何もかもがガバガバな異世界転移
異世界転移――ファンタジー系の創作ではありふれたジャンルであろう。
世の中には様々な異世界転移もののフィクションがある。それぞれ個性があり、指向するものが違う。
あるものは人を賛美し、あるものは人の醜さに囚われ、あるものはただただ楽しいことだけをまとめたようなものだったりと、方向性は違うのだ。
異世界転移ものと言っても、内容は千差万別。あるものは主要な人物に優しく、あるものは厳しく、あるものはもうそういう次元の話ではなかったりする。
では、ここで1つ考えてみよう――実際に異世界転移するとしたらどんな世界に行きたい?
当然、自分に有利な世界の方がいいだろう。間違いない。
「というわけで、ユート殿にはこの世界に厄災をもたらす魔王を倒して欲しいのじゃ」
「はぁ。そうですか」
今ここにも一人、異世界転移してしまった者が居た。
彼の名は金城勇人。
大学生である彼は、スーパーで食材を買った帰りに異世界転移した。夕方に歩道を歩いていた筈の彼は、気づけば宮殿のような場所に居たのだ。
お約束のようにその世界の者から説明を受けたが、もう「たまにネットで見かけるテンプレかな?」と言いたくなるようなやりとりばかりである。
異世界なのに言葉は通じるし、文化レベルも近世程度はありそうだ。しかも所謂魔法もある。色々「どこかで聞いたことあるなぁ」となるものばかり。
勇人の知識が正しければ、今彼はよくある「異世界から召喚された勇者が魔王を倒す」物語の渦中に居るらしい。
異世界から召喚された際に何かしらの特殊能力が備わるらしいが、かなりの無理ゲー感が漂っていた。
「えぇと……魔王討伐とやらにはいつ頃向かうんですか?」
「今すぐじゃ!」
「ドラクエ並みのブラック対応じゃん。ガバガバかよ」
「ドラクエ? ブラック? ガバガバ?」
「あ、なんでもありません」
勇人の言葉を聞き、王が眉を顰める。
今彼が居るのは大陸の中央にある大国らしい。名前はフリージアだそうだ。
相手は大国の王だが、今回勇人を召喚するのにかなりのリソースを費やしたらしいので、多少無礼なことを言っても即殺はされないだろうという打算があった。
なんでも、国の精鋭の魔法使いの中でも召喚魔法に秀でた者達が丸々3年かけてやっと1名召喚できるかどうからしい。その間、その魔法使い達は他のことがほぼ何もできないという。
そのかわり、召喚された者はとんでもない強化が施された状態で召喚されるという。それこそ、伝説になるようなスペックを与えられるらしい。
確かに国の精鋭が複数名丸々3年も付きっ切りになるのなら、そのくらいのリターンはないと困るだろう。精鋭が3年で出きる筈だったことを召喚した1名が楽にこなせなければ、採算が取れない。
なお、召喚された者が敵にならないよう、召喚した者達が所属する国家には危害を加えられない誓約が一方的に押し付けられるというオマケつきだそうだ。妙なとこだけしっかりしている。
詰まるところ、そこまでして召喚した者をいきなり殺そうとするバカは流石にこの場には居ないだろうということだ。
もし居るようなら、その時点で召喚された者に不和を抱かせてしまうので、あまりに下策だ。
「えぇとですね……私は魔法なんて使ったこともないです。訓練しないと大事な時に失敗するかもしれないし、もしかしたら自分の魔法で自滅するかもしれないわけです。その状態でいきなり実戦はリソースの無駄づかいですよね? 3年間がパーですよ?」
「その点は安心して欲しい! ユート殿を召喚した8名の内1名と、腕利きの騎士1名の合計2名に実地で鍛えてもらう予定じゃ! どちらも一騎当千と謳われる大天才じゃ! 道中はこの2名に任せれば安心じゃぞ!」
「うわー。好待遇なのかブラックなのか分からない! というかその二人を派遣すればいいと思います!」
「この2名、腕はいいが仲が悪いのじゃ。というわけで、もしもの時は仲裁を頼む」
「いきなり現場のメンバーの仲たがいの仲裁させられるとか、新入りのブラック中間管理職じゃないですか。多少腕が落ちてもいいので、他の人じゃダメなんですか? 魔法使いの方はあと7名凄腕の人が居るんですよね?」
勇人はツッコミに怒らないでくれる王に内心感謝しながらも、ガバガバさを容赦なく指摘した。
お約束ごとのような話だが、この大陸の南部に魔族が居て、人間の存続を脅かしているらしい。
今回魔族の領域の最前線とも言えるこの国に召喚された勇人は、魔族の王こと魔王を倒すことで元の世界に戻れるらしいのだが、ここでガバガバな点が3つ。
まず1つに、元の世界に戻るための魔道具とやらを魔族が持っているらしいが、それは言い換えれば『魔族の味方をしてその恩恵として帰還させてもらえるのでは?』という抜け道があること。
2つに、もし勇人に元の世界に戻るつもりがなかった場合、彼は単身逃げることが可能なこと。この国に危害を加えることはできないが、他の国に亡命することはできる。
3つに、彼を実地訓練するらしい凄腕の2名の仲が険悪らしいこと。最悪同士討ちをして全滅の恐れすらある。
ガバガバなのかしっかりしているのか分からない。
「申し訳ないが、他の者には既に3年間分の空白を補ってもらうための仕事を割り振っているのじゃ。何より――」
「何より?」
「1番の魔法使いフィーナは100歳を超える魔女ということもあり、年下の儂の言うことを全然聞いてくれないのじゃ! あいつが行くと言いだしたら、もう儂にも覆せん! 故に、これが最もリソースのロスが少ない選択肢じゃった! 今日出るというのもあいつの意見じゃ! 逆らったらこの宮殿が消し炭になる!」
「あ。すみません。じゃあそれでいいです」
申し訳なさそうにしながらの王の言葉に、勇人は折れた。
