天空都市(2)「真っ白」
リリイはカミットのことを葉っぱ頭と呼んだ。その度にカミットは「僕はカミットだよ」と訂正を求めたが、リリイはカミットが言い返してくるのを面白がって呼び方を改めなかった。ミーナはカミットにぴたりとくっついてリリイをじとりと睨み、ルルウはカミットがリリイに苛ついてはいないかと不安がった。カミットは怒ってはいなかったが、リリイがカミットに対して強気で出てくるならば負けては居られぬと思って、あるとき初めて攻撃し返した。
「君は変な色の真っ白だから真っ白お化けだ!」
リリイは空の化身と同化していた間に体中が白色化を起こしていた。近頃リリイは「白って雪みたいで素敵!」などと謳っては周囲に同意を求めて鬱陶しがられていて、特に気にしている風には見られていなかった。ところがカミットが変な色と言ったときには、リリイは衝撃を受けた様子で何かを言い返そうと口をパクパクさせている内に、顔をぐしゃぐしゃに歪ませ、ついには号泣し、つむじ風を起こして中庭の天窓から飛んで行ってしまった。
カミットの蓋をしたまま放置していた記憶が蘇った。カミットは彼の発言によって女の子に泣かれるのは人生で二度目だった。一回目は入り江の魔人討伐の前にシルクレイシアを泣かせてしまったときである。そのときは全く理解できなかったシルクレイシアの気持ちが今はしっかりと分かって、相手の気持ちに配慮すべきであったと反省した。
しかしリリイとの喧嘩ではカミットは何も悪くないと思った。なぜなら彼はあくまで先に攻撃を受けた被害者であり、身を守るために攻撃し返したに過ぎないからだった。実際、ルルウは「リリイがごめんね。私が言っておくから怒らないで」とカミットに謝ってきたし、ミーナも「カミットは悪くないよ」と言ってカミットを擁護した。
いつものことだがカミットは帰宅してから夕食の席でネビウスにその日あったことを報告した。もちろんリリイとの喧嘩のことも話した。ネビウスは淡々と言った。
「坊やはリリイに謝って、坊やもリリイに謝ってもらうと良いんだわ」
「ええ!? なんで僕が謝らないといけないの?」
「言い過ぎて泣かせちゃったんでしょ?」
「見た目のことを言われたから、僕も言ってやったんだよ」
「リリイは悲しくて泣いちゃうくらい言われたくなかったことなのよ。坊やはそこまで嫌に感じることは言われてないでしょ」
「先に自分からやってきたくせに、言い返されて泣くのはずるいよ。そしたら、僕だって同じくらい嫌だったって言えば良いんだ」
「坊や、やさしさって何だろうねェ」
この日ほどカミットにとって食事が美味しくなかった日は無かった。かつてカミットに負けてはならぬと教えたネビウスであるが、実際には彼女はしばしば負けている者たちを贔屓した。リリイとの喧嘩に関して、カミットはいろいろな人に意見を聞いて回ったが、大方は「どっちもどっち」とか「気にするな」というようなことを言うだけだった。カミットが謝るべきかと聞けば「それほどのことではない」と言われることが多かった。彼は自分が非難されないことを確かめて安心した。
ところが商人の徒弟であるハルベニィは手厳しかった。彼はカミットを睨むと生来の目つきの悪さをさらに悪化させて、呆れた口調で言った。
「バカかよ、お前。森の民の葉っぱ頭は森の民なら当たり前の外見だ。お前には仲間がいっぱいいるから悪く言われてたってどうってことない。でもリリイの真っ白な体はあの子だけの変な見た目だ。リリイには仲間がいねえ。ほら、お前が悪い」
カミットは驚愕して混乱した。ハルベニィは追い打ちをかけた。
「リリイが馬鹿なのも事実だ。お前はあれだな。ちっと小突かれたからって、思いっきり蹴り返しちまったんだ」
ハルベニィの論はほとんどネビウスと同じに思われた。カミットは反論した。
「僕は葉っぱ頭って何回も言われたんだよ」
「そのまま放っておければ良かったけどな」
「なんで!?」
「お前が聞いてきたから俺の考えを言っただけだ。理由は全部言った」
カミットは不貞腐れてその場に居座り始めた。ハルベニィが市場の一角に構える露店はカミットがよく立ち寄る場所の一つとなっていた。このときハルベニィは彼にしては珍しくカミットの相手をよくしたが、話を終えるといつものようにカミットを追い払おうとした。
「商売の邪魔だ。帰れ」
「いやだ! まだ考え終わってない」
「バカ野郎。お前の意思は聞いてねえ。毎日飽きもしないで来やがって。商人の時間を盗るなら何か買えよ」
カミットは立てかけてあるペアになった細長い板を見た。
「あれ何?」
「スキー板だ。冬場の移動には便利だぜ。風の呪いを仕組んである板ならどんな雪山も自由に滑れる」
「すごい! ネビウスに買ってもらおうかな!」
