ポンニチ怪談 その20 特別な夏休み
パンデミックのなかウイルス対策に失敗続きの政府。政策失敗のおかげで子供たちは夏休みもとれず、さらに死者も増加していたが、政権トップらは自分たちだけは夏休みをとりたいと夜更けに首都から離れてようとしていた…
日付が変わろうとする時間帯。いまだ蒸し暑さの残る都会の街中を、黒塗りの大型車が数台、連なるように走っていた。柔らかい革のシートに深々と座った中年の男が、前の座席の男にいらいらしながら尋ねた。
「ま、まだか、まだ都内から出れないのか」
「そ、そういわれましても総理。ご自宅は都心にかなり近くなので県境までまだだいぶあります。深夜の時間帯とはいえ、交通量もありますし…、おい、どれぐらいかかるんだ」
「そのう、元大臣、まだ出発してから10分もたっておりません、ナガノノ県にあります総理の別荘まであと一時間以上はかかるかと」
運転手がそう答えると、8人乗りの大型車の真ん中に座っていた元大臣は後ろの席の総理をなだめるように答えた。
「総理、もう少しのご辛抱です。ウイルスの蔓延したこの街からようやく脱出できます。なにしろ首都の感染者は万を超え、重症者も数千。医療崩壊が起こる寸前です。こんな危ないところに我々、国政を担うトップがいるべきではないですよ」
「まったくちょっと対策が遅れて大騒ぎするんだからな。国民も野党も」
「そうですよ、我々が無事なら、国はいくらでも立て直せます。どうせ死ぬのは老人が多いのだし」
自らも老人と言われる年齢に差し掛かっているにも関わらず、むくんだ顔で元大臣が言うのをきいて、総理もほっとしたような顔で
「ああ、やっと、ゴルフができるのか。まったくウイルスの封じ込めに失敗しただの、国会を開けだのうるさい奴等から逃れてようやく休めるんだ、ふう」
『ずるい』
不意に女の子の声が聞こえた。
「え」
驚いて周りを見渡すが、車中には60-70代の男性しかいない。
「あいつか?あいつは店が閉店してから別に来ると言っていたが」
妻が乗っていたのかときょろきょろする総理に
「そ、その奥様は乗ってらっしゃらないはずです」
声が聞こえていたのか、おびえたように元大臣が言う。
『国会閉じてからずーっとお家にいたんだよね。総理のオジサン』
『そうだよ、僕たちの親が医療現場にいて帰ってこれずにいたときも、必死にウイルス対策してお店を開けていたときでも、家にいたんだ。休んでないとかいうけど、ちょっとだけ仕事場にいったり、オトモダチとご飯食べに行ったりだけ、そんなの仕事って言えないよね』
『なんかさシキテンとかいうのの、お話も人にやらせたんだろ、ずるいよな、俺なんか宿題写したらオヤジにすごい怒られたぞ。夏休みちょっとしかなかったのに』
子供たちの怒ったような声が車内に響く。
「うわ、な、なんだ」
運転手がパニックを起こしたのか、ハンドルが右に左に激しく動く、
車に衝撃が走った。
ザザザ
次に目が覚めた時、総理は頭だけ地面に出し体は砂に埋まっていた。
『僕たち山より海で遊びたかったんだ』
真夜中の海で楽し気な子供たちの声がする。
『やった!スイカ割!』
歓声がしたほうに目をこらすと、満月の薄明りのなか、水着姿の男の子が目隠しして太い棒をもっていた。そのすぐそばには砂に置かれた丸いもの、いや
「ふ、副総理!」
後ろの車に乗っていたはずの副総理が自分と同じように頭だけ出して砂に埋まっている。
「ま、まさか」
「ひいいい、助けてくれ!」
『あ、そっちか。声がするからすぐわかったよ、叫ぶスイカって便利だねえ』
笑いながら男の子は棒を振り下ろした。
ボカッ
「ぎゃああああ」
『もう一回』
ズコッ
「ぐえっ」
『ちゃんと割らなきゃ食べられないかなあ』