あまりに哀愁が漂っている姿に思わず折れてしまった。何なら周囲の家臣達も目元を押さえて泣きそうになっている。
フィーナとかいう魔法使いはとんでもなく気位が高いらしい。100歳を超えている魔女ということは、もう老婆なのかもしれない。あるいはファンタジーにありがちな見た目だけ若い感じなのか。
いずれにせよ、勇人はとんでもない爆弾を押し付けられるらしい。腕は確からしいがおそらく性格が最悪な魔法使いが1名確定である。
これと仲が悪い騎士はおそらく真面目なのだろうが、もし別方向の狂人だった場合、勇人は魔法使いも騎士も放って逃げるかもしれない。
最初はこの世界について知らなければならないが、いきなり爆弾つきであった。
「ちなみに、武器や路銀などはそれなりのものをいただけるのでしょうか?」
「勿論じゃ! 我が国が誇る最高の武具を揃えたぞ! 路銀もたんまり用意した!」
「あ。そこはまともなんですね。ありがとうございます」
こうして勇人のガバガバな冒険が始まった。
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「で、これが初級魔法。ファイアボールじゃ」
「はぁ。そうですか」
ガバガバな冒険の初日、勇人は早速仲間(?)の一人、魔女フィーナから指導を受けていた。
フィーナは所謂ロリババア枠だった。
正確には1000年生きる耳長族という種族なので、100歳はまだ成人ではないらしい。仮に人間の寿命が約60年だとすれば、6歳相当の年齢になる。
そう考えると見た目と種族としての年齢は一致しているのかもしれない。もっとも、中身はかなり傲慢かつ知識があるタイプだが。
今、勇人はフィーナに魔法を教えてもらっている最中だ。本当に実地訓練になったのはあまりにブラックだが、話を聞けばこのフィーナのせいらしいので、恨むべきは王ではなくこの魔女であろう。
国最強の魔法使いのフィーナがその気になれば王級を一瞬で消し飛ばせるらしいので、王に選択肢はなかったらしい。
王はまともだったが、その下に居る人材がまともではなかったパターンのようだ。
「この世界は4大元素で満ちておる。火、水、風、土じゃな。それを使って魔法を発動するわけじゃ」
「詠唱って必要なんですか?」
「詠唱? そんなもん不要じゃ。詠唱は言わば初心者用の発火用の道具じゃ。しかし、代々続く魔法使いなどは体に術式が刻まれる。それで発火するので不要じゃな。ちなみにお前さんも召喚された時点で術式が体に刻まれとるぞい」
「何無断で人の体に変なもん刻んでんだよ」
「まぁ、この状況に慣れれば慣れる程お前さんも楽になるぞ」
「あんたらが呼んだせいでこうなってるですけど?」
フィーナがどこぞのメタルマンの博士のようなことを言いだした。
勇人は呆れを隠すことなく文句を言う。彼は己の立場を理解しているので、わりと強気で居られるのだ。
「まぁそう怒るでない」
「じゃあ逆に聞くけど、もしフィーナさんが突然了承もなしに異世界に呼ばれて『今から私達の国のために戦ってください。戦い方は旅しながら教えます』って言われたら、どうします?」
「そいつら全員皆殺しじゃな」
「えぇえええ……人の心とかないんですか?」
勇人の立場になったらどうするのか――そう問われたフィーナの回答は、あまりにあまりであった。
勇人ですらドン引きである。バーサーカーか何かかと言わざるを得ない。
「人の心? 相手側にそれがないのに、手心を加える必要があるのか?」
「今私に対してそれやってますよね? 私がフィーナさんのようなことをするとは思わないんですか?」
「そのための誓約じゃな。実際お前さんはこちらには何もできん」
「人でなしじゃんか」
「はっはっは! そもそも妾は人ではないぞ!」
「レスバに強い」
どうやら勇人はとんでもない奴と同行することになってしまったようだ。
そういえばともう一人の同行者の方を見やれば、黙って素振りをしていた。
「えぇと……フィーナさん。あの人の名前は?」
「クスリじゃな」
「誰がクスリだ! 私の名前はクリスだ!」
「アッハイ。ていうか、女性なんですね。この世界だと女性の方が強かったりするんですか?」
もう一人の同行者、騎士クリスの剣幕に引きながらも勇人は質問をした。
中々どうして図太い神経である。
クリスは三つ編みにした金髪を揺らしながら、一つ溜息をついて剣を鞘にしまった。
「明確な優劣はない。基本的に女性は魔法に、男性は膂力に優れている場合が多いな。しかし、私のように両方を備えて生まれる者も居る」
「お前さん超高密度筋肉ダルマって噂されとるもんな」
「黙れフィーナ! 捻じり殺すぞ!」
「やってみせい、小娘が!」
「沸点低過ぎるぞ。アルゴンかよ」
王の注意通り、魔女フィーナと騎士クリスは仲が悪いらしい。
どちらも腕利きではあるが、所謂外れ者なのだろう。だからこそ王も困っているのだろうが。
そもそも呼ばれて即日旅にである羽目になった理由がフィーナの我儘なのだから、王としてはちゃんと勇人を育成させてから出発させたかったのが本音であろう。
装備や国内でのフリーパスのための紋章付きの首飾りなど、いろいろと好待遇だったのが王の計らいで、超絶ブラックな部分がフィーナの我儘と見るべきであろうか
勇人は心の中で王に合掌した。
「あ。何か居る。あれ何ですか?」
犬のような生物が森の中から姿を現した。
犬とは言っても、明らかに狂暴そうな見た目である。
人相ならぬ犬相が悪い。
「ん? ああ、あれはワンパパじゃな」
「ワンパパ」
フィーナの口から出た名前が衝撃的で、思わず勇人は復唱した
ワンパパ。ワンパパ。ワンパパとは何だろうか。
「魔物の一種じゃな。こんな場所で遭遇するとは珍しいの。普通はエーテルの濃い南部にしかおらん筈じゃが」
「危険度は?」