ハルベニィはカミットが「ネビウスに買ってもらう」と言うといつも鼻で笑った。結果は魔人討伐に繋がったものの、以前ネビウスは現物を見もしないで高額な雷の槍をカミットに買い与えていた。ハルベニィはカミットの甘やかされぶりについ笑ってしまうのだが、それでもハルベニィにとってネビウスは金を出し渋らない良い客であった。
「どうすんだ。買うのか?」
「一個だけあっても、一人では遊びにいけないしなァ」
「どこにでも勝手に行ってるじゃねえか」
「雪山は危ないんだよ。ネビウスが一緒じゃないと」
「だったら二つ買えよ」
「ネビウスに相談してみる」
カミットがスキー板を欲しがると、ネビウスは今回は現物を見に来た。これがネビウスとハルベニィの初対面となった。ネビウスは板にかけられた呪いについて細かな質問を多くして、その場で機能を確認し出して、なかなか買うとは言わなかった。ハルベニィは散々注文をつけられて、板職人に依頼して板を万全の状態に仕上げなくてはならなかった。
「ケチな客だな。達人だったら呪いくらい勝手に調整しろよ」
「舐めんじゃないわ。不良品を売りつけられて事故でも起こしたら困るのよ」
「バルチッタと同じ扱いはやめろよ。俺はそれなりの物をそれなりの値で売ってるぜ」
ネビウスは店の品をざっと眺めて「そうみたいね。あんたは良い商人になれそうよ」と言った。ハルベニィはネビウスの評価が意外だったので、つい嬉しくなって興奮し「本当か?」と聞いた。ネビウスはにやりと笑っただけで、もう一度は言わなかった。
※
防寒着を着て、眼には透明ガラスのゴーグル、そして足にはスキー板を装着して、カミットは勢いよく雪の斜面を滑った。カミットは運動が得意であって、ネビウスから少し指導を受けただけでたちまちコツを掴んで、調子よく滑り出した。
しゃっ、しゃっ、と左右に振れる鋭利な動きで滑り降りるのはネビウスであった。元々野外の遊びが大好きであった彼女はスキーに関しても熟練であった。カミットが板を欲しがったときには、実際彼女自身がスキーをしたいという理由で子供らにも買い与えたのであった。
あまり運動が得意でないミーナは苦戦していた。ミーナは風の呪いの扱いならばかなり得意だったが、風の呪いが仕込まれたスキー板はあくまで推進力や方向転換の際にその微弱な風圧を用いるのであって、基本的には体幹や足腰の力で滑るものであった。ミーナは足で踏ん張ってどうにか斜面をずざざと下りていき、そうしている内に疲れてしまっていた。
誘われてきたルルウは子供のころからやってきたことなので、かなり上手かった。ブート人の場合は腕の翼を用いて、ふわりと浮き上がるような動作を組み入れることで、より自在な滑走ができた。彼女はミーナを気遣って、ゆったりと滑った。ルルウはミーナを元気づけようとした。
「あと少しがんばろ!」
「……うるさい。あっち行って」
ミーナはぼそりと言った。ルルウは驚いて硬直した。二人が気まずくなって沈黙していると、ここにネビウスが戻ってきた。
「ミーナ。もう疲れちゃったかしら?」
「ううん。まだがんばる」
ミーナはネビウスには柔らかい笑顔を見せて言った。
「はあ? かわい子ぶってんじゃないわ!」
空から暴言が降り注いだ。リリイがふわふわと浮いていたのだ。彼女はすーっと飛んできて、ルルウとミーナの間に入った。
「ネビウス! ミーナはルルウにひどいこと言ったの! 叱って!」
「あらまァ。ミーナ、そうなの?」
ミーナは口をきゅっと結び、ふるふると首を横に振った。リリイは一瞬で激怒した。
「嘘つき! 私見てたんだから!」
ここでルルウがリリイの腕をそっと掴んだ。
「また私の記憶を見たの? もう見ないって約束したよね?」
「えっと、……違うの! 私、ルルウを守るために……」
今度はリリイが焦り始めた。ルルウは冷静な口ぶりで詰め寄った。
「私とミーナのことはリリイには関係ないでしょ。私がどうにかすることなんだから」
「だめよ! ルルウってばこういう悪いやつにバシッと言えないでしょ! 私が代わりにやってあげる!」
「本当にやめて。そういうのは迷惑」
ルルウがきっぱりと言うと、リリイは悲劇的な様子で泣き始めた。
「なんでそんなこと言うの! 私、ルルウのお姉ちゃんなんだよ!」
今にもリリイが飛んで行ってしまいそうになるところをネビウスがすっと近寄って抱きしめた。
「あんたも難儀ねェ。私はミーナのことをよく知っているのよ。きちんと言っておくわ」
「ルルウがひどいの! なんで!」
リリイはネビウスの腕の中で声をあげて泣いた。
実はこのときカミットもミーナを気にして戻ってきていたのだが、彼の苦手なリリイが現れて大変なことになっていたので、木陰でこっそりと様子を伺っていたのだった。
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