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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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呪いの霊峰(16)「遺言」

 魔人が倒れたのをネビウスが教えると、都から船大工が浮船で霊峰に向かった。ネビウスもこの船に同乗していた。


 荒れ果てた霊峰の発着場では多くの神官ドルイドや戦士に囲まれてカエクスが横たわっていた。カエクスは腹部に致命傷を負っていた。カミットが寄生植物を使って応急処置をしていたが、ネビウスは彼を一目見て助からないと判断した。ネビウスは膝を付いて、彼に顔を近づけて言った。


「遺言を」


 周囲の者たちがざわつくと、ストーラが「静まれ!」と叫んだ。人々が黙して待つなかで、カエクスは微かな声で言った。


神官ドルイドたちよ。変わらぬ信仰を。守り子と空の化身(アデケレ)に忠誠を」


 神官ドルイドたちは言葉を押し殺して泣いた。彼らはしきりに頷き、カエクスの言葉を胸に刻み込んでいた。


 カエクスはネビウスが一歩引こうとしていたところに手を伸ばした。ネビウスは彼の手を握り返し、顔を近づけて言葉を聞いた。


「守り子はまだ幼い。幼き二人に賢者の保護と導きを」


 微かな声で絞り出した言葉は死後の心配であった。ネビウスは彼に約束をした。


「任せなさい」


 ルルウはネビウスに縋りついた。


「カエクスを助けて! ネビウスならできるでしょう!?」


「あなたは彼の言葉を聞かねばならないわ」


 ネビウスはルルウを抱きしめた。そしてルルウをカエクスに向き合わせた。ルルウは崩れ落ちて呻いた。


「なんで。私なんかを」


 カエクスの表情からは血の気が失われつつあった。彼はルルウの手を握り最期に言った。


「誠実で、勤勉な、純なる守り子に仕えられたことを誇りに思う。あなたの未来に栄光あれ」


 ルルウが握っていたカエクスの手が力なく落ちた。ルルウはカエクスを抱いて涙した。





 船大工は直ちに紐船の修繕工事を行った。さらに神官ドルイドたちが協力して風の呪いを使うことで、本神殿への道が再建されたのである。


 霊峰の発着場から一本の太い縄で繋がる先には本神殿のある浮島があった。紐船は十人ほどが乗れる船を縄にぶら下げて、風の呪いで緩やかな推進力を得て上がっていく仕組みになっている。


 守り子であるルルウにはこれから彼女にしかできない任務があった。幼い頃から指導を受けてきた恩師が死んだとて、泣いて落ち込んでいるわけにはいかなかったのだ。


 カエクスを失った神官ドルイドたちは右往左往して、自ら動くことができなかった。ストーラですら彼がカエクスの代わりにすべきことを把握していなかった。


 頼りにする人が無くて戸惑っているルルウにネビウスが寄り添った。


「本神殿に行きましょう」


「カエクスはどうしよう?」


「彼はリリイと空の化身(アデケレ)を助けることを望むはずよ」


 ネビウスが手を引き、ルルウを紐船に乗せた。ネビウスは大声でコウゼンを呼びつけた。


「あんたも来るのよ。勝手をしたんだから覚悟しなさい」


「良かろう。挨拶するには良い機会だ」


 コウゼンは快活に了承したが、彼は峰の魔人の攻撃を受けて負傷していた。彼に肩を貸していた黒毛の剣師セイヴァが「私も同行する」と言った。必ずしも穏やかな雰囲気ではなかったが、ネビウスは「好きになさい」と言って許した。部外者の本神殿への出入りなど、本来は守り子であるルルウがその可否を判断すべきであったが、カエクス亡き今となっては助言する者もいなかった。


 守り子のルルウと彼女に付き添う者たちを乗せて紐船は引き上げられていった。


「おもしろい!」


 カミットが眼下の山々を見下ろして大声で叫んだ。彼は勝手に紐船に乗り込んでいたのだ。


 乗員十数名がカミットの存在に気づいてぎょっとした。本神殿に信仰と全く無関係の森の民の子供を入れることを神官ドルイドたちは嫌がった。ネビウスは何も言わなかった。それでルルウが判断して、周囲に宣言した。


「彼は魔人を倒した英雄だから大丈夫」


 ルルウはカミットに言った。


「危ないよ」


「大丈夫だよ! ほら」


 カミットは森の呪いで蔦を出して手すりと結び付けていた。ルルウには彼がどうしてそんなにも船の外を見たいのか分からなかった。見える景色はただの空でしかなかったように思われた。ルルウは彼に寄り添って聞いた。


「何がおもしろいの?」


「浮船と一緒な気がするのに、この宙ぶらりんな船は違った楽しさがある。それがおもしろい!」


 ルルウはカミットに言われて紐船が特別な乗り物だったことを思い出した。浮船は航路を自由に選べて便利であったが、紐船の決められた場所を往復するだけの行為は浮船にはない癒しをもたらすように思われた。本神殿に行くときはいつもカエクスが連れ添ったことをルルウは思い出した。自然、涙が零れた。