「ほぼ皆無じゃな。ワンパパはエーテルがあれば勝手に腹が膨れる魔物じゃ。このあたりのエーテルは南部よりは薄いが、まぁ生きる分には問題あるまい」
「へ~。顔は滅茶苦茶凶悪そうですけどねー。で、そのエーテルって何ですか?」
「4大元素とは別にある、世界の均衡に関わるものじゃ。所謂光属性と闇属性を司る。この二つの均衡が崩れると、魔物が狂暴化すると言われとる」
「物知りなんですねー」
「まぁ、妾は100年生きとる魔女じゃからな! はーっはっは!」
勇人は何となくフィーナの扱いが分かってきた。
適度に褒めておけばわりと色々教えてくれそうである。
それよりも、ワンパパなる魔物は見た目のわりに無害らしい。拍子抜けもいいところだ。
「クゥ~ン」
「お。鳴き声はかわいい」
「よし。決めたぞ。ユート、あいつを標的に全力でファイアボール打て」
「人の心とかないんですか?」
「ワンパパの肉は美味い! 煮てよし焼いてよし!」
「食欲かよ!」
ワンパパよりもフィーナの方が余程危険であった。
魔法使いというのは実は嘘で、バーサーカーなのではないかと思わずに居られない攻撃性である。
「流石に無理です! 無害なんでしょ!?」
「なら私がやろう」
「ちょっ!? クリスさん!?」
「今日の晩飯はいただきだ!」
「お前もか、ブルータス」
訂正。どうやらクリスも同じバーサーカーかバーバリアンらしい。
クリスが恐ろしい速度でワンパパに向けて跳躍した。
勇人はとんでもない奴2名とパーティーになったようだ。
「グゲッ!!」
「ヒィッ!? 首を一瞬で!?」
数舜でワンパパの前に到達したクリスが腕を一閃したかと思うと、ワンパパの首がとんだ。
勇人はこれ以上になくドン引きしていた。
「でかした! これで今夜はワンパパ鍋じゃ! 脳みそも美味いぞ!」
「蛮族じゃねぇか!」
「早速血を抜くぞー!」
「おいおいおいおい!!」
パーティーメンバーがヤバ過ぎる。
下手したら過去に犯罪の10や20は犯していそうな気配すらあった。
地面を転がったワンパパの頭が恨めし気に見上げているように思え、勇人は思わず目を逸らした。
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勇人が旅を開始して1週間が過ぎた。
フィーナとクリスがハチャメチャに強いこともあり、一行は特に苦戦らしい苦戦もなく魔物を倒して南部を目指している。
魔物が出る度にフィーナが「あれは食べれるぞ!」か「あれは無理じゃな! パス!」と食欲第1主義を貫いていたのはもう呆れるしかないが、勇人もそれに助けられていた。
日本人である彼はそこそこ食に拘りがある。フィーナが「あれは美味い」というものは確かに美味であったし、病気などを移されることも今のところなかった。
異世界転移もののフィクションだとほぼ描写されないが、普通に考えればこの世界特有の病気や寄生虫によって死ぬ可能性の方が余程高いのだ。そこをフィーナの知識である程度避けられているのは大きい。
もっとも、現地人には無害だが勇人には有害なものも存在する可能性はある。
そういうこともあり、勇人は必ずしっかり火を通されている料理だけを食べることにしていた。
「あの拠点の向こうからは魔族の領域じゃぞ。心してかかれ」
「7日間だけで境界線につくもんなんですねー。拠点の防壁も立派だし、ここまでも色々移動手段豊富だったし、この国ってしっかりしてるんだなー」
「当然だ。万が一の場合は最前線になるからな。精鋭が居るし、それ相応に発展もさせるさ」
「あ~。そうか。征夷大将軍みたいなもんか。確かに万が一の時の第一防衛線ですもんねー」
どうやらすぐそこが国境線らしい。
立派な城が建っているが、どうもそれが防衛拠点のようだ。
魔族とやらがどの程度強力かは不明だが、異世界から無理やり人を召喚して送り出したくなるくらいにはヤバい連中と見るべきであろう。
巻き込まれた勇人からすれば「勝手にやってろ」と言いたくなる案件だが、彼が元の世界に戻るためには魔族が持つ転移魔道具とやらが必要らしいのだ。
彼も一応協力はせねばならない。もし魔族が協力的だったなら、何かしらの対価に転送してもらうという手もあるだろう。
問題は、魔族とやらが本当に事前説明されたような化け物だった場合にどうするかだが、そこは臨機応変に行くしかない。
「たのもー。王命で来た者じゃ」
「はい。確かに本物の紋章ですね。どうぞ」
「ご苦労! ほら行くぞ、ユート、クスリ!」
「はーい」
「クリスだ!」
王直属の証である紋章で門番に通してもらい、勇人達は城壁内に入った。
城下町はとても栄えているようだ。辺境の地とは思えない。
王都程ではないが、凄まじい広さだ。これが国境線の傍にあるとはとても思えない。それだけ立派なのだ。外壁がとんでもなく広い上に、高い。外壁だけなら王都並みなのではないだろうか。
内部も非常に広く、活気がある。すれ違う者皆が笑顔で、置いてあるものも明らかに質が良さそうであった。勇人から見てもそうなのだから、フィーナとクリスから見てもそうに違いない。
勇人がちらりと二人を見やると、どちらも驚いていた。
「驚きじゃな。報告で順調だとは聞いていたが、想像以上に栄えておるぞ」
「確かにそうですね。しかし、ここは確か5年前に建設を開始した城塞都市の筈。5年でこれは速過ぎませんか? ここに居る筈の人員だけでは10年はかかりそうですが」
「うむ。明らかに何かしらの手を借りているのぉ」
「あ。そうなんですね」
こういう部分ではフィーナとクリスは頼りになる。
王の言っていた通り、能力に限れば凄まじく有能だ。性格などには問題しかないが。
勇人は何気なく行きかう人々を眺めていると、ふと青肌の者を見かけた。
「ん?……んん?」
