天空都市(3)「乾杯」
カミットはリリイとルルウが不仲になってしまったと思った。ところが姉妹の喧嘩があった日の三日後に神殿の中庭で会うと、リリイはご機嫌な様子でルルウにくっついていた。ルルウもリリイを受け入れていて、姉妹は仲睦まじかった。
「仲直りしたの?」とカミットが聞くと、二人して怪訝な様子で「何のこと?」と聞き返した。カミットはスキーのときの姉妹の喧嘩が幻かと思って寒気がした。しかしよく聞くとリリイは思い出したように「私はお姉ちゃんだから許してあげるの!」と言い、ルルウは「あんなの喧嘩のうちに入らない」と言った。
ところがリリイはこのあとすぐにカミットに食って掛かった。
「あんたのことは許してないから!」
ルルウは困惑して「リリイ、やめなよ」と言って宥めた。しかしリリイは吠えた。
「あんたは私を侮辱した!」
カミットは深呼吸してから一言述べた。
「もう言わないよ。僕が君のことをああ言ったのは間違いだった。ごめんね」
リリイは風を起こして威嚇していたのを引っ込めて、カミットを睨んで疑った。
「そう言っておけば私が許すと思ったんでしょ! 私、騙されないから! あんたのことは絶対に許さない!」
カミットは首を傾げた。
「ん? 許してなんて頼んでいないよ」
「はあ? じゃあ何で謝ったのよ」
「僕が間違っていたから」
リリイは宙に浮いたまま、体を捻って回転させて唸った。
「どういうことなの? ねえ、ルルウ! この葉っぱ頭はいったい何なの!?」
「リリイ。彼はカミットだよ。葉っぱ頭じゃない」
ルルウが注意すると、リリイはすーっと飛んでいってルルウに迫った。
「ルルウはあいつを贔屓して、私を邪魔だと思ってる! 私が帰ってきたのを迷惑がってる! あいつと一緒だったときが楽しかったから、今は私と一緒だから嫌だって思ってる!」
リリイは自分で言った言葉によって傷つき、涙をぽろぽろと零した。リリイが感情的になる一方で、ルルウは冷ややかに言った。
「リリイを邪魔だなんて思ったことない。間違ってることを言ったりやったりしたら、ちゃんと言う。それだけ」
「ルルウの嘘つき!」
いつものようにリリイは天窓から飛んでいってしまおうとした。このときカミットの森の呪いによって天窓を塞ぐように蔦が発生し、リリイは蔦の網に阻まれて出られなかった。リリイは激怒して叫んだ。
「葉っぱ頭! あんたの呪い、邪魔!」
カミットは言い返した。
「ちゃんとルルウの話を聞こうよ」
「うるさい! 葉っぱ頭の緑肌のくせに偉そうなのよ!」
リリイが怒りに任せて暴風を起こそうとしているところに、ネビウスがミーナを伴ってやってきた。さらにその後ろにはネビウスがストーラに紹介するために連れてきたハルベニィもいた。ハルベニィは通路まで聞こえてきていたリリイの暴言に呆れていた。
「あそこまで露骨な人種差別はそうそう聞かないぜ」
「子どもだから、これから色々勉強するのよ。ごめんなさいね。ちょっと待っていてちょうだい」
ネビウスは中庭に出ていってリリイに呼びかけた。
「喧々していないで、あんたはやることあるでしょ!」
「私、飛べるからいいの! 歩けなくたって困らない!」
ネビウスはハルベニィを見て言った。
「例のやつをお願い」
「商品だぞ。試しにって言われてもな」
「代金は払うわ」
「そうかい。なら遠慮なく使ってみようか」
ハルベニィは大きな鏡を両手で抱えて取り出した。鏡はきらりと輝き、人の目に見えぬように隠れ潜んでいる精霊たちをぐんぐん吸い込んだ。これによってリリイは風の呪いを失って墜落してしまった。ネビウスがきちんと受け止めはしたが、リリイはネビウスに抱きかかえられたまま呆然としていた。ネビウスは恐ろしげに語りかけた。
「闇の呪術は恐ろしいのよ。呪いにだけ頼っていてはだめ。あんたはこんな簡単に落っこちちゃったじゃない」
リリイはぐすぐすと泣いて「あの怖いやつをしまって! 今すぐ!」と叫んだ。ネビウスが視線を送ると、ハルベニィは鏡に布を掛けた。その瞬間、リリイは「ネビウスなんて大嫌い!」と叫んでネビウスの腕の中から飛び立ち、通路の方から出ていってしまった。
