救国の英雄、発症する
「終わったか」
緋色の髪をした15歳の妹、ルーラが会議室から出てきた。
「うん……やっと終わったよ。これで誰も、私たちの国に手は出せない」
「そうか。やったな」
俺ことロッソ・アルデバランは、静かに妹を称えた。
我が国、ファズマ王国には、魔術結晶という資源が豊富に眠っている。それを奪取しようと攻めてきた4つの大国と、長きにわたる戦争が続いていたのだ。
神にも等しい超人的な力でそれを終わらせたのが、俺の自慢の妹、ルーラだ。
「……もっと喜んでくれてもいいのに……」
「そうだな。だが俺は、嬉しいというよりホッとしたという感じだよ。国がどうとか知ったことではないが、お前が大怪我でもしたらどうしようかと心配で仕方なかったんだ」
「フフッ、私にそんな傷をつけられる人間なんてそうそういないでしょー」
ルーラは不敵に笑ってみせる。
「おう、なんか今のお前、魔王みたいで怖いぞ」
「女子に怖いとか言わない! それに私、この前死んだ魔王みたいな不細工じゃないし」
「そうなのか? 俺は魔王とは縁遠い生活を送ってたから、分かんないなぁ」
「もう! 意地悪なんだから!」
そんな軽口を叩きながら、俺たち兄妹は帰国した。
◇
それから一週間後。
平和を祝う宴やら祭りやらも終わり、ようやくルーラとゆっくり過ごせるようになった。
それにしても、こんな時間まで起きてこないなんて、ルーラの奴も生活習慣が乱れてきたようだ。朝ご飯もできたし、起こしに行ってやるか。
「おーい、ルーラ。そろそろ起きたらどうだ? 朝飯できてるぞー」
だが一向に返事がない。仕方ないので部屋の前まで行ってみる。すると、ルーラの声が聞こえた。なんだ。起きてるのならさっさとダイニングに来ればいいのに。
「ルーラ、開けるぞ?」
扉を開けて中に入る。窓は開け放たれ、陽光が射し込んでいた。
「これは……天啓? だとしたら一体……いやまさか!」
ルーラは良く分からない言葉をブツブツと呟いていた。
「ルーラ。さっきから呼んでも返事がなかったが、どうかしたのか?」
「『呼んでも』? 呼ぶっていうのはこの場合、何の比喩なの? ねぇ、お兄ちゃん、魔術師だからって難しい言葉使わないでよ」
「え?」
今の発言に難しい単語・表現など1ミリも含まれていなかったはずだ。なのにルーラには、俺の言葉が伝わっていない?
「フフッ、そうかぁ。最高神様、こんな方法で私にメッセージを遺してくれたんだ。まぁ確かに、最高神様は太陽神でもあるから、日光を集中させて紙に焦げ目を作るなんて簡単かぁ」
ルーラは、部屋の窓の近くで、陽の光を浴びながら何か手紙を読んでいる。
「何が書いてあるんだ?」
思わず歩み寄り覗き込むと、ルーラの筆跡で書かれた文字列が乱雑に並んでいた。これが、日光で作られた焦げ目? とてもそうは見えない。
「あぁ! でもこれだけじゃ分からない! 最高神様は何を伝えたいの! もっと、もっと情報をください!」
必死の形相で叫び、ルーラは窓から身を乗り出して紙を天に掲げる。だがもちろん、そんなことをしたところで文字が印字されるはずもない。
「おい危ないだろ、ルーラ。やめるんだ」
「止めない! 邪魔しないで!」
持ち前の怪力で、ルーラは俺の制止を振り切った。俺はそのまま吹っ飛ばされ、壁に激突する。
「おかしいなぁ、なんで、なんで次の天啓が来ないの!」
どういうことだ?
まさか、あの慈悲深い最高神シン様が、ルーラを呪ったのか?
そんなこと、あり得るのか?
だが、今の様子を見るに、ルーラは何かに呪われているか、憑りつかれているようにしか見えない。だが、神が人を呪うなんてこと、あり得るとは思えない。
だとしたら、あんまりな仕打ちじゃないか! ルーラは戦争を終わらせた英雄だってのに。誰も殺さず、示威行為のみで平和をもたらしたというのに。
それに、あの優しかったルーラが、俺を突き飛ばして平気でいるのも普段では考えられないことだ。
一体誰が、誰がこんなことを!