思わず二度見した勇人であったが、見えているものは相変わらずだ。
彼が見ていた者の体表は青肌どころか、肌ではなく鱗だった。もっと言えば人間ですらない。
見た目はファンタジーで言うリザードマンのようにも見える。尻尾は見るからにトカゲのそれだ。しかし、屈強そうな肉体としっかり手入れのされた防具を見るに、知性などはあるらしい。
それよりも、リザードマン(仮)が街の中を歩いているのに皆が平気な顔をしている方が勇人には驚きであった。
「フィーナさん。クリスさん。人間と遜色ない知性を持つリザードマンってこの国では一般的ですか?」
「は? 何を言っとるんじゃ? リザードマンは立派な魔ぞ……く?」
「……あれ、魔族だな」
「魔族じゃな」
「えぇえええ……」
勇人が念のためフィーナとクリスに件のリザードマン(仮)を掌で示しながら確認してみると、両者とも固まった。
どうやらドンピシャで魔族らしい。ここは国境線の傍にある町で、南下すれば魔族の領域。そして、魔族の一種らしいリザードマン(仮)が町中を歩いている。
もう何が何やら分からない。
「なんで魔族が普通に町中を歩いてるんですか?」
「知らん。とりあえず殺すか」
「ですね」
「おいおいおい! 蛮族かよ!」
フィーナとクリスのバーサーカーぶりに勇人は慌てた。
ここは町中だ。下手に戦えば被害が増す一方である。
「あ。レイさん、こんにちは。今夜1杯どうです? いつもの場所に良い酒入ったんですよ」
「こんにちは。今夜か……ふむ。いただこう」
「普通に溶け込んでるじゃん! めっちゃ受け入れられてるじゃん! あれ本当に魔族なの!?」
「うむ! 魔族じゃ! 殺そう!」
「やはり魔族だな! 私も殺しに同行しよう!」
「とりあえず殺そうとするのやめろ!」
普通に街の人達と会話をしているリザードマン(仮)を見ると、勇人はどんどん自信がなくなってくる。
もしかしたら勘違いで、あれは魔族ではないのではないかと思わずにはいられないのだ。
平常運転でとりあえず殺してから確かめようとする蛮族2名を勇人は抑える羽目になった。
「リザードマンは火に強いから、とりあえず水魔法で対処じゃな! 超圧縮した水圧カッターで切り刻んでくれるわ!」
「私の剣でバラバラにしてくれる!」
「もうお前らが魔族だよ! お前らが1番国益損ないそうだよ! そもそも南下するための最後の準備のために来たんであって、そういうことするためじゃないだろ!」
能力は高いがあまりに思考回路が蛮族な同行者2名のせいで、勇人はとんでもない目に合っている。
戦力及び知識の引き出しとしては超絶有能だが、思考回路が酷過ぎた。
「む? 貴公ら、もしや南を目指すのか?」
「うわぁ!? リザードマンが話しかけてきた!?」
「殺すのじゃ!」
「殺す!」
「お前らぁ!」
命を狙われているとも知らぬリザードマン(仮)が呑気に勇人たちの方に歩み寄ってきた。
見た目は怖いが、意外とフレンドリーだ。
一方のフィーナとクリスが蛮族過ぎて、勇人はこの2名の方が余程魔族っぽいとすら思った。
「私は南の出だ。目的地がはっきりしているなら案内しよう」
「メッチャ親切じゃん! このひと(?)本当に魔族なの!?」
「リザードマンは魔族じゃぁ! 確・殺!」
「魔族は敵ぃ! お前も魔族だ!」
「やめろよぉ!」
リザードマン(仮)の親切さと同行者2名の蛮族っぷりの差に、勇人は泣きたくなった。
日頃は有能なのに決断の仕方がいちいち蛮族なのが酷過ぎる。
「マゾク? なんだそれは?」
「「「えっ?」」」
リザードマン(仮)の言葉に、思わず全員固まった。
魔族という言葉を相手が知らない――とんでもないことである。
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「成程。そういうことか。理解した」
椅子に座ったリザードマン(仮)改めレイは、事態を把握したらしく頷いていた。
勇人達は何故かレイに飯を奢られており、食べ処で食卓を共にしている。
「これ美味いのぉ!」
「おい! 私の肉をとるなフィーナ!」
「お前のもんは妾のもんじゃぁ!」
「あ。すみません。こいつらは獣か何かと思ってください」
「よく分からんが苦労しているようだな」
「はい……」
レイがどこか可哀想なものを見る目で勇人を見下ろす。
レイは見た目の威圧感に反して非常にフレンドリーで理知的であった。
魔族という言葉が意味するものを何となく理解したらしく、ポリポリと頬を掻きながらうんうん言っている。
「魔族という言葉だが……おそらくそのような種族は存在しない」
「え?」
「ふじゃけるにゃあ! おみゃえらもぐもぐがまじょくんぐぬぐじゃぁ!」
「話すか食べるかどっちかにしろや、100歳児」
テーブルマナーが最悪なフィーナを見て、勇人は本当にこれが自分を召喚した国の最強の魔法使いなのかと疑うが、道中で見た実力は本物であった。
実力がある分、性格などの悪さが際立っている。酷過ぎる。
「まぁ聞け。南部に居るのは私を含め皆、共通祖先をもつ遠い血縁集団だ。祖先は約2万年前にこの大陸に移り住んだ種族だという」
「2万!?」
「んぐ。魔族は我ら耳長族同様、千年生きるらしいからのぉ。精々20世代前じゃな」
「ああ、そうか。普通の人間で言ったら千年前くらいの感覚か。新しいのか古いのか判断に困るけど、十分長いよなぁ」
人間でいう千年。長いといえば長いが、勇人の世界の人間の歴史はもっと長いので、歴史としては若いのか判断しかねる。
「南部は8つの氏族に別れており、それぞれ固有の特徴を持つ。例えば、私は竜の氏族の出だ。強靭な肉体を持ち、ある程度の奇跡の力を持つ」
「奇跡? 何です、それ?」
「貴公らが魔法と呼んでいるものだ」
「あ。そうなんですね。奇跡ってことは、何かしらの信仰の結果得られる力ってことですかね?」
