「子どもの頃の夢を忘れたあなたは今、幸せですか?」これは大人になって死んだ目をしているあなたに聞きたい質問です。
おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
この空間において朝、昼、晩といった概念はないのですが一通りご挨拶いたしました。紳士たるもの礼儀正しくあらねば。挨拶は基本的なマナーでございます。黒スーツに白シャツ、ネクタイ。礼儀作法にも身だしなみにも私はなるべく気を使うようにしておりますので。
少しばかり私とのお話にお付き合くださいませ。
おや?何かおっしゃりたいご様子。え?質問ですか?ご質問は後ほどお時間を設けますのでそちらでお願いいたします。申し訳ございません。時間が限られておりますのでご了承ください。
それでは早速お伺いしたい事があります。あなたは自分の子どもの頃の夢を覚えていますか?ええ、子どもの頃の夢です。即答できますか?あ、時期ですか?そうですね、小学生の頃がいいですね。覚えてらっしゃいますか?
あら、覚えていない。それは残念ですね。昔はあんなに言ってらしたのに…………時間の流れというのは残酷ですね。
あんなに自慢げに話してらしたのに。あんなに楽しそうに考えてらしたのに。もう思い出せないのですね。本当に残念でなりません。小学生の時、卒業作文に書いたあなたの夢。もうそれはあなたにとって大切なものではないのですね。
では、もう少し教えてください。子どもの頃の夢を忘れた今のあなたの毎日は楽しいですか?新しい夢を追いかけていますか?楽しいのならいいのですが…………あなたの日常は今、光り輝いていますか?
私からすると今のあなたの目はくすんで見えるのです。まるで泥にまみれた磨りガラスのように。無理矢理作った笑顔。乾いた笑い声。自分を誤魔化すのが上手になりましたね。なんだか見ていて胸が痛くなる悲しい成長をされましたね。
さあ、準備が整いました。周りを見渡してください。見覚えがありませんか?これはあなたが子どもの頃に思い描いていた未来の世界です。子どもの頃のあなたはこんなにも温かい世界を夢見ていました。
子どもの頃のあなたは夢に溢れていました。先程は小学生の頃の夢を質問しましたが、中学生の時も高校生の時もあなたは明るい夢を持っていましたよ。
あなたは子どもの頃、毎日毎日楽しくて夜になると早く明日が来ないかとそわそわしていました。今みたいに早く土日が来ないかなあなんて味気ない事を言うこともありませんでした。もちろん給料日しか楽しみがないという事も。
勉強は嫌いだったけれど友だちに会えるから学校に行くのが大好きでしたね。今、会社に行く事を考えるだけで憂鬱になっていませんか?子どもの頃の学校とは違うしんどさがあるんですよね?
おや、なんだか懐かしんでいるような、悲しんでいるような、なんとも言い難い顔をしていますね。少しは子どもの頃の事を思い出しましたか?
あなたは大人になり社会の荒波に揉まれ、人間の嫌な部分に触れる機会が増えるにつれて考え方は成長したのかもしれません。知識も増えたのかもしれません。でも、子どもの頃に持っていた光り輝く大切なものを見失っていたのですよ。
子どもの頃のあなたはよく笑う子どもでした。友だちと遊んだり、家族と話したり、何気ない日々の出来事でよく笑っていました。その笑顔は作り物ではなく自然に溢れる笑顔。今あなたがよく貼り付けている笑顔とは似ても似つきません。
少し考えてみてください。最近いつ心から笑いましたか?なかなか思い出せませんよね。もう自分がいつ笑ったかを思い出そうとしなければわからないぐらいあなたは今笑っていないんですよ。その事に気づいていましたか?
子どもの頃は早く大人になりたいと言っていましたね。でも、もし子どもの頃のあなたが今のあなたを見ても同じ事が言えるでしょうか?
おや、もうそろそろお別れの時間のようです。またお会いしましょう。
え?ここはどこか?お前は誰だって?そうですねえ説明してもいいのですが、今ここで説明してもあなたは目が覚めたら全てを忘れるので無意味なのですよ。
私はこうして毎日あなたに語りかけているのですがあなたは目を覚ますと何も覚えていらっしゃらない。今日初めて私と会ったと思っていらっしゃいますが実はもう何度もお会いしているのですよ。
仕方がありません。夢の中での体験なんてそんなものです。ほらアラームが鳴っていますよ。起きる時間です。早くしないと仕事に遅れますよ。私はいつでもここにいますので、またあなたが眠った時にお会いしましょう。それでは……
はあ…………また帰ってしまわれた。過酷な現実の世界へと。でもまあいいとしましょう。夜になればまた来られるのですから。
でも、私が鳴っている事を伝えなければアラームに気づかなくなりましたね。今のところいいペースです。
辛い現実世界で過ごすよりもずっと夢の中にいる方がいいに決まっているのに、どうして人間は自ら目覚める努力をするのでしょう。可哀想に、早く救済して差し上げなければいけません。
それにしても一人こちらの世界に落とすのにこれほど時間がかかるのは本当に非効率ですね。過去の記憶を読み込んで相手に最適な内容を検討し説得する。成功率が高いとはいえ、もっと効率的に引き込む事ができればいいのですが…………
まあでもできない事を嘆いても仕方がありませんね。
七日で一人、今暫くはこのペースを維持しながら新たな救済方法を考えるとしましょう。そうだ、近いうちに他の救済者達とも話し合って何かいい救済方法がないか考えてみるのもいいですね。うん、それがいい。後ほど招集をかけてみましょう。
今日は五日目だったのであと二日で彼には夢の世界に落ちていただかなければなりません。焦らず確実に救済してあげなければ、それが私の使命なのだから。
ああ、早く夜になりませんかね。お眠りになるのが楽しみです。