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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編作品

召喚少女と悪魔

作者: 伊勢

よろしくお願いします!




「おはよう、今日もよろしくね」


そう呟く。

すると私の手の平の上でポンと音を立てて小さな妖精が現れた。


彼女は『おはよう!』と言うように手を上げ挨拶を返してくれる。


その可愛らしい仕草に自然と頬が緩む。

私はもう一度挨拶の言葉を零した。



※※※※※※※※




初めて私が彼を召喚したのは孤児院に引き取られて間もなくのこと。

その日も()()()()()孤児院の皆から蔑まれ罵られ、助けてくれる人は誰もいない中1人惨めに虐められた私は彼らから逃げ叢の中に蹲っていた。


「…私をちゃんと見てくれる人はいないのかな」


心の声がぽつりと寂しく零れた。

口に出すつもりはなかった。なのに、つい口に出てしまった。出してしまったら、惨めな自分を認めてしまう気がしたから。そして案の定後悔した。

悔しくて悲しくて私は自分の肩をギュッと抱いてより小さく身体を縮めた。


…このまま、消えてしまいたい。

何度そう思っただろう。


私には、事故の後遺症か孤児院に来る前の記憶がない。

名前も、年齢も、家族がいるのかさえ、何1つとして覚えていなかった。


私は突然、人通りのそこそこ多い道路の真ん中にポツンと現れトラックに跳ねられた。

トラックの運転手は頻りに「突然現れたんだ!」と言い、それを裏付けるように信号待ちをしていた通行人も皆口を揃えてそう言っていたそうだ。

しかし、そんな魔法みたいな事あるわけが無い。

この不可解な現象は解明されることなくは交通事故として処理された。

初めて目が覚めた時、私は真っ白な部屋で寝ていた。

目が覚め、警察に事情聴取されたが何も覚えていないのだ。答えられることは何も無かった。

警察は私の身元を捜査してくれたが不自然な程に私に関する情報は一切出てくることは無かった。

身元不明の子供の扱いには病院は勿論、警察も困り果て最終的に行き着いたのがこの孤児院だった。


体よく厄介払いされた私は唯一親切にしてくれた警察のおじさんから椿という名を貰った。

私の目が紅いから椿。丁度、時期的にもその花が咲いていたからそう付けてくれたのだろう。

一見綺麗な名前だが、椿の花は首切花とも呼ばれる不吉なものでもあった。だから、おじさんには悪いが私はこの名前があまり好きではなかった。


そう、私が虐められる原因は普通ではありえないこの血のように赤い瞳にある。

髪は日本人らしく黒いが瞳は赤く、表情に乏しい私は異端とされその色彩から“悪魔”と称された。

孤児院の大人達もこんな私を気味悪く思い、虐めも見てみる振りをするばかり。


そんな私はどこにいてもいつも1人。

どこにも居場所がない…私は孤独だった。


じわりと視界が霞む。

泣くな!と自分に必死に言い聞かせていたその時、私の隣でポンッ!と音が鳴った。

驚き咄嗟に音の方へ顔を向けるとそこには見知らぬ男の人がたっていた。彼は彼で辺りをキョロキョロと見回し、その動きは忙しない。やがてその瞳は私に向けられると驚いたのか目を大きく見開き瞠目した。


私は私で突然現れた彼にどうすればいいのか分からず、じっとその顔を見つめることしか出来なかった。

彼は今まで見た事のないくらい綺麗な顔立ちをしていた。

白金色のサラサラとした少し長めの髪は片側だけ耳にかけている。瑠璃色の瞳はとても美しくつい見とれてしまった。


「…」


「…」


暫く互いを見つめ合うという不思議な時間が流れた。


先に視線を逸らしたのは私の方だった。

美しい彼に比べ、醜く気味の悪い悪魔のような色彩の私。

きっと見知らぬ彼も直ぐに蔑みの視線を浴びせてくることだろう。美しいその瞳にそんな感情を向けられるのは耐えられなかった。


俯き、体を丸めた。いつ、暴力を振るわれるか分からなかったから。


「あ、あれ。大丈夫?具合が悪いの?」


しかし彼の反応は思っていたものとは違い、その口から発せられたのは私を貶めるものではなく心配するものだった。それが信じられなくて、恐る恐る顔を上げると彼はいつの間にか私の目の前にしゃがみこみ声同様、心配するようにこちらを見つめている。