「うむ。その通り。我々はクラディウス神を信仰している。その加護で、己の身を守る力を得ているのだ。その加護を最も強く受けたものが8つの氏族をまとめる王となる」
「ほえー。そうなんですねー」
人間の国では魔族などと呼ばれている存在は、意外としっかりした社会を形成しているらしい。
宗教の話まで出てきた上に、その加護どうこうという話が出てきた。
やはり今も肉を食っているフィーナとクリスの方が魔族っぽい――そう勇人は思った。
「クラディウス神は我々の遥か昔の祖先と言われている。祖先崇拝というものになるのだろうか」
「あー。なんとなく分かります。自分も故郷はそんな感じでした」
「そうなのか。親近感が湧くな」
「そうですねぇ」
もうこの人(?)と一緒に旅した方がよくない?――そんなことを考えながら勇人は笑う。
隣に居る蛮族たちのことは見ないことにした。
「とにかく、貴公らの言う魔王とやらは存在しない」
「え?」
「なんじゃと!?」
「どういうことだ!」
「うわぁあああ! 急に真面目になるな!!」
レイの聞き捨てならぬ発言に、フィーナとクリスが急に真面目モードになった。
勇人はそれが逆に怖くて動揺してしまう。
「おそらく魔王とはどこかで言い間違えが生じた結果、本当の名前からかけ離れたものだ。南部をまとめる王のことを示すのだろうが、呼び名は魔王ではないぞ」
「南部の王! 8個ある氏族をまとめているっていう王様ですか!」
「そうだ。その方はバ王と呼ばれている。それがどこかで誤ってマ王となり、魔王に転じたのではないだろうか」
「言伝が何段も続いた結果、途中で本当の情報が失われたってことですか?」
「うむ。その可能性が高い」
「もしそうなら、人騒がせにも程ありますね!!」
「うむ。まったくだ」
レイの言葉を聞き、勇人は憤慨した。
魔王などという者は存在せず、伝言ゲームの途中で情報が本来のものから変化してしまった――大いにありうる。
問題は、バ王とやらが人間に脅威となるかどうかなのだが……レイが今ここで普通に人間と馴染んでいることを考えると、そのような心配はなさそうだ。
「しかし、妙じゃの。この城塞都市は南部との国境を守るためのものじゃぞ。なんでお前さんは普通に中に居るのじゃ?」
「あ。確かに。普通に街の人と話してましたよね?」
「それは、我々竜の氏族がこの城塞都市の建築に協力したからだ」
「めっちゃ親切じゃん!?」
「本来は都市の面積にして現状の4分の一程度を想定していたらしいが、ここから西に行くと魔物が狂暴だからな。大量発生した際のことを考え、3段階の壁を構築することを提案した。最初の外壁、第二防壁、そして最後は城本体の壁だ。これで、万が一の時もかなりの人数が生存できる」
「良い人過ぎない!?」
レイはとんでもなく人格者であった。
今までの言動からも分かってはいたのだが、男前が過ぎる。男が惚れる男である。
これを魔族だのどうだと言うのはそれこそ心がないと言わざるをえない。
「竜の氏族は北側との国境線を守る役割を担っている。皆武闘派かつ建築、鍛冶ができるからな。向こうの山を越えたところに最前線の拠点がある。この都市程気合は入れなかったが、それなりに広いぞ」
「凄いですね!? そんなに色々できるなら、重宝されてるんじゃないですか!? 国境を任されるってことは、精鋭ですもんね!」
「うむ。その通りだな。まぁ、血の気の多い牙の氏族からは生ぬるいと言われることもあるが……国境線を預かる身故、我々は武力だけでなく知性と理性も求められるのだ」
「凄い! どこかの蛮族の100倍偉い!」
「誰のことじゃろうな?」
「さぁ? 我々は蛮族ではないので」
「あんたらさぁ……」
レイがハイスペック過ぎて、勇人は「もうこれ何もしなくてよくない?」とすら思った。
魔王は存在しない。あとはバ王とやらが人間に危害を加えることがなければ、倒す必要はない。
そもそもこんな気概と器量のある者を国境に配備するような者がそんな悪行に手を染めているとは考えづらいのだ。
「しかし、妙だな。フリージアがバ王様を討伐しようとする意図が掴めない。フリージア王からは、何か聞いているのか?」
「うむ。妾が知る限り、こうじゃ――魔族が年々エーテルのバランスを崩している結果、魔物が狂暴化している。近隣諸国でかなりの被害で出ており、近年は魔人を名乗る連中まで現れ、街一つを一夜で消される事件が多発。すぐにでも対処せんといずれ国が滅びかねん。根本的に解決するために、エーテルを乱す魔王を討つことになったのじゃ」
「魔人?……初耳だな。どんな連中か聞いても?」
「実際に見たわけではないが、報告では黒く光る羽根が生えていて、白く光る髪と、長い耳が特徴的らしいのぉ。あと、目が緑色だとか」
「……そうか。私も知らないな。どの氏族にも当てはまる者は居ない筈だ。もし被害が本当なら、協力しよう」
「優しい」
レイの性格があまりにイケメンで、勇人はもうレイの方がフィーナ達より信じられるレベルであった。
他国の件だというのに協力しようと言ってくれるのだから、もう性格が良過ぎる。
「よいのか?」
「うむ。まずはバ王様にお伺いを立てる必要があるが、南部が犯人と疑われているなら、そうではないことを行動で示す」
「ほう。良い心がけじゃ」
「貴公らも是非同行して欲しい。バ王様のもとに行くぞ」
「えっ!? そんなアッサリ会えるんですか!?」
「うむ。バ王様は気さくな方だからな。一応事前に謁見できるように頼むが、まず十中八九問題ない」
「凄い」
まさかの魔王改めバ王にいきなり会えることになった。
何やらフリージアで聞いた内容と実態が異なるようだが、詳しくはバ王とやらに聞けば分かるだろう。
