。


「ハルベニィの商いを手伝ったんだ」


「ほーう。そうかよ。どう思った? 渋い商売だろ?」


「ハルベニィはお客さんに良いと思う物を買ってもらって、お客さんも喜んでた」


「高い物を売りつけるのが儲かる商売だ。呪いの道具と薬がそうだ。この二つが一番儲かるのに、愚図な徒弟は学びやしねえ」


 ハルベニィは流血を構わず、師匠に向かって吠えた。


「愚図はお前だろ! 何回お縄に掛かれば気が済むんだ。毎回毎回、誰が助けてやってると思ってる!?」


「なんだと。大人に向かって生意気だぞ!」


 バルチッタが拳を振り上げると、カミットがハルベニィを庇って間に立った。


「ネビウスはたない」


「だけど俺はつんだよ」


「ハルベニィは僕の友達だ。っちゃだめだ」


 バルチッタはしばらくカミットを睨んでいたが、急に「酒だ。足りねえ」と言って、商品の中から酒瓶を一本引き抜いて、ふらふらと歩いていってしまった。





 バルチッタは頭に血がのぼってしまっていたが、彼はその昔貧民街で虐められて大人から殴る蹴るの暴行を受けていたときにネビウスに助けられたことを思い出した。三十年も前になる師弟が出会ったときのことを彼はすっかり忘れていた。


 酒を飲みながら雪の降る夜道を歩いていると、怪しげな男たちがバルチッタの背後をついてくるようになった。バルチッタは牢獄の都(ラクリメンシス)の出身であり、この手のことには勘が働くはずだったが、酔いがその感覚を麻痺させていた。


 バルチッタは後ろから殴りかかられると、そのまま為す術なく一方的に殴られて、ハルベニィから取り上げた銀貨袋を奪われてしまった。彼はしばらく倒れたままで雪に埋もれていた。殴られた痛みは雪の冷たさで幾分緩和されるように思われた。しかし金を取られたことは我慢ならなかった。彼は泣き叫んだ。


られちまったのかよ」


 かけられた声はバルチッタが今一番聞きたくない相手のものだった。嘆かわしいほど美しくない顔立ちのハルベニィであった。やせ細った体をボロ布を重ねた外套で包み、息が白くなる冷たい雪の夜にわざわざ酔っ払いの師匠を探しに来たのだ。バルチッタが無言でいると、ハルベニィはぽつぽつと言葉を零した。


「ネビウスはあんなにすげえじゃねえか。聞いてた話と違えんだ。あんなすごい師匠に弟子入りしてたのに、なんでこんなになっちゃったんだよ」


 バルチッタはハルベニィの言葉が重たくて受け止めきれず、すぐに言い返せなかった。ハルベニィは続けた。


「最近はネビウスが医者修行の続きをやってくれてるんだろ? 守り子の病を治せたらすごいじゃねえか。そうしたらクズのお尋ね者でも英雄になれるかもしれないんだ。やり直しの機会をネビウスはくれてるんだろ。なあ、頼むから、ちゃんとしてくれよ」


「うるせえ! あんなくだらねえことやってられるか!」


 バルチッタは立ち上がって、ハルベニィを殴ろうとした。ところが彼は手足がかじかみ、すぐに転倒してしまった。彼はじたばたとして叫んだ。


「弱いやつが病や怪我をする。弱いやつは金を持っていやしねえ!」


 ハルベニィはバルチッタを助け起こして、肩を貸して歩いた。ハルベニィは言った。


「母ちゃんに送る金をられやがって。こんなヘマ、二度とすんなよ」


「ガキが偉そうに俺に指図するな。俺は今、神殿の守り子相手に商売してんだ。お前の端金はしたがねなんてゴミみてえなもんだ」


「そうかよ。期待してるぜ、父ちゃん」

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