「どこか怪我してるの?」


怪我はしていた。石を投げられ暴力を振るわれ私の身体は傷や痣だらけだったがそれはあえて伝えることはせず、首を横に振った。


すると彼は心底安心したかのようにホッと息を吐く。

彼の態度全てが私には有り得ないものだった。

私にこんなに親切な態度をとってくれる人は名付け親である警察のおじさん以外誰一人としていなかった。


「そう、なら良かった」


「貴方は…」


「ん?」


つい、言葉が零れ落ちた。

慌てて口を噤むが彼は優しい瞳を私に向け先を促してくれる。その視線に背中を押され、ビクビクしながらもか細い声でそっと声を漏らす。


「…貴方は、私が気持ち悪くないの?」


そう、問いかけると彼は眉間に皺を寄せ怖い顔になる。

それにビクッと肩を震わせた私を見て彼は慌ててごめん、と謝ると改めて優しい表情を浮かべ、微笑んだ。


今まで向けられたことの無いその優しい視線や表情に私は気恥ずかしく、背中がむず痒く感じた。


「どうして、そんなこと聞くの?」


彼は殊更優しくゆっくりと問いかけた。

その視線に耐えきれず再度俯き、膝を抱えた。


「…ここの人達は皆、私を気味悪く思ってるから」


「君は気味悪くなんてないよ」


直ぐに否定の言葉が飛び出した。


だが、そんなことある訳が無い。

その言葉が信じられず、私は咄嗟に声を上げた。


「でも!でも…私、こんな血みたいな赤い目で皆から悪魔みたいだって言われてて、自分でもそうなのかなって…」


「君は悪魔なんかじゃないよ」


「え…?」


彼は私の言葉を遮りハッキリとそう告げた。


「悪魔はもっと狡猾で性格は悪いし、お腹なんてどす黒くてドロドロしてる。人を騙して殺す事が大好きな連中だ。君みたいに真っ白で純粋な魂の子が悪魔なわけないじゃないか」


まるで、本当に悪魔に会ったことがあるかのような口振りで彼は語った。


「それに君のその瞳は血の赤じゃないよ。あの色はもっと黒くてドロっとした色だ。まぁ、僕はあの色も好きだけど。君のは夕焼け空の美しい茜色だよ」


彼は私の顔を両手でそっと包み込むと視線を合わせてきた。


「…あぁ、光の加減で微妙に瞳の色が変わるんだね。とっても綺麗だよ」


彼が本心からそう言っていることはその瞳と表情から明白だった。甘く微笑む彼の視線に耐えきれなくなった私は必死に視線を逸らすが顔を掴まれているためそれも限界がある。みるみる顔が赤くなる私に彼はクスクスと声を上げて笑った。


「可愛い」


唐突に、そう呟いた彼に驚き逸らしていた視線を戻すといつの間にか鼻が触れ合うくらいに顔が近づいていた。


…え?


唇に柔らかいものが触れた。


チュッ。と音がなり彼の顔は離れていった。


「こういう時は目を瞑るものだよ?」


何がなにやら訳が分からなくて、今自分がされたことも理解ができない。プスプスと頭から煙が上がる。


「ありゃ、おーい。大丈夫?」


彼は呑気に私の顔の前で手を振っている。

はっ!と我に返った私は、彼から距離を取るため咄嗟に後ずさるもすぐ後ろには木があったらしくそこまで離れることは叶わなかった。


「…な、ななななに?!!」


「何ってキス」


「きす?」


「そう、チューしたの」


「ちゅー…え、なんで?!」


当然の疑問である。初対面の、名前すら知らない相手にいきなりキスされたのだ。


「君があんまりにも可愛くて、つい」


「か、かわ…いや、ついって!」


「いいじゃん、ちょっとくらい…正直いきなり呼び出されて僕イライラしてたんだけど、君ならいいや」


そう言いながら彼は私との距離をどんどん詰めて無くしていく。咄嗟に立ち上がって逃げようにも、先程の突然のキスで腰が抜けてしまっていたらしく立つことは叶わず。横に逃げようとすればそっと両腕を取られ木に押し付けられる。咄嗟に腕を動かそうとするも力が強くてビクともしない。焦り、彼に視線を向けると心底楽しそうに彼は笑っていた。


