呪いの霊峰(14)「超常」
峰の魔人が放った空気の弾丸は灰色の外套を貫通して、コウゼンに直撃し、彼を吹き飛ばした。コウゼンは仰向けになって転がり、月追いによって汚染された黒い空を見てため息をついた。魔除けの外套を貫かれることは本来あってはならないが、それにしても彼は自分が外套の守りを過信していて、不意の襲撃を回避できなかったことに愕然としていた。
剣師たちは騒然としたが、黒毛の剣師が代わりに指揮を取ることですぐに立て直した。黒毛の剣師は一応コウゼンの元にやってきた。
「大丈夫か」
「私は自分に失望した」
コウゼンが冗談で返しても、黒毛の剣師は深刻な真顔であった。
「怪我は?」
「問題ない」
コウゼンは直撃を受けた横腹を撫でて言った。彼は塔の魔人が腕を復活させて、さらに剣を作り出して二刀流となって、剣師たちと戦う様子を見た。
「塔の魔人は任せるぞ。私は峰の魔人をやる」
「本当は怪我をしているな? 先程はひやりとしたぞ」
「二度はない。峰の魔人は必ず滅ぼす」
カミットは峰の魔人に破魔の矢を射ることで咆哮をやめさせていた。そしてナタブの傭兵たちも大盾を構えた戦士が前列を固める防御重視の戦術でもって峰の魔人を取り囲んで危険な鼻を使わせまいとしていた。彼らはコーネ人ではとても真似できない我慢の戦いをしようという。効率を重視する継承一門の剣師としても決して褒める気にはならない戦い方だが、ここに至って時間を稼ぐには決して間違ったやり方とは思われなかった。峰の魔人の咆哮を防げば、翼甲獣は近寄ってこないようであったからだ。そして翼の大蛇たちはブート人戦士たちが食い止めていた。コウゼンは戦いが始まるまでは継承一門が主体となってすぐにも魔人を討伐すると思っていたのだが、今や投じた戦力は全てが必要となっていた。
コウゼンは横腹の痛みに耐えて立ち上がった。長剣を振ることはできなかった。彼は膠着しつつある戦場を見て決断した。
「剣で駄目なら裁きの光で焼き尽くすしかない」
コウゼンの旧友でもあった、黒毛の剣師は呆れて言った。
「空の化身の縄張りを侵せば、神殿どうしで揉めることになる」
「そんなことを言っていられる場合か。こうなっては手段は選べぬ」
遥か彼方の北西にある太陽の都の支配域、そこに聳える火山に向かってコウゼンは静かに言った。
「太陽の化身、私に力を!」
その呼び声に応えるようにして、火山が小規模ではあったが突如噴火を起こした。噴煙の中から眩い光が飛び出した。その光は火山に近いある浮島に降り注いだ。その浮島を起点とし、終わりの島全域の空に無数にある浮島が太陽の都の方から順番にぽつぽつと輝きだして、その光はやがて空の都にまで至った。
霊峰の上空から凄まじい光が照りつけて、月追いの黒い瘴気を焼き滅ぼした。光の主はコウゼンの横へと降り立った。体格ならば巨獣を名乗るほどでもなかったが、その輝く鬣と全身が赤熱して燃え盛る姿は普通の生物とは一線を画していた。太陽の化身は太陽の力を象徴するライオンであった。
大化身は信仰の有無を全く気にしないので、守り子の出身は神官でない場合が多かった。守り子となってしまえば半強制的に大神官となり、神殿に所属することになるのだが、その身分移行はしばしば難航した。神殿とは権威を分かつ職人組合の下部組織であり、しかも武力を頼みとする継承一門の剣師となればその障壁は最大であった。
剣師のコウゼンが太陽の化身を継承したのはほんの半年前であった。多くの必要な手続きが為されておらず、現在に到るまで彼が守り子に選ばれたことは公にされていなかった。新たな太陽の守り子は峰の魔人討伐戦において、諸々の政治的事情を無視して表舞台に出たのであった。
コウゼンが剣を触れなくとも、太陽の化身は灼熱の突進と闇を滅ぼす爪と牙で月追いを圧倒した。剣師たちは太陽の化身の炎を伴う躍動に巻き込まれないように距離を取った。塔の魔人は抵抗して光の矢を放ったが、太陽の化身の灼熱の輝きによって光の矢は当たる前に影となって焼き消えた。
太陽の化身は全てを蹴散らした。とうとう峰の魔人にも飛びかかり、首根っこに噛みついた。弱点など狙う必要もなく、灼熱の輝きで魔人を滅ぼすかに思われた。
そのとき雷鳴が轟いた。
彼方の空より、青白い光が黒雲と嵐を引き連れて霊峰に向かってきていた。
コウゼンはこれを見て愉快げに笑った。
「仙馬は出遅れたな。私たちが全て片付けてしまうぞ」
そんな彼の元にルルウが駆けつけた。彼女は息を切らしながら言った。
「大化身を逃して! 仙馬の狙いはあなたたちなの!」
仙馬は稲妻を纏って槍のようになって急襲した。太陽の化身は寸前で飛び退き、その襲撃を避けた。
