フッ、おもしれー男。イケメンボイスはルール違反!
あーん、私のドジ! なんで勘違いコントみたいなことしちゃうかな!?
「そ、そうそう! いいわよねえ! ダブルのユー!!」
見事に的外れなことを抜かしたことに、とてつもない羞恥心がこみ上げてきた。そんなところで、口を閉ざしていた三咲がひとつの行動に出る。
「歌えば」
テーブルに置いてあったマイクとデンモクを「あちらのお客様からです」といった感じにスライド。そしてスマホをポチポチ。
へぇ、自分は歌う気ないですよアピールってこと? だったら最初から来てんじゃないわよ。
「やっぱり歌わないの?」
「そうよ。愛理があんたの歌聞くの楽しみにしてたじゃない」
「場の流れってやつだろ」
こいつ、女子二人組に顔すら合わせずゲームとは、いい度胸してるじゃない。なにもしないなら帰れってどつきたい気分でもある……だがしかし! ここで帰すわけにはいかない。愛理に雌の顔をさせた罪は重いんだから。この空間で私がビシッと決めて、男の方は情けないほどの大きな爪痕を残させてもらうわよ。
「分かった。あんた音痴なんでしょ。だから歌いたくないとか?」
「は?」
「ぷぷぷ、やあっとこっち向いた! 図星? 図星きちゃった感じ?」
「お前の下品な声色で奏でる歌よりかはマシだろ」
「ふぅん? じゃあ勝負してよ。このカラオケ採点で点数高い方が勝ちってことにしない? もちろん一回勝負じゃつまんないから、三回勝負の合計点を競うの」
「やってらんね。帰るわ」
「ちょっと待ってよ! 分かった分かった。勝負はなしでいいから、一曲だけでも歌いなさいよ。ほら、ね?」
「きっしょ」
舌打ちをした三咲は呆れた感じで立ち上がろうとすると、すかさず私の右側から、
「え……行っちゃうの……?」
可愛い子犬も顔負けの上目遣いの愛理。そんな彼女を平気で背に退室するはずもない。思いとどまったのか、ギクシャクと不自然な動作でソファに再度腰を下ろして「一曲だけだかんな」とボソッとこぼした。
ふっ、おもしれー男。ま、気を取り直してカラオケデートを楽しみまなきゃね。
「さてさて、誰から歌う? 愛理からにする?」
「わ、私一番はなんだか緊張して……そうだ、桃尻さん一緒に歌いませんか?」
「えー! デュエットとかいいの!? やろやろ! 愛理なに歌える?」
「そうですね。ええと、皆が知っていて、桃尻さんも歌える曲……あっ、森のくまさんとか。ハッ! そ、それってただの童謡ですよね! やだ恥ずかしい!」
「ギャハハ! いい、いい!! 超いい! もう今日のテーマは『絶対にみんなが知っている曲しか歌えない』ってことにしよ! 童謡でも合唱でも!」
マイクを持ち、ウッキウキで森のくまさんを熱唱。ミラーボールがクルクルと周りだし、一名を除いて熱気は最高潮。ときどき互いに目が合うときは、今日のデートが走馬灯みたく流れだしていく。そうすると、三咲の件に関してはもうどうでもいいって言っちゃあれだけど……別にいっかみたいな。
本当、恋ってすごい。だってさ、好きな人と楽しく過ごすだけでこんな幸せになれるんだもん。薄汚い考えも浄化されていく。例え男じゃなかろうと、桃尻ルートがなかろうと自分で切り開けばいい。私には立派な手と口がある。触れたかったら抱き寄せればいい、愛おしいと思ったなら伝えればいい――。
「ふぅ、最初だから声が震えちゃいました。次は、三咲くん歌ってみる?」
「まだいい。つか、マイク向けるのやめろ」
「ごめんね。三咲くんってさ、すごくいい声してるよね。だからどんな歌も上手に歌えそうなイメージあるな」
……ん? いい、声……? 今までなんとも思っていなかったけど、三咲の声優ってたしか……イケメンボイスで有名な人を起用していたはず……。
桃尻エリカ、ここにきてようやく気付く。カラオケデートは、ライバルが断然有利な立ち位置だということに。




