ゲップよ消え去れ!私はダンシングヒーロー!
そんな、いや、そんな……そんなまさか!?
ドリンクバーで調合コーラを作り出していた味見が胃の中で塵も積もれば山となる。大きい完全体のゲップを作り出してしまった。私が後先考えない大馬鹿なのはもう認める。だ、け、どっ! なんで歌うときにゲップが来るのよ!?
コーヒーをコポコポと抽出していくような、大きな丸い粒が頚の少し下辺りからジワジワと上り詰めていく。ここで声帯を広げでもしたら、迷わず汚いゲップがマイクを広い、穴があったら一生引きこもるほどの醜態を晒してしまう。
緊急事態ということで、喉の調子がとか言って歌を止めるしか……いいえ、続行よ。見てみなさい。あの愛理の期待に満ち溢れた眼差し光線。それに手拍子までして応援してくれているのよ。だったらちゃんと応えて、最高のパフォーマンスにしなきゃじゃない!
ゲップ(以下爆弾とする)は、まだ喉までに到達していない。感覚でいうと、みぞおちで停滞してかけては上がったり下がったり。通常なら音も出さずにスッと爆弾を唇から空気中に解き放てるが、カラオケ中の爆弾に出会うシチュエーションは今までも……ってよりかは、現世でも遭遇しなかった。なんせ対応マニュアルがあまりにも少なすぎる。そして焦る場合ではないと言い聞かせても、焦ってしまうのが人間である。
そんなこんなでイントロは進み、翼をくださいの歌詞が画面に映し出された。
「ぃま~……私のぉ~……」
出だしは微妙。震えるは、緊張なのかビブラートなのか癖のある震えが混じってしまった。しかし上手い下手関係なく、爆弾が上昇してこないようにするのが最優先。泣き疲れて眠りに入った赤子をベビーベッドに寝かしつける感じで静かに声帯を広げる。
なんせ「翼をください」はサビで大盛り上がりの高音のイメージと見せかけて、その前も高音がちょいちょい横入りする。次の歌詞にある「叶うならば」を詳しく例えれば「かな↑う↓な↑らば↓」になる。爆弾を抱いた私が器用に高音が出せるはずもない。
もう、どうしろってのよ……。天変地異が起きない限り、この状況からは抜け出せない。カラオケあるあるの意味不な映像と共に歌詞は新しく表示されていく。当たり前だが、爆弾はまだそこに滞在。ついに、第一関門の高音が来る。あっ、そうだ! 軽くアイドルっぽい振り付けで体を動かしつつ、爆弾を消化させればいいじゃない!
「かなぁ~う、な~らば~……!」
爆弾投下回避は成功。しかしアイドルっぽい振り付けが思いつかず、瞬時に出たのは激しいステップを左右にしながら愛理へウインク。このステップがジョイマン高木を彷彿とさせる動きだったと反省。でも愛理からは意外と好評らしく、
「すごーい! アイドルみたいです!」
なんて大興奮。はぁ、好き。ていうか、歌がダメならこの体で魅せればいいってことに気づいちゃった。ゲップが出そうになったら、さりげなしにマイクを口元から遠ざければ問題ナシ。あーあ、なんでもっと早く答えに辿りつかなかったんだろ。――ふふ、もっといいこと思いついた! 三咲が歌っているときも、前に出て踊れば私の一人勝ちじゃん!
「しろぉ~い、つぅばっさ~」
癖の強い歌声も私のパフォーマンスで帳消しってことで。問題の爆弾はというと、つっかえていた違和感もなくなり、これは桃尻エリカの完全勝利ときてしまった。油断はできないけど、さっきまでの不安と焦りがないだけで胸を張って歌えた。後はこのまま最後まで突っ走るだけ。




