生活指導室に舞い降りた神
「入りなさい」
ざますをつけない、本気の立腹。靴を脱ぎ、正座をさせられ、いかにもお叱りの進行中。タイミングの悪いこと。緊迫感が充満する部屋に誰がこんな場所へ来るのやら。
床が湿気でペタペタとして気持ち悪い。そして足は痺れ、縦ロールはちょっと崩壊まではいかないもの、うねりが戻ってきた。あー、もう最悪! これ以上最悪なこと起きないでよ……?
そんなことを願っていれば、
「おはようございます」
カラカラ……。静かに戸を引き、室内に入って来たのはそこそこ高身長の男子生徒。朝特有の気だるさや元気のない声質じゃなく、聞き取りやすく気持ちのいい挨拶をしてから、深く頭を下げる。そう、彼こそが私のよく知る金持家の長男、金持恵だった――。
「な……っ!?」
ふりじゃないってのに、なんでこうなるわけ!? てか、色々とやばいのでは? こいつがここに来たら愛理のお見舞いに行く口実を作ろうとしたってことがバレてしまう!
「先週、学年ごとにとった風紀アンケートが全て集まりましたので提出しに来ました」
「んまー、もう集計までしたざますか? さすが生徒会長の金持くんざますね!」
恵の働きっぷりをべた褒めするサリバンの前であわあわと逃げ出す準備に取りかかっていると、
「おや? 桃尻くんおはよう。君も佐利番先生に用事があったのかい?」
うっわ、イケメン特有の前歯チラ見せで白々しい微笑み方! この正座が見えんのか! 目尻を吊り上げて恵を見上げると、すぐ横にいるサリバンが余計なお喋りを発動。
「聞くざます。彼女は松風愛理さんのお見舞いに行くから林間学校のプリントとしおりをよこせと要求してきたんざますよ」
「おどりゃサリバン!! なに勝手にペラッペラ喋っとんじゃ!!」
「は?」
やっべ! つい口から本心がボロッと……。
「えへへ~☆」
雅人っぽく誤魔化しスマイルを投入。が、あんなのはあざといショタ属性だから許される。凡人がしたとこで効果が表れないのが当然であって、サリバンのこめかみに血管の筋が浮き出て、蛇みたくのっそりと蠢いた。それ以外に大きく変わったことはないけれど、
「と、まあ……彼女にはしばらく生活指導室に通ってもらおうかと考えているざます……」
もう手の施しようがないぐらいお怒りなのは空気で痛々しいほど感じ取れた。
いやーん、隔離する気満々じゃない! やだー!! 私の大馬鹿! もう言い訳も発言権も与えられない域までいっちゃった……っ。言いようのない悔し涙を大量にこぼす。
どうあがいても絶望。挽回は無理。強制的に愛理と離れ離れになるルートにほぼ確定したと思われた。しかし、救いの手が恵からこう放たれた。
「桃尻さんの言っていること分かりますよ。だから今のは、友人のことを心配しすぎたあまり、取り乱したんだと思います。周りを見えなくなるほどの素晴らしい友情だなと、僕は思いました。だから僕からもお願いです。しおりを渡してもらえないでしょうか?」
恵…………ナイス! もっと言え!
私側に肩を持つことに驚愕するサリバンとしっかり向き合い、真剣な眼差しで訴える。瞳の奥には知的な影があった。そうするとサリバンはしばらく無言を貫き、答えが出た合図の小さな咳払いをする。
「仕方ないざます。今回は特別に、最初で最後の、金持くんに免じて、しおりを渡すざます」
「やった! あざ……ありがとうございます、サリバン先生!」
「フン、今度あんな口調を使ったら容赦しないざますよ。肝に銘じておくことざます!」
プリプリとデカ尻を左右に振るサリバンに挨拶をして恵と共に生活指導室を脱出。胸を突き抜けるような清々しさが広がる。鼻の通りもよくなった。大袈裟じゃなく、シャバに出たってこんな気分なのだろう。受け取った薄い束になったしおりを眺めては、みなぎる喜びを足から頭のてっぺんまで噛みしめた。
だが、ひとつ問題が。恵に私の計画がバレた以上、下手に隠すわけにもいかない。ライバルが減るいい機会でもあったというのに、あそこで庇うとは同情でもされたか? ……まあいいや。コソコソせずに、堂々とお見舞いに行くことを公言すればいいだけ。