これで騙されていたらと思うと不安で仕方がないが、バーサーカー2名が居るので最悪なんとかなると勇人は思っていた。
「ああ。そうだ。念のために。騙し討ちなどを危惧しているかもしれないから、ギアスを刻もう」
「ギアス?」
「絶対遵守の契約をする際に使う魔法じゃ。両者が同意しない限り絶対に破棄できんが、その分強力じゃぞ。というか、お前さんそんなものまで使えるのか。実は偉いのか?」
「私はレイ。竜の氏族の筆頭戦士だ。そして、竜の氏族の族長である竜王の息子だ」
「めっちゃ偉い人じゃん! 後ろの情報の方が重要じゃん!? 王子じゃん!?」
まさかの王子枠である。
南部の8大氏族の中でも有能な氏族の王子がこんな場所をほっつき歩いているのも問題だが、それを見敵必殺しようとしたフィーナとクリスのヤバさが浮き彫りになった。
もし殺害していたら国際問題だった。本当に危なかった。
「いや。竜王とは竜の氏族の長に与えられる称号であって、我々の規模は精々千名程度だ。それに、父上はバ王様の側近だ。バ王様の方が上だな」
「もっと凄いじゃないですか!? 南部の王の側近の息子かつ、国境の防衛を任されるとか超中核の存在じゃないですか!? ほんと何で山の向こうじゃなくてこっちで遊んでるんですか!?」
「飽くまで偉大なのは父だ。私はまだ多くを成し遂げてはいない。それに、この城塞都市とは色々連携をしていてな。向こうにも20名程こちらの者が入れ替わりで入り、互いの文化的利点と欠点を共有している。今後の国交のためだ」
「超有能じゃないですか! 本当にごめんなさい! こいつら、あなたを容赦なく殺そうとしました!」
なんと竜の氏族の王子かつ武人としても文士としても超有能だったレイに、勇人は思わず頭を下げた。
三重、四重の意味でこのひとを殺していたら大国際問題だった。
「魔族は殺すじゃろ」
「殺すな」
「黙ってろ、蛮族ども!」
「「え、どこ?」」
「お前らぁ!」
とんでもない連中であった。
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よくあるファンタジーだと魔王城は所謂ラストダンジョンである。
しかし、まるでRTAのような流れで勇人達は魔王と思われていた相手の城に辿り着いた。
「待たせたな。無事バ王様からの謁見許可が出たぞ」
「スムーズ過ぎる。レイさん有能過ぎる」
「国際問題になることだからな。バ王様もすぐ話をお聞きしたいそうだ」
「分かりました」
レイがバ王と謁見できるようにしてくれた。しかもすぐにである。
このリザードマン、有能過ぎる。
「バ王かー。殺していいかの?」
「首を刎ねれば死ぬだろう」
「おい蛮族ども」
「やめておけ。バ王様は首を刎ねても死なないぞ。不死だからな」
「そんなわけあるかぁ! 妾の水魔法の高水圧カッターでシュパッじゃ!」
「私の剣で首をズバンだ」
「お前ら実は首刎ねたいだけだろ? ウォーモンガーどもが!」
とんでもない危険物どもにツッコミを入れながら、勇人はレイの後に続く。
不敬どころか国敵と言うべき危険な発言ばかりしてくるバーサーカー2名が何かしないか彼は不安であった。
「さぁ、この部屋だ。行くぞ」
「はい!」
「水圧カッターでスパッじゃ!」
「横薙ぎで気持ちよくズバンだ!」
「お前らもう黙れ」
レイの案内で入った部屋は、謁見の間ではなかった。
長机が体面する形で並んでおり、会議室のように見える。
その奥の離れた場所に1つだけある若干位置が高い席に、黒いモヤをまとう者が居た。
凄まじい存在感に、勇人は思わず驚く。まるで存在の格そのものが違うような、そんな感覚だった。呼吸する度に肺全体を小さな針で突き刺されているような、そんなピリピリした存在感だ。
彼は頬を伝う冷や汗を拭うことも忘れ、真っすぐその何かを見た。
「レイです。バ王様、お伝えした者達を連れてきました」
「あ、お疲れさ~ん」
「軽い!? 軽いよ王様!!」
見た目及び存在感とは裏腹に滅茶苦茶ノリが軽かった。
「どうも。フリージアから来てくれたそうだね」
「あ、はい」
「まぁ座ってよ。概要はレイから聞いてるから」
「ど、どうも」
バ王は見るからに存在の格が違う相手だが、非常にフランクであった。
レイの言った通り、首を刎ねたくらいでは死にそうにない。もう存在そのものの格が違うのだ。
勇人は、自分とフィーナとクリスの3名がかりでもこのバ王には一切歯が立たないのではないかと思う程であった。
「まずユートさんだっけ? 異世界から召喚されたらしいね」
「あ、はい。そうです。帰還するにはバ王様が持っている転送用の魔道具を使うしかないとか」
「うん。一応そういう神具があるね。別に使ってもらってもいいよ。ただ、戻れるかどうかは『どの世界から来たかが分かっているか』次第だね。異世界ってのは沢山あるから」
「えっ!? そうなんですか!?」
「そうなんだよ。で、そっちの召喚士はちゃんとそのあたり把握してるの? ランダム召喚とかしてないよね? ランダムだと幾ら何でも返すのは無理だよ。最悪別の世界に行っちゃうから」
「うげぇえ……」
バ王はあっさり帰還用の魔道具を使っていいと言ったが、どうやら使用するためにはまだ情報が必要らしい。
確かに勇人が居た世界とこの世界の2つしか世界がないわけではないだろう。他にも沢山世界があるなら、転送する先を指定しないとまた別の世界に飛ばされる。
その場合、今度は『望まれて召喚された』というアドバンテージがないので、最悪転移した先で即殺されるかもしれない。
とんでもない問題がまだ残っていた。
「安心せい。どの世界から呼んだかは妾が知っておる。妾がこやつを召喚したからの」
「ほう。そうなのか。見たところ、彼に対してかなり強力な効果を付与しているようだね。レイでも3名がかりだとヤバいかな? 本当に良くできた召喚魔法だ」
