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フルフェイス

作者: N(えぬ)

 生活が一変した。感染すると重篤な症状を引き起こす新種のウィルスが地球上に蔓延して数年が経ったが人類はそれを封じ込めることができなかった。事実上の敗北である。

 だが、恐らく地球に生命だ誕生して以降、どのような生物もそのような戦い、せめぎ合いを幾度も繰り返して来たに違いなく、それらは敗北と言うより「適応」をもって対処してきた。


 フルフェイスのヘルメット型マスク。これが世界的に義務化された。頭部の防護用とは違い鼻と口の部分に重点が置かれたこのヘルメットは、口の部分に交換式のフィルタが入っており、環境にもよるがおおよそ8時間に一度の交換が必要だった。このヘルメット型マスクの効果は高く、装着していればおおよそ一般的な社会生活が恐れを抱かず、むかしのようにできた。高性能高機能の清貧の開発競争が続いている。世界標準の最低限の性能が示され、その保証検定マークが無ければ売ることができなかったが世の中には必ずそういう制度をくぐり抜けたまがい物が安く売られたりした。

 いずれにしても条例で定められた指定の場所ではヘルメット型の完全防備マスクの装着が義務付けられた。外してもよいのは、一定の条件を備えた空間のみ。一人以上で同一空間においてマスクを外していいのは互いの同意が必要で、その同意確認はすべての人に配られた認証カードを所定の機器に通すことで行われた。飲食店などに入ると、店全体のフルなマスク除外は禁止されており、一定の人数が入れる個室か一人専用空間でのみカード認証後にヘルメットの取り外しが許可され。利用後は部屋ごと滅菌が行われる。季節によるが部屋に入って、主に中年の男性が「フェ~っ」だの「ふぅ~」だの声を上げるのは、居酒屋で一杯目のビールを口にしたときだったものだが、フルフェイス型マスク義務化以降は、このマスクを取り外した瞬間に声を上げるのが定番となった。更にサービスで「顔拭きタオル」が配られる店が多く、居酒屋などではこのタオルが「お通し」扱いされているところもあった。

「素顔」の意味も化粧をしていないことを意味していたのが、マスクをしていない状態を主に指すようになった。それに伴い愛情表現も変わった。同じ空間でマスクを外すのが信頼の証、愛の証となり「きのう彼女が俺の前でマスクを外してくれたんだ!」なんていってはしゃぐ若者が出現した。したがっていつまでもマスクを取って顔を見せてもらえないときは「脈なし」と言うことになった。

 ヘルメットを外していい空間は「互いの同意が必要」と言ったが、同意が無い場合はたとえ「うちの中」でもヘルメット型マスクの取り外しは禁止されており罰則の対象になっていた。これにより新種の「家族断絶」「家庭内別居」「家庭内村八分」などと言ったことが起きた。父親が仕事から帰宅すると、とたんにウチにいたほかの家族が「不同意」になりウチの中でもマスクを装着したままでいなければならない。マスクを外せるのは自分の個室に入ったときだけ。ウチの中でもそれぞれ個室に籠もって生活している家族は、そうめずらしくなくなっていた。一緒に生活しているが「顔は忘れてしまった」とか「写真以外で家族の顔を見たのはガラス越しだけ」などなど。家族の形態も変わった。

 夜、家に帰って来た父親は、今夜も自室で家族の素顔の写真を見ながら、一人酒を飲む。隣の部屋から妻と娘がネット動画を見ながら笑う声が聞こえてきた。彼は頬を少し膨らませて、フゥッと一つ息を吐いた。

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