計算つくした女の思い!生活指導室へ行こう!
ちょっとやそっとの雨風には確実に負けないキープ力。美容専門学校に通った経歴もないのにヘアアレンジのバリエーションや編み込みといった器用さはメイドの中でもピカイチ。私の中でゴッドハンド若林と命名しよう。
「いってきますわ~!」
午前七時半、完璧な縦ロールを揺らしながら桃尻家を出発。今日は愛理がいないのでバス停にも寄らずに直接学校へ。どうでもいいけど、男どもにも愛理からメールやら連絡かなんかはしてあるのだろう。それって個々に連絡? それとも兄弟の代表一人にだけ伝えているとか? あーん、なんかどうでもいいことなのに地味に気になる。
「……って、それよりも! 若林直伝の『ヤっちゃえ、突撃お見舞い作戦』をじっくりと、ねっとりと、密かに計画しないと。金持兄弟に知られたら阻止されて、最終的に三咲の手で葬られるかもしれないし。あー、金持の人間は怖いねぇー」
それからというもの、私は学校に着くまでずっとお見舞い作戦のことを考えていた。道の真ん中に小学生たち歩いていようが、おかまいなしに堂々と列を裂いて突き進む。それぐらい愛理のお見舞いに熱意を注ぎ、死ぬ気で実行したいと思っていたから。
「一応コンビニで食べ物買っていった方がいいわよね。レンチンできるご飯とかヨーグルトとか。……ん!? ヨーグルトは絶対に買おう。ナニがとは言わないけれど、絶妙なエロさを醸し出すのに使えそう」
ときどき気色の悪い本音をお漏らししながらも、考え抜いて出た答えは――とくになかった。ないといっても、お見舞いに行くことには変わりはない。下手な細工をするよりも普通に顔を見に行くだけ前提で。家は言われなくとも知っているので放課後バレないように行けば大丈夫。
「そうだ。突然行くのもあれだし、愛理にお見舞いに行くよってメール……いや、熱があるのだから形態を見る余裕もないでしょ。あー、でも……んー、あの子の性格だから来るって言ったら大掃除始めそう……でもでも、急にお邪魔するのも非常識よね? かーっ、どうすればいいの! さりげなく、自然にお見舞いに行く方法は……」
このとき、桃尻に自称・グッドアイディアが舞い降りた。
「理由がないなら、作ればいいじゃない!」
忘れたくないアイディアを胸に抱えたまま、学校にはウキウキステップで到着。その軽快な足取りで向かったのは教室ではなく――
「それで? 松風さんがお休みするのは、まだ理解できるざます。ですが、なぜそれであなたが生活指導室に来るざます?」
主にサリバンが先陣を切って牛耳る、生徒指導室に来ていた。堅苦しい大量の書類が整理されたファイルが並んでいる棚と面白みのないノーマルな職員机、それと生徒用の机と椅子のある、学生版取り調べ室。この三点しかない部屋はグレーが八割の殺風景。瞳が色を欲している。
サリバンは朝一から面倒な奴が来たといったように眼鏡を上げて深いため息を吐く。は? うざっ。お分かりでしょうけれど、私はサリバンにわざわざ指導をしてほしいとやって来たんじゃない。
「先生、今日の五時間目に林間学校のお話がありますわよね?」
「そうざます。夏休み前にある我が校伝統の行事ざます。それがなにか?」
「しおりやプリントがもらえると思うので、それを休んでいる松風愛理さんにお渡ししたいなと。彼女、松風さんは林間学校のお話を聞くことがとても楽しみだったので。せめて私が放課後お宅へお邪魔して届けてあげようと思うんです」
楽しみにしているか定かではないけど、お友達思いの桃尻エリカモード、ON。
穢れのない青く澄んだ両目、真意のあるハッキリとした気持ちの晒し方。どうでしょう? これにはサリバンも心打たれてプリントやらしおりを渡す。それを愛理に届けるという口実が出来る。つまり、四人にバレてもお見舞いに行く権利があると主張できる。もし風邪がひどく、うつす可能性があるのなら顔を合わせれなくてもいい。玄関越しで会話をすれば上出来。今日はあの子の家へ行くことに意味があるのだから。
「そんなこと、登校してきた日に渡せばいいことざましょう?」
「えっ」
「話はそれだけざますか? 他にないのなら教室で自習でもするざます」
そんなこと? というか、心打たれるどころか、響いてすらない? ……自習しろで引き下がると思ってんのかクソババア!