「当然じゃ! 妾は耳長族の麒麟児のフィーナじゃからな!」
「うん。いいことだ。フリージアの現王は非常に有能だと聞く。今後国交を開きたいから、君達の訪問は大歓迎だ。さて、本題に入ろう……話は2つ。1つは、我々が何故か魔王だの魔族だのと言われている件。もう1つは、近年暴れている魔人とやらとバランスを欠きつつあるエーテルについて。1つ目から話そう」
「いや。2つ目から話せ。1つ目はどうでもいい」
「お前は黙ってろ、首置いてけ騎士!」
「あ、君達お互いに厳しいのね」
バ王とフィーナのやりとりは比較的知性があったが、クリスの発言が酷かった。
思わず頭をひっぱたいた勇人を見て、バ王はどこか呆れたように肩を竦める。顔があるかも分からない黒のモヤに包まれているのに、呆れが伝わってくる。
「魔族だの魔王だのは、おそらくうちの外交担当の部下のせいだな。そこに居るフィル爺。今899歳」
「フォッフォッフォ。およびびでしかな、マオーすま」
「発音が酷い!?」
「この通り、もういつポックリ逝ってもおかしくない状態で、若干舌が麻痺していて活舌に問題があるんだよね。多分これが原因」
「もう引退させればよくありませんか!?」
「うん。私もそう言っているんだけど、本人が『儂は生涯現役じゃぁ、ガハハ!』って言って降りないの」
「そのせいで魔王とか魔族とか呼ばれてるんですよね!? 実害あるじゃないですか!!」
バ王が示したのは、右手に居る毛むくじゃらの存在であった。
某カードゲームのク〇ボーをそのまま老化させたような感じである。その活舌の酷さと言ったら、舌が回らなくなっていること間違いなしである。
これが原因で魔族だの魔王だのと言われていたのだとしたら、凄まじい実害だ。
「お客さん、発けんにきをちけてくれまぜんきゃの?」
「あなたは発音に気を付けてくれませんか!?」
凄い。ボケしか来ない。ボケが多過ぎる。
「7年前くらいに耳長族とやりとりしてもらったんだけど、その時に多分耳長族に間違って伝わったんだと思う。確かフリージアは耳長族との親交が深い筈だから」
「む。確かに報告をまとめた感じだと、耳長族が最初に言い出したかもしれんのぉ」
「えー。そういうの旅に出る前に分からなかったんですか、フィーナさん? 耳長族なんですよね?」
「知らん! 妾は耳長族に追放されておるからな! 永久追放じゃ!」
「何やったんだよ」
「あいつら、少し禁術を使っただけで怒りおってからに! ちょっと山が3つ消えただけじゃ! 尊い犠牲じゃ!」
「あんたが100%悪いよ! 追放だけで済んだことを寧ろありがたく思えよ! 普通死刑だろ!!」
話が進む度に同行者の評価が下がっていく旅。嫌過ぎる。
勇人は今すぐ元の世界に帰りたくなってきた。
「話を戻そう。とりあえず1点目はこれで終わり。次に2点目。魔人とかいう存在についてと、エーテルのバランスが崩れていることについて」
「あ、はい」
バ王が軌道修正してくれたので、勇人は席に座り直した。
ツッコミに気を割かれてしまったが、魔人とやらの対処が必要なのは間違いない。
「特徴を聞く限り、魔人とやらはおそらく耳長族がエーテルを取り込み過ぎた結果だね」
「え?」
「なんじゃと!? 耳長族は色白じゃし、羽根なんぞ生えておらんぞ!!」
「うん。普通はね。私も実際に見たことはないけど、確か500年前くらいに同じことがあった筈だ。父から聞いた話だが、禁術に手を出した耳長族がエーテルで豹変したというものだ。確か……竜化の禁術だったかな? 教えてくれた婆さん今も生きてるかなぁ」
「竜化? 妾も知らん術じゃな。妾が知っておるのは『逆鱗穿つ閃光』とかいう痛々しい名前の禁術じゃ。撃つと全てを蹂躙できてとても気持ちよいぞ!」
「もうお前死んだほうがいいよ蛮族」
フィーナの蛮族ぶりにドン引きしながらも、勇人は事態が見えてきた。
どうやら魔人とやらは耳長族が禁術で変化してしまったものらしい。それがフリージアを含めた諸国で悪さをしているのだ。
問題はフリージアとの親交がある耳長族が何も教えてくれないことだが、おそらく耳長族の観測域の外で事態が進んでいるのだろう。
魔王は存在せず、魔人はおそらく耳長族が変異したもの。もうこれだけで頭が痛くなってくる
勇人は益々元の世界に帰りたくなってきた。
「あ。それ、確か竜化した同胞を殺すための術だね。禁術は2つで対になっていて、光と闇のエーテルを取り込んで強くなる竜化と、それを始末するための術で構成されている筈。先に竜化の禁術が生まれて、それを倒すために対の術ができたんだったかな。詳しくは耳長族のヒルデ婆さんに聞かないと分からない」
「ヒルデ? それ妾の母じゃな」
「え? そうなの?」
「うむ。妾を追放した張本人じゃ。人の心とかないんかの?」
「よく知らないけど、その台詞はあんたにだけには言われたくないと思うよ」
もうツッコミが追いつかない。何もかもが酷過ぎる。
勇人は頭が痛くなってきた。
「とにかく、フィーナさんが対の術を使えるなら、それで倒せばいい筈だ。光と闇のエーテル両方を高濃度で吸収した竜化状態の耳長族は竜の氏族並みの能力を得るけど、知性がほぼなくなるらしいからね。対の禁術でサクッとやれるんじゃない?」
「え。竜の氏族そんなに強いんですか?」
「うん。確か500年前は3名の耳長族が竜化しちゃったらしいけど、最初『逆鱗穿つ閃光』がなかったらしいんだ。それで、協力要請された竜の氏族が2名倒したんだよ……で、それを実際に実行したのがレイの父上のレックスだ」
「レイさん、やっぱ滅茶苦茶凄いひとの息子じゃないですか!?」
「いや。全て父の功績だ。私は現状、父には追いつけていない。自らの価値は自らの実力で勝ち取る」
「謙虚でストイック!?」