「何、逃げようとしてるの?そもそも僕を呼んだのは君だよ」


「わ、私、誰も呼んでなんかっ!」


「呼んだよ。だから僕はここに来たんだ」


彼は一瞬笑顔を消し真顔になる。

瑠璃色の瞳が揺れ、一瞬私と同じ…いや、それよりも濃いそれこそ血のような色の瞳が見えた気がした。


しかし直ぐにニコニコとした笑顔を浮かべた彼を見て、私の背中にゾワゾワとした悪寒が駆け巡った。


…この人、人間じゃない。


直感でそう感じた。しかし、それは間違っていないだろう。

その事に初めて気づいた私は、彼の言った言葉が頭の中でグルグルと駆け巡った。


呼んだ?私が、この人を…?え、いつ?

そもそもこの人どこから来たの?


「ど、ゆ…?」


「君は何か願わなかった?」


「え…」


願い…?

私、は…


「僕はそれを叶えるために、君に強制的に此方に召喚されたんだよ」


「しょうかん…」


「そもそも君、ここの人間じゃないでしょ」


「え…?」


ここの人間じゃない?それは孤児院という意味なら、まぁ、一応ここに引き取られはしたが、認められてはいないしある意味ではそうかもしれない。しかし、彼が言っていることは何か違う気がする。


「僕を呼べる人間って限られてるんだよ。こんな魔力の薄い世界で呼ぼうとしたら生贄が何人も必要になる。それでも僕が来るかは気分次第だけど。でも、君は無意識かもしれないけど君自身の魔力を代償に僕を見事召喚して見せた!しかも強制的にね。すごいね、おめでとう!」


わー、ぱちぱち!と口で私を賞賛する彼の目は少しも笑っていない。


「で、そんな膨大な魔力を持つ人間はこの世界にはいない筈なんだよ…君、どこから来たの?」


「私、は…分からない」


何も覚えていない私は、本当にどこから来たのだろう…


「分からない?」


「…記憶が、ないの。事故が原因かは知らないけど、名前も年齢も、自分が何なのか私が1番分からないの…」


「へー、そんなことってあるんだねぇ」


「…貴方は?」


「ん?」


「貴方こそ何者なの?貴方はどこから来たの?」


そう聞くと彼はにやぁ!と口が裂けるのではないかと思うほどの気味の悪い笑顔を浮かべた。

無意識に体が小刻みに震え出す。

彼はそんな私を見つめながら顔を近づけてきた。

先程の甘い雰囲気はなく、他を圧倒する捕食者のような瞳だった。


「僕は君たちが言うところの悪魔だよ。魔界って呼ばれる、こことは違う次元の異世界から来たんだ」


「悪魔…?」


「そぅ、悪魔♡」


…私は、どうやら自称悪魔を召喚してしまったらしい。




※※※※※※※※※



未だ木に手を押し付けられたまま身動きの取れない私は呆然と彼を見つめた。


「貴方が…悪魔?私じゃなくて?」


「あはは、君みたいな悪魔がいたら可愛いだろうね。でも残念。僕こそが正真正銘悪魔だよ。どう?本物はかっこいいでしょう」


彼はニコニコしながら嬉しそうに語った。


確かに、悪魔のイメージとは大分かけ離れた外見をしている。それこそ見た目で言ったら私の方が悪魔らしいのではないだろうか。


しかし、彼から醸し出される雰囲気は禍々しく正に悪魔そのものだった。


「角とか…羽はないのね」


何となく、想像上の悪魔を思い浮かべながら言葉を零すと近すぎる距離のためか彼に聞こえてしまったらしい。


「出そうと思えば出せるけど、見る?」


「え?あるの?」


「勿論!」


そう言うと彼の背中からバサッと音を立てて大きな漆黒の翼と額からは黒く太い角が頭に反って後ろへ伸びていった。白金色の髪は銀色に、瞳の色は血のような赤黒い色になっている。