ドスッ
「…」
『わったって食べられないよ、それ』
ただの血まみれの肉塊になった副総理の頭を不満そうに女の子が足でこづく。
「ひいいいい」
総理は悲鳴をあげた。
コロコロコロ
「こ、こんどは何だ!」
そばに転がってきたのは、
元大臣の頭だった。
「あ、ああああ」
『ビーチボールにちょうどいいとおもったんだけどな』
『布袋頭って言われてるから、もっと丸くて弾むと思ったんだけどな』
『全然だめだね、棄てちゃえ!』
男の子が元大臣の頭をとりあげ、波打ち際に放り投げる。
たちまち頭は波に消えた。
「あ、ああ」
呆然と見ていると総理の耳に別の叫び声が届いた。
「ゴ、ゴホ、私は関係ないんだ!わああ、引っ張らないでくれ!」
『嘘つき、悪いオジサンたちを逃がそうとしたくせに』
『そういうこと、本当はいけないってわかってたんだよね』
『一緒に逃げようとしたんでしょ、なら僕たちと海に沈もうよ』
子供たちに囲まれていたのは総理の車の運転手だ。
手や足を引っ張られ、海に引きずり込まれようとしている。
『ギャア、ごぼ』
運転手は海水を顔にかぶりながら、子供たちを振り払おうとしているようだが、一向に離れない。
「な、なんで、こんな」
大勢とはいえ、子供から逃げられないのか、
いや
そもそも、海の中にいるとしか思えない子供もいる、
なぜだ、子供たちは息がくるしくないのか…
『だって、僕たち死んでるもん』
総理の顔から血の気が引いた。
子供たちはクスクス笑いながら
『セイサクってのが、悪かったんだよね。だから夏休みがなくて学校ずっとあってさ。暑い教室で、私熱中症になって死んじゃった』
『先生もがんばりすぎたんだよね、泣きながら謝ってた、すぐ後から来てくれたけど』
『僕なんか、内緒でお父さんに会いにいこうとして、病院にいって感染しちゃったんだよね。なんて来たんだって、お父さんに初めて怒られたよ、意識がなくなるちょっと前だったかな』
『お前の父ちゃんだって死にかけてたじゃんか。そりゃそうだよな。ずーっと病院に行きっぱなしでさ、疲れてウイルスにやられちゃうのは当ったり前だよな。休みがとれなくて病気になっちゃうのはソーリとかダイジンたちじゃなくて、お医者さんのほうだってオヤジが言ってたのは、ホントだったな。すっげえバカなオヤジだったけど』
『お父さんのこと、そんな風に言っちゃだめだよ。お店が大変なのに君と遊んでくれたんだからさ』
『それで俺が死んじゃうんだから笑えるよな。海開きしてないのに、海水浴だって海に来てさ、まあ俺も調子にのって沖までいっちゃったせいだよな、溺れちゃったのは。オヤジは釣りに夢中になって気が付かなかったし。ホント、親がバカだとしょうがねえよな、でも』
やんちゃそうな男の子が急に怖い顔になった。
『それって、ウチのオヤジだけじゃねえよな。お家に籠って国会とかしなかったソーリがバカだからだよな』
『そうなんだよね。本当ならすごく早くウイルスとか経済とかの対策立てなきゃいけないのに、お友達の利権がどうので、必要な支援が医療関係者とかにいかなかったからだよ。総理のオトモダチの変なコンサルティング支援とかより、防護服とか薬とかの直接支援のほうがいいって、愚痴ってたよ、僕のお母さんも』
『それにさ、どっかの知事がさ、うがい薬がウイルスに効くとかみたいなこと言って、買い占めとかあったんだよね、そんでホントに欲しい人が買えなくて、お医者さんとか困ったんだよね』
『ほんと大人っていうか、政治家っていうのが、バカだから、僕たちがひどい目にあうんよな』
『そんなバカで体弱いんだったら、知事とか総理とか辞めちゃって、もっと頭のいい、丈夫な人に代わってもらえばよかったのにね』