もうレイ親子の方が余程ファンタジーものの勇者っぽいことをしている。
何なら勇人が居なくても今回の一件は片付くのではないかと思えるくらいだ。
「エーテルのバランスが崩れたのも、多分そのせいだね。確かヒルデ婆さんの話だと、周囲から闇のエーテル7割光のエネルギー3割の比率で大量に取り込む筈だから、闇のエーテルが大分減る。エーテルのバランスが崩れると周囲の魔物が狂暴化するから、多分それも耳長族の竜化が原因。ある地域の魔物が狂暴化すると、それに追われた他の魔物が大移動して他の地域に流れ込んで、多段的に魔物が暴れることになるんだよねぇ。500年前もそんな感じだったと聞いているよ」
「だいたい耳長族の一部の者のせいですね」
「うむ。あいつら本当に迷惑ばかりかけおって!」
「あんたはその耳長族が追放するくらいヤバい奴だろうが!」
「何? 君ら懲罰部隊か何かなの?」
魔族扱いされた南部の者がまともで、今回の事件はどうも耳長族が問題らしい。
耳長族随一の問題児らしいフィーナの自分を棚に上げての発言はもう開き直りというレベルではない。
何もかもが「ふざけるなよ」と言いたくなる状況であった。
「耳長族とは最近ちょっと疎遠になってるし、丁度良いからこの案件を共同解決してもいいかもね。レイ、もしよければ頼める? 他の氏族含めて、優秀なの何人か連れていっていいよ」
「はい。喜んで」
「あと、そこの騎士さんも役に立つんじゃない? 咢の氏族の子でしょ?」
「え? クリスがですか?」
レイが中心になって竜化した耳長族の対処にあたることになったらしい。
その流れで、突然バ王がクリスを掌で示して咢の氏族などと言いだし、勇人はぎょっとする。
「ふざけるな! 私はそんなものではない! 人間だ!」
「いや。だって私にはそういうの分かるからね。クリスさんだっけ? 腰の当たりからセンチピードの“首”が出るんじゃない?」
「貴様ぁあああ!!」
「うわ!? なんか出た!?」
激高したクリスの背中から何かが出てきた。
思わず跳びあがって離れた勇人が見たのは、ムカデの頭部のようなものだった。
クリスの被っていた兜が割れ、バイザーのような何かが中から姿を現す。
もう勇人は訳も分からず見ていた。
「死ね!」
「ごめん。私死なないんだよねぇ」
クリスの背中から出てきた銀色のムカデのような頭部が蠢く、毒針のようなものを出してバ王に襲い掛かった。
しかし、バ王はそれを片手で受け止め、毒針を粉々にする。
そのままムカデの頭部が腕に噛みついてきても、バ王は余裕そうだった。
「なんと! クスリ、お主南部の者じゃったのか!?」
「違う! 私は人間だ!」
「いや、そうはならんやろ」
「咢の氏族だね。見た目は人間や耳長族に近いけど、背中あたりからもう1つの頭部が出てくる氏族だ。あと、怒ると眉間から兜のようなものが出てくる。ユートさん達の反応を見るに、今まで黙っていたのかな?」
「マジかぁ……クリスさん、なんで黙ってたの?」
「なんでだと!? 見れば分かるだろうが!?」
「いや。驚いたけど、かっこよくね?」
なんと、クリスは咢の氏族とやららしい。
未だにバ王に噛みついているムカデのような頭部は改めて見てみるかなりイカした造形である。
勇人は近づいてマジマジとそれを見た。ぴくぴくと動く足のような部分が意外とかわいい。
「剣で戦っている最中にこれで奇襲とかしたら滅茶苦茶有利そう」
「確かにそうじゃのぉ」
「……怖くないのか?」
「驚いたけど、そこまで。前に居るバ王さんの方が正直怖い。優しそうだけど、滅茶苦茶強そうだもん」
「まぁ、どうせ妾にかかれば即殺じゃしなぁ」
「黙れ蛮族」
クリスはきょとんとした表情を浮かべている。
目元はバイザーのような甲殻(?)で見えないが、おそらく唖然としているのだろう。
案外口元だけでも表情は分かるものである。
「触っていい?」
「やめんか、エロガキ。先に妾が触る!」
「なんでエロガキ?」
「こら! 勝手に触るな!」
「あとは味もみておくかのぉ……って固い!? マズそうじゃな!?」
「こいつ! 噛みやがったな! 殺すぞ、ちんちくりん!」
「はぁ!? 殺すぞ、クスリ!!」
「クリスだ!」
「あー。もう滅茶苦茶だよ……」
何もかもが滅茶苦茶だった。
勇人は乾いた笑いを浮かべることしかできない。
「君も大変そうだねぇ、ユートさん。とりあえず一件が片付いたら帰還の手伝いをするよ。フィーナさんから召喚元の世界の情報を聞いたら、そこに送り返そう」
「やったー! ありがとうございます! バ王様まじ凄いです! 感謝しかないです!」
「褒めないでくれ。照れる」
バ王が本当にまともな王でよかったと思いながら、勇人は頭を下げた。
「あ。ちなみに転送用の神具だけど、チャージに1年くらいかかるから」
「えっ?」
「異世界から連れてくるのは比較的簡単だけど、送るのは大変なんだよねぇ。確か、エネルギー効率的には100倍くらい違うよ。奇跡の力に優れた術士に頼むけど、急いでも1年弱かかる」
「そ、そんなー!?」
1年。1年もこの世界に居る。まだ1週間程度しか経過していないのに既に勇人がツッコミ疲れを起こしている世界に1年。
とんでもないことになってしまった。
「はーっはっは! とりあえずサクッと禁術を使ったバカな耳長族を皆殺しにして、1年間遊ぶぞユート!」
「よく分からんが、1年間はユートの身を守ることを約束しよう。まずは今回の騒動の原因になった禁術使いの耳長族の首を刎ねに行くぞ!」
「こんな世界で、こんな蛮族たちと一緒にあと1年も居たくねぇええええええ!!」
「「え? 蛮族? どこ?」」
「お前らだよぉおおおお!!」
何もかもがガバガバな異世界転移の犠牲者となった勇人の明日はどうなるのか。
全ては、物語に関わった者達だけが知る。
終わり(終われ)