その姿は正に悪魔そのもの。

妖艶に微笑むその様は全ての生物を魅了し貪り尽くすのだろう。恐ろしいまでに美しいその悪魔は先程も綺麗な顔立ちだったがより美しく人外の輝きを放っていた。

こちらが彼の本当の姿なのだろう。

その姿に私は目を奪われて見入ってしまった。


「どう?綺麗でしょ。この姿になると皆僕の虜になっちゃうんだよ」


ドヤっとした顔は少し可愛らしい。だが、その瞳に一瞬悲しそうな影が落ちたように見えた。

しかし、私にはそれよりも気になるものがあった。


彼はとても綺麗だ。一瞬その瞳に過った悲しそうな光も気になるにはなる、が…その…


「うん、とっても綺麗」


「ふふん、でしょ」


「あの…」


「ん?なぁに?」


「その、羽…触っていい?」


「…はね?」


私には彼の美貌よりもふさふさと揺れる大きな羽の方が魅力的だった。彼は一瞬、ぽかんとした顔になると直ぐにお腹を抱えて爆笑しだした。


彼は何をそんなに爆笑しているのか。

突然羽を触らせろとは少し、いや大分?失礼だったかも…?

そりゃそうか。言い方を変えれば「貴方の背中触らせてください」って言っているようなものだろう。…あれ、これ変態では?