子供たちの咎めるようなセリフ。
幼い声の割に大人の言うような言葉に思わず総理は反論した。
「わ、わたしだって、春からずっと、対策してたんだ、その、会議も開かせたし、な、わかるだろう」
『うっそーだあ。ホントにやってたら検査とか増やせってもっとせかしてたよね。オトモダチとかにやらせないで、直接みんなに必要なお金とか薬とか配ってたよね。変なマスクとかじゃなくてさ』
『他国で成功しつつあった例に学ばなかったじゃないですか。専門家の反対押し切ってやった旅行政策って最悪ですよね』
『大人は旅行行っていいのに、子供はダメっていう感じがズルいよな。田舎のじいちゃんたちが、どうして帰省しないのかっていうのを、なだめるのも大変だし。店のお客さんも来ないしでオヤジたちはスゴクいらいらしてた。だからオヤジも息抜きとかでさ、ちょっと海行こうかとか言い出したんだよな』
周りの取り巻きたちとは正反対の辛辣な子供たちの返事。
いつの間にか総理は大勢の子供たちに取り囲まれていた。
「わ、私をどうするつもりだ!」
『総理と大臣のくせに国民見捨てて逃げるなんてズルいよね、自分たちだけお休みって』
『為政者のくせに、非常事態で逃げ出すなんて、酷いですよね、敵前逃亡だって他の国の人にまで言われてた』
『疲れて休みたいとかなら、それこそトップやめて他の人にかわってもらえばいいのに、オジサンたち全員さ』
『やめて永遠に休めばよかったじゃねーか。もっと頭が良くて体力のあるオッサンにかわればよかっただろ、そうすりゃ俺たちだって助かったのに』
『アンタたちがしっかりしてたら、私たち死なずに済んだのに』
『夏休みも取れたのに』
『責任取ってよ』
『口だけじゃなくてさ』
『そうだよ、俺たちが死んだのはお前のせいなんだから』
迫る子供たち。
よくみると、
その瞳には白目がなかった。
昏く深い穴の様な窪みに吸い込まれるような気がして
思わず叫ぶ総理
「うぎゃああ」
総理は気を失った。
ザブーン
再び目を開けると、空が白んでいた。
「ゆ、夢だったのか」
だが、
総理はまだ砂に埋まっていた。
ほのかな光が目に入る。
水平線から太陽の光がどんどん強くなっていくのが感じられる。
砂浜を見回すと海鳥たちが何かに群がっていた
「な、なんだろう」
目をこらしてみると、副総理の割れた頭を海鳥たちがつついている。
「ひ、ひいいい」
おどろいて顔を回すと
バチ
冷たい手が顔に当たった。
「ぎゃあ!」
運転手の体がそばに打ち上げられていた。
その体はどす黒く膨らんでいて、顔もはれ上がって傷だらけになっていた。剥き出しの手足のあちこちを魚にかじられているのをみて、総理はぞっとした。
「ほ、本当なのか、今まで起こったこと全部…。が、がぼ」
不意に海水が口の中に入り込んだ。
「うう。な、なんで」
気が付くと波打ち際がすぐそばに迫っていた。
「ま、まさか、もうすぐ満潮なのか、ゲホ」
はげしい波が総理の顔に何度もかかる。
逃れようとしても体は全く動かない。
かろうじて顔を横に向けたが、徐々に海水面が高くなっていく。
ピーヒョロロ
トンビが上空を旋回している。
御馳走にありつけなかった海鳥たちもこちらを向いている。
次の得物が早く息絶えないかと待っている。
涙をうかべながら総理は必死に助けを呼ぼうとしたが
「た、助け、ごぼごぼ」
大量の海水が口に入って言葉にならない。
波は次第に満ちてきた。
どこぞの国では政策大失敗のうえ、ろくに働きもしないトップらとそのお取り巻きに非難ごうごうですが、これからどうなるのでしょうか。
秋になったらもっと事態はひどくなるらしいですが、本編ほどひどいことには…ならないとは、かぎりませんね。