灼熱のライオンと黄金の鬣を持つ黒馬が向かい合った。太陽の化身の背後は照りつける晴天となり、仙馬の背後は吹き荒れる雷雨となった。これだけでも仙馬の力が太陽の化身に拮抗していることは明らかだった。
コウゼンは目を見開いた。太陽の化身が鬣をこれ以上ないほどに赤熱させて警戒しているのだ。魔人相手ならば機嫌を良くして圧倒していたが、新たな敵は油断ならないと見たのである。
コウゼンは苛立って言った。
「太陽の化身は最強だ」
「落ち着いて! 仙馬は大化身を殺すつもりではないはず」
「何を根拠に!」
コウゼンはルルウを威圧的に睨んだ。彼はルルウの必死な表情を見て、不在にしているもう一人の守り子と空の化身に思い至った。彼は彼自身がした少女への態度を恥じた。それでも彼はルルウの忠告を受け容れられなかった。
「太陽の化身無しには勝利は得られぬ!」
コウゼンは太陽の化身に仙馬を打ち倒すように願った。太陽の化身はだっと駆け出した。
※
超常の怪物どうしが激突する直前のことであった、仙馬が太陽の化身の突進を回避した。両者が擦れ違うと、晴天と雷雨が入れ替わった。仙馬は走っていった先で前足を振り上げて嘶いた。
その馬上には人影があった。カミットが飛び付いて、森の呪いの蔦で仙馬に密着したのだ。仙馬はカミットを振り落とそうとして大暴れした。
太陽の化身は構うことなくまとめて攻撃しそうであったが、コウゼンが制止した。コウゼンは一旦ではあるが太陽の化身を近くの浮島へと返すことにした。太陽の化身は跳躍すると、光となって天に帰っていった。辺りはたちまち荒天の嵐となった。
戦闘ではほとんど役に立っていなかったルルウ及び神官や呪術師たちが本来の仕事を思い出した。今回の作戦で神官と呪術師を多数集めたのは風と雷の呪いによって、仙馬に願いを届けて魔人を滅ぼす手伝いをさせるためであった。カミットの行動はこのことを念頭に置いたものだったのだ。まさか太陽の化身との間に割って入る者がいるとは誰も思わなかったわけだが。
ルルウは意を決し、長杖を突き上げて、仙馬に向かって叫んだ。
「我、守り子の名において、汝に願う。我らの戦において甚だしき雷落とせ」
総勢百人もの神官と呪術師が息を合わせ、呪いを駆使した。彼らの起こした風と雷が仙馬に向かって集約した。仙馬はこれが嫌だったのか、額の角を光らせて、目に見えぬ呪いをばっさばっさと切り裂くような身振りをした。角が輝くときの呪いを断ち切る力の奔流を受けて、カミットの森の呪いの蔦も焼き切られて、カミットは掴まっていられなくなりすっ飛んでいった。
ルルウはカミットが無事か気になったが、なおも集中を切らさないようにして祈り続けた。魔人や残存する月追いたちは復活しつつあった。この機を生かさねばならなかったのだ。
仙馬は少し落ち着くと、体から発する微弱な雷で呪いの干渉を和らげ始めた。そして以前もそうであったが、機嫌良く鼻を鳴らしながら、ぱから、ぱからと小気味良い蹄の音を鳴らして戦場を散歩し始めた。このとき誰もが動きを止めていた。魔人も例外ではなかった。そうしなくてはならないと誰もが自然と感じていたのだ。
ただ一人の例外がいた。
カミットは仙馬の馬上から投げ出されて、全身を打っていて、かなり苦しい思いをしていたが、高揚感で痛みの大部分を忘れて立ち上がった。そしてすぐに彼は雷の短槍を持って、ぼーっと立っている峰の魔人に向かって突撃したのだ。
仙馬はどういう気まぐれなのか、自身に集まっていた風と雷の呪いを角をぶんと振って弾いた。弾かれた呪いの気は別の呪いに引かれていった。すなわちカミットが握る呪いの武器である雷の短槍である。
訓練のときとは比べ物にならないほどの輝きがカミットの短槍に宿った。見た目ならば仙馬の輝く角のようであった。
迫る危険に峰の魔人は気づいた。仙馬の制圧下にもかかわらず、峰の魔人は機敏に動いて、カミットを蹴り飛ばそうとした。これを大盾を持つナタブの傭兵たちが防いだ。
峰の魔人は鼻を高く持ち上げて、カミットが届かないようにした。カミットはそれでも地を蹴って跳んだ。槍を投げるという発想は彼には無かった。あくまで彼は槍で刺そうとしていた。カミットの体が不自然にふわりと浮き上がった。危険を冒して近くまで来たストーラが風の呪いで援護したのだ。もはや峰の魔人はその鼻でカミットを打ち払うしかなかった。カミットは強靭な鼻によって薙ぎ払われたが、その直前に槍を峰の魔人の鼻に突き刺していた。
一際大きな雷鳴が轟き、槍に向かって雷が落ちた。地域の呪いの力を結集した一撃は峰の魔人の全身を焼き滅ぼした。塔の魔人や月追いはもはや戦う意味を失ったので、翼の大蛇に乗って霊峰から離れていった。
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