彼が漸く手を離してくれたことにより木に押し付けられていた腕が自由になっていることにも気づかず、頭の上に??マークを大量に撒き散らしながら私は首を捻った。


「くくくっ!羽、ね!羽!」


「…そんなに、おかしなこと言ったかな」


「まぁね!そんなこと言うの君くらいじゃないかな。

くくっ。いいよ、君ならいくらでも触らせてあげる」


彼は私をぎゅっと抱きしめると自分ごとその大きな羽で包み込んだ。

突然抱きしめられ、一瞬頭が真っ白になったが頬を掠める羽の感触に私は夢中になった。


「ふふ、擽ったい。サラサラしてる…」


「…可愛いなぁ」


何かに、誰かに包まれる温もりに私は段々と眠くなってきてしまった。


「暖かい…」


「…ねぇ、君は僕が来る前何を願ったの?」


ウトウトと船を漕ぎ始めた私の耳ともで彼が囁く。


願い…?私、私は…


「私、寂しかったの…。いつも皆から嫌われて…誰も私を見てくれない、必要とされない…怖かった」


「うん」


「だから、誰でもいいから…たった1人でもいいから…こんな私の傍に、一緒にいてくれる人が欲しかったの…」


「それが、君の願い?」


「…うん」


「いいよ、僕が君とずっと一緒にいてあげる」


「…本当?嘘じゃ、ない?」


「うん。悪魔は嘘が大好きだけど、契約に嘘はつけない」



彼はそういうとブツブツと何かを唱えだした。

それは聞いたことの無い言葉だったが、まるで歌うように紡がれるその旋律はとても耳に心地よく子守唄のようだった。


「…綺麗な歌」


「くくっ、歌ね。君は面白いね」


彼は私を抱きしめる腕を強くすると、じっと上から見下ろしてきた。


「ねぇ、名前は?」


そう言えばまだ彼に名前を教えていなかった。

眠い目を必死に開けて彼を見つめ返す。


「…椿」


「椿…可愛い名前」


私の名前を聞いた彼は心底嬉しそうに微笑んだ。


「貴方は…?」


「僕?僕はベアル」


「べある…かっこいい名前ね」


「そう?ありがとう」


彼…ベアルは照れくさそうに私の頭にグリグリと額を押し付けてきた。綺麗な顔に似合わずかっこいい名前な悪魔は暫くすると満足したのか顔を上げた。


その顔は今までにないくらい真剣な顔だった。


先程の照れくさそうな顔に、悪魔らしい少し恐ろしい顔、キスした時の甘い顔とコロコロと表情の変わる彼は見ていて面白い。


「ねぇ、椿。僕は君の願い通りずっと君の側にいてあげる。だから君もずっと、ずーっと僕と一緒にいてくれる?」


その顔でその言葉はまるでプロポーズみたいだと感じた。なんだかおかしくて、私はつい笑ってしまった。


「ふふ、なんだかプロポーズみたいな言葉ね」


「…そうだね、そうかもしれない」


「ベアル、貴方こそ本当に…こんな私のそばに居てくれるの…?」


「勿論!」


彼は自信満々にそんな言葉を吐く。


「…でも、どうして?」


「何が?」


「私のお願い、どうして聞いてくれるの…?」


さっき、彼は私に強制的に召喚されたと言った。

本来なら何人もの生贄が必要で、それでも来てくれるかは彼の気分次第。なら、来たとしても願いを叶えてくれるのも彼の気分次第だろう。

なのに、無理やり彼を呼んだ私にどうしてこんなにも悪魔の彼は優しいのか…それが不思議だった。


「君のことが気に入ったから、かな」


「え?」


「本当は、無理矢理呼び出されてイライラしてたんだ。碌でもない願いなら八つ裂きにしてやろうと思ってた」


私は随分と危ないことを無意識にやらかしていたらしい…

呼んだのが彼でよかったのか、とても不安になった。


「でも、召喚したのが君みたいな可愛い泣いてる女の子でさ。“悪魔への願い”もとっても可愛らしいもので…あぁ、いいなって思ったんだ。これが一目惚れってやつ?

君をドロドロに甘やかして、大切に、大事にしてあげる

だから、ね?…誰も君を必要としないなら僕が貰ってもいいよね?」


彼はそれはそれは美しい悪魔の笑顔を浮かべた。

ぎゅうっとさらに彼の腕に力が入る。

絶対に逃がさないと、彼は全身で語っていた。


「ねぇ、いいでしょ?君は願いが叶い、僕は君を手に入れられる。君は僕を受け入れるよね?だって、欲しいんでしょ?誰でもいいから側に居てくれる人が。それが悪魔でも別にいいよね?」


矢継ぎ早に告げる彼はなんだか悪魔のくせにとても必死で…どうしてこんな私を必要としてくれるのか。

一目惚れだという彼の言葉は正直、信じられないけど。でも、それが例え嘘だったとしても別にいいと思った。


嘘でも私を必要としてくれるこの人のそばにいたい。


「…いいよ。私も、誰でもない貴方のそばにいたい」


いつか貴方が私に飽きて捨てられる日が来るとしても、それ迄はこんな私を1度でも必要としてくれた貴方のそばにいたい。


「私を、私の全部を貴方にあげる。だから…?!」


言葉は最後まで伝えることは出来なかった。

私の口は彼の熱い口付けによって塞がれてしまったから。

その瞬間、私の眠気は全て吹き飛んでいった。


「んっ」


「はぁ…いきなりそんな可愛いこと言わないでよね。我慢、出来なくなっちゃうでしょ」


顔を背けようにもいつの間にか頭と腰をがっしり掴まれて身動きが取れなかった。

そのままチュッと音を立てながらしきりに私の口を啄む彼はどんどん口付けを深くしてゆく。


「っ…は、んん…」


息苦しくなって、口を薄く開けるとヌルッと突然何かが口の中に入り込んできた。それは彼の舌だった。

私は口の中をグチャグチャに犯された。

初めての感覚に、その気持ちよさに頭がぼーっとしてくる。口の端から収まりきらなくなった涎がこぼれ落ち、顎を伝って首へと流れていった。


漸く、離れた彼の口と私の間には薄い糸が引いていた。

それをペロリと舐めとる彼は色気が漂いとても厭らしい。


「…はぁ」


「これで、契約成立ね」


「え?」


けいやく…?


「普通は血の交換で契約するんだけど、要は体液の交換がされればいいからキスでも全然OK!…これで君は僕のものだ」


そう言って彼は最後に触れるだけのキスをした。

すると、急に抗いがたい眠気に襲われた。


「おやすみ、僕のお姫様」


最後に見た彼の顔は愛おしい者を見る目をしていた。





※※※※※※※※



僕の腕の中で眠りに落ちた可愛いお姫さま。

その無防備な顔がとても愛おしい。

まさか、僕の中にこんな感情があったなんて自分でも驚きだ。


僕は自分で言うのもなんだけど、悪魔の中でも冷酷無慈悲と呼ばれるくらい残酷な性格をしている自覚がある。

実際そうだし、仲間の悪魔からもそう呼ばれ怖がられるくらいだ。


そんな悪魔としては高位の存在である僕を召喚するにはこの世界だと生贄の魂が500人は必要じゃないのかな?