 カミットはカエクスの応急処置を行った当人であり、その死に際をもルルウたちと共に看取っていた。それにもかかわらずカエクスの死にほとんど衝撃を受ける様子もなく、そのすぐ後には紐船の道を観光気分で楽しんでいた。彼とて体中に擦り傷や打撲を負っていて平気ではないはずだが、三体もの魔人を倒しただけあって心身ともに強靭らしかった。ルルウは彼もカエクスの死を悲しんでほしいとふと思ったが、一緒になってめそめそするのもやっぱり嫌で、複雑な思いをいだいた。ルルウは手すりから可能な限り身を乗り出そうとするカミットを背後から抱きしめて「危ないから」と言った。


 一方、本神殿に着くまでの間、ネビウスとコウゼンが改めて話し合っていた。ネビウスはわざとらしくとぼけた。


「まさかあんたが太陽の守り子だったなんて!」


「その口ぶりで確信した。賢者は知っていたはずだ。思えば、ネビウスが剣師セイヴァを拒絶しないのは不自然だった。魔人討伐を冬の真ん中の月でなくとも良しとしたのは私たちを使って仙馬ボレマロゴをおびき寄せるつもりだったからだ」


「偏見と言いがかりは止しなさいよ。あんたにも剣師セイヴァの悪いところが出始めているわ」


 コウゼンはネビウスが本音を包み隠して暗躍し、太陽の化身(スタァテラ)を利用したように思われたことについて、決して良い印象を持っていなかった。彼は責任と義務によって我慢してネビウスと話した。


「カエクス上級神官(ドルイド)は守り子を指導するように遺言したようだ」


「そうよ」


「我々はこのあとすぐにも太陽の都(ソルガウディウム)にネビウスを招かねばならない。そのために私は危険を冒して都を留守にしたのだ」


「あんたたちの都合を押し付けないでよ。私はやること済ませたらそちらに伺うつもりよ」


「それはどれくらいかかるのか?」


「ルルウが一人前になるまでだから、えーっと、十年くらい?」


「ならぬ!」


 コウゼンは怒声をあげた。船は静まり返り、一同の視線がネビウスとコウゼンに集まっていた。ネビウスはニヤニヤと笑って「見世物じゃないわ!」と言った。それぞれが再び談笑し始めて、コウゼンは声の調子を低くして言った。彼は顔を赤らめて気まずそうにした。


「剣師も冗談は言うが、時と場合は弁えるべきだ。今我々は真剣な話をしている」


「あんたくらいの才能があったらもう少し余裕があった方が良いわ」


「我々に余裕はない」


「十年てのはもちろん冗談だけど、そうね。夏くらいまでを目途にルルウを何とかやっていける状態にするわ」


「……来年の秋までには必ず太陽の都に来ると誓ってもらおう」


「はい、はい。誓うわ。約束しましょ」


「うむ」


 コウゼンは緊張から解放されてようやく笑顔を見せたのだが、彼の背後にいた黒毛の剣師セイヴァがすかさず助言した。


「第三者を立会人として書面で誓わせるべきだ」


 ネビウスは彼を睨み「黒猫は賢いつもりなのが鼻につくわ」と文句を言った。


 コウゼンはこれから空の本神殿で目の当たりにするであろう事実を予期していた。彼は太陽の守り子として知っておきたいことがあった。


太陽の化身(スタァテラ)仙馬ボレマロゴが戦っていたら、どちらが勝っていただろうか?」


「あんたが自信持てないなら、そのとおりの結果になったでしょうよ」


太陽の化身(スタァテラ)はこの世で最も強い。疑ったことなどない」


「大地の守り子は大地の化身(アウクシャ)をそんな風に神格化していないわ」


「ベイサリオンが偉大であることは認めるが太陽の化身(スタァテラ)大地の化身(アウクシャ)を同列に語るべきではない。大化身であることは同じでも、果たす役割の重大さは全く異なる。私たちは終わりの島(エンドランド)全域の平和に責任を負っているのだ」


「へェ、そうなの」


 ネビウスはいい加減な相槌を打った。ネビウスとコウゼンは事務的なやりとりはできても、個人的な交友関係を築けそうにはなかった。そもそも先に拒絶していたのはネビウスであった。彼女は指摘されても認めなかったが、継承一門カイラ剣師セイヴァが大嫌いであった。その肩書を持つ人が相手なら誰でも、基本的にはネビウスは上手く付き合えない傾向にあり、それはコウゼンも例外ではなかったのだ。


 気まずい二人の会話は本神殿の発着場が見えてきたことにより自然と終わった。カミットはネビウスのところに駆け寄ってきた。ネビウスは彼を抱き寄せた。予期せぬことが多くて親子はまだきちんと話せていなかった。カミットはいつものように濁流のように喋るかと思いきや「カエクスがルルウを守ったよ。僕も頑張ったけど」とだけ報告し、言葉少なであった。

お読みいただきありがとうございます。

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