※
カエクス亡き今、神殿で第一の実力者となったストーラはついに空の都で最も成功した男になりつつあった。魔人討伐により空の都の経済は一応は上向くはずだが、冬から春先にかけては浮船を出すことができないので今は我慢の時期であった。
そうは言っても、ストーラは突如自由に使えるようになった神殿の宝物庫を放置しておくつもりはなかった。彼はネビウスが紹介した商人の徒弟であるハルベニィから呪いの道具を購入した。いくつかは実用のためであり、またいくつかは投資のためであった。ハルベニィはストーラからしてみても手強い相手であり、彼が目論んだ無知な商人の徒弟から掘り出し物を安値で買い叩くという計画はご破産となった。
ただしストーラにとってこの買物は無駄ではなかった。呪いの道具をまともに扱える商人は貴重なので、ストーラはハルベニィの将来に期待して彼に心づけの銀貨を与えた。ハルベニィは「旦那! 分かってるじゃん!」と言って大変喜んだのであった。
ハルベニィが帰った後で、ストーラは執務室にネビウスを招いた。
「リリイはどうかな?」
「思っていたよりも子どもで驚いているところ」
「カエクスは守り子が双子であることを重視していた」
「ルルウは何の問題もないじゃない。魔人討伐で活躍したから市民も尊敬するでしょ」
「年越しの祝祭では峰の祠に雷を灯す。本来は守り子がすべきことだが、直近二回ではルルウは神官を送り出す儀式だけの参加にとどまっている」
「そうなの。大変ねェ」
ネビウスがとぼけると、ストーラはにまりと笑ってわざと事務的に言った。
「そういうわけなので仕込んでおいてくれ。賢者には感謝しても仕切れぬなァ」
ネビウスは言われなくてもやるつもりでいたが、頼まれてやるに越したことがないとも思っていた。このときも彼女はストーラに嫌味を言うのを忘れなかった。
「あんた、誇りがないのもけっこうだけど、あんまりいい加減にしていると神殿の千年以上の歴史をあんたが潰すことになりかねないのよ。頑固者のカエクスを馬鹿にしているつもりで手を抜いていられたのは信仰に熱心なカエクスがいたから。気を張ってやりなさい」
「いやはや。カエクスは偉大であったか」
カエクス嫌いということならストーラとネビウスは一緒だったはずだが、ネビウスはカエクスが死んだ途端に評価をかなり上げた様子で今や態度を翻していた。ストーラは信仰のことなどネビウスにだけは説教されたくなかったが、喧嘩をしても得はないので彼は受け流すしかなかった。
これまではストーラが持ち寄った酒を楽しんでいたネビウスだが、今回はついに勝手に戸棚からワインを取り出して飲み始めた。
「あんたも飲む?」
「では頂こう」
ストーラはそれは自分の酒であるとは言わなかった。彼の考えでは財は巡るのだ。神殿の上級神官という立場にあればこそ彼の元に金が集まってきて、それを元手に遠方の美酒を買うことができた。彼はそれを自分が成し遂げたことに対する当然の報酬とは思っていなかった。むしろネビウスが注いでくれるというなら、その行為自体に意味があるようにも思えていた。ストーラが物思いに耽っていると、ネビウスが言った。
「あんた、ちょっとだけ良い顔になったかもね」
「おや。すまないが、私は妻子ある身でな」
ネビウスは爆笑した。
「馬鹿言ってんじゃないわ。勘違いしないでちょうだい」
「おい、おい。それくらい言わせてくれよ。もちろん最初はそう言うというだけだがな」
「あんたが色んなところに女作っているって最近よく聞くようになったわ」
「おや、おや?」
「大変ね。上級神官の主席ってやつは」
「やはりカエクスは偉大であったか」
頑固で信仰一筋のカエクスはそのようなスキャンダルとは無縁であったが、軽薄で不信心のストーラではそうはいかなかったというわけ。ストーラは顔をきりっとさせて「信仰に」と言って盃を掲げた。ネビウスはこれに応じて、二人は乾杯した。