それなのに彼女は自身の魔力のみで僕を召喚した。

元の世界でもさぞ生きづらかったのだろうね。

とても不思議な可愛くて、可哀想でとても哀れな僕のお姫さま。

記憶を無くし、誰からも必要とされないと震えた彼女の体には無数の傷や痣があった。隠していたのだろうけど、嘘に敏感な悪魔の僕にはバレバレだ。

抱きしめた彼女に治癒魔法をかけ傷を癒す。


…こんなになる迄彼女を追い詰めた奴らが許せなかった。


僕は彼女が言っていた孤児院へと足を向けた。


最初はただの興味本位だった。

強制的に呼び出されてムカついてもいたけど、そんな奴滅多にお目にかかれないからね、ちょっと相手を確認するくらいいかなって思った。出てきてみれば周りは鬱蒼とした森の中。

周りを見回してみれば、叢の影で縮こまる小さなボロボロの子猫みたいな女の子を見つけた。


彼女の赤い瞳と目が会った瞬間、僕の胸は撃ち抜かれた。


正直言って一目惚れだった。ドキドキと高鳴る胸を押さえながらそっと彼女に近づき話を聞いた。

僕を呼んだからには願いがあるはずだ。

可愛いこの子の為なら何でも叶えてあげようと思った。


嫌いな奴を呪い殺して欲しい?絶世の美女になりたい?金持ちになりたい?不老不死になりたい?

僕を呼び出すヤツらの願いはだいたいこんな感じだ。


彼女の一体何を“悪魔”に願う?


しかし、彼女の願いは僕の想像とは全くかけ離れたものだった。


ただ、そばにいて欲しい。


それが願い。


なんと、可愛らしい。そして悲しい願いか。

悪魔を呼びだしてしまう程に追い詰められた彼女はただ自分の居場所を欲しがった。


その様が憐れで愛おしかった。


よし、なら僕が一緒にいてあげよう。

誰も彼女を望まないなら僕が彼女を貰ってしまおう。

僕の羽を触ってウトウトと船を漕ぎ始めた彼女を見て僕はさりげなく言葉を誘導する。


スラスラと胸の内を語る彼女は最後にこう言った。


「私を、私の全部を貴方にあげる…だから」


上目遣いで眠いからかトロンとした瞳で言ったその言葉の破壊力と言ったら、もうっ!


僕の理性は一瞬で崩壊した。

無理に奪ったその唇は最初の触れるだけのものとは違いとても気持ちよく、甘い味がした。

舌を絡め口を犯し尽くせば無意識か、彼女は縋るように僕の服の袖をギュッと掴んでいた。


やばい、これ以上は…


そう思い、なけなしの理性を総動員して口を離す。

頬が上気し潤む瞳は可愛らしく、今度は口だけでは収まりそうにない…ぐっと耐えて、僕は慌てて取ってつけた理由をベラベラと話し、無理やり契約を成立させた。


彼女の魂に僕の印を刻み込み、その体を人から徐々に僕の、悪魔の体に近づける呪いを契約に組み込んだ。

そうすることで、膨大な魔力を持つとはいえ限られた寿命はなくなり、簡単に死ぬ体ではなくなる。


これで彼女はずーっと僕のものだ。

例え何があろうと絶対に離さないし、逃がさない。

だから、安心して僕のそばにいるといいよ。


眠る彼女にそっと口付けを落とした。



※※※※※※※※



その後、椿はその世界から姿を消した。

彼女がいた孤児院は惨殺死体で溢れかえっていたらしいが、椿だけは決して見つかることは無かった。


この惨状を作り上げたのが誰なのか知るものはいない。

しかし、その見た目も相まって“悪魔の子”と呼ばれた彼女の呪いではとまことしやかに語り継がれることとなった。


その世界に居ない彼女にはもう、関係の無い話だが。


一方、悪魔のベアルに魔界へと連れ去られた椿はそこでとても幸せに暮らしていた。

ベアルとべアルと同じく高位の悪魔である蝿の王ベルゼブブや七つの大罪らと友人になったり、その事でべアルが嫉妬し機嫌を直すのが大変だったりと忙しない日常を送っている。彼女は時折、自身の魔力を使って妖精等を召喚し生活の手伝いをしてもらったり、召喚士としての仕事を貰い生きがいを見つけることも出来た。


結局、彼女がどこから来たのかは誰も知らない。

だが、知らなくてもいいのだろう。

彼女は今とても順風満帆な日々を送り、幸せなのだから。








ここまで拙い文章を読んでくださりありがとうございました!


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