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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
後日談
97/100

二十歳の想い1

「アナン?」


 茶色のふわふわした柔らかい髪を後ろにまとめ、美しい少年、今や美少年というより美青年という呼び方が相応しいヒトシは不機嫌そうな友人、アナンに呼び掛ける。

 町田アナン、7歳年上の女性でヒトシの元教師である。

 2年ほど前にいろいろな事件があり、それなりのあやうい関係にもなったが、今やいい友人として付き合っている。


「なんでもない」


 先生と生徒であったころは2人の関係はぎこちないものであったが、今ではアナンの方が打ち解けたようで、ヒトシよりかなり年上にも関わらず、同じ歳のような態度を取るようになっていた。


「アナン、そういえば3日後、俺の20歳の誕生日なんだ。祝ってくれるよね?」

「もちろんよ。本当、花村くん、変わったよね。2年間はツンツンしてて怖かったけど」

「怖かった?遺伝子に支配されていたからね~。あの時は本当にアナンを抱きたくてしょうがなかったし」


 ヒトシが目を細くして意地悪そうに笑うとアナンは少し赤くなる。


(こういうところは本当、同級生の奴より子供なんだよな)


 アナンの変わらぬ可愛らしさをみて、ヒトシはほくそ笑む。


 2年前まで、ヒトシはいわゆる宇宙人だった。アナンもしかりで、ある事件があり、父を亡くし、そして地球人になった。


 宇宙人である時は生き残りたいという遺伝子のためか、アナンを抱きたい衝動に苦しめられていた。どういうわけかヒトシの体はアナンを交わることで延命できるようになっていた。しかしおかげさまで色々あり、遺伝子を抜き去り、一般地球人となった今、ヒトシはアナンに対して飢餓感にも似た、抱きたい衝動に駆られることもなくなっていた。


 しかし、アナンに対しても変わらぬ恋愛感情を持っており、ここ2年ヒトシはそれをひた隠しつつ、友人として付き合っていた。

 それは幼馴染のヨウスケのせいでもあり、アナンがひそかにヨウスケのことを好きなのをわかっていたからだった。


「町田センセーは北守センセーのこと好きなんだろう?」

「やめてよ。花村くんにセンセーと呼ばれるとなんか変な気持ちになるから」

「だって、2年前まで俺の先生だったのは確かなんだから」

「でも嫌なのよ」 


 アナンは眉間に皺を寄せるとぷいっと顔を背ける。 


 (気付いているの?俺の気持ち?)


 ヒトシはこうやって2年前のことを持ちだしてアナンをからかうことが多かった。その度にふとアナンが自分の気持ちに気づいているような気がしていた。


「アナン。意地を張ってるとヨウスケを誰かに取られるよ。いい歳なんだから」

「いい歳って!悪かったわよね。27歳で彼氏もいなくて」


 アナンはぷりぷり怒るとヒトシに手をふり神社を出ていく。


「アナン~」

 

 ヒトシはため息をつくと、中断していた神主の仕事を続けることにした。

 若い美形神主は現在19歳、高校を卒業したと同時に亡き父がしていた神主の仕事を引き継いだ。


 以前は俗に超能力と呼ばれる力があり、いろいろやることがあったが、力を失った今は、神社の掃除、観光客への応対、お賽銭箱の管理などヒトシにすれば退屈な仕事ばかりだった。



「ヒトシ」


 そう声がして、背の高い黒髪の青年が現れる。眼鏡をかけた知的な美青年はヨウスケだった。アナン同様教師をしていたが、父シュンイチが不祥事を起こし、実刑を受けたせいで教師を退職、島の観光を企画する一般企業に入っていた。


「ヨウスケ。アナン怒っていたけど。また喧嘩した?」


 ヒトシがそう言うとヨウスケは口を歪める。

 ヨウスケは何かとアナンを怒らせるようなことを発言することが多く、2人はよく口論していた。


「別に。ただお前の20歳のお祝いは2人ですればいいじゃないかって言っただけだ」


(あちゃ。このニブチン)


 ヒトシはヨウスケの答えに眉を潜めた。


(このニブチンにはアナンの気持ちは届かないんだろうな)


「ヨウスケ。お前さあ、アナンがお前のこと好きだってこと知ってるのか?」

「……」

「いい加減、お前も認めたら?お前もアナンのこと好きなんだろう?」

「…そんなわけないだろう?あんな可愛くない女。俺の好みじゃない」


(嘘ばっかり)


 ヒトシはヨウスケが嘘をついていることを知っていた。

 一般的に女性には優しいヨウスケがアナンだけにはやけに冷たい態度を取る。

 それはアナンがヨウスケにとっては特別な存在だということを証明していた。


「ヨウスケ。俺に構わなくてもいいぜ。俺は別にアナンのこと何とも思ってないし」


(嘘だな)


 ヒトシはこの2年で身につけた大人の顔をして、ヨウスケに笑いかける。


「……そうか。まあ、でも20歳の祝いは2人でやれ。俺は用事がある」

「用事?!俺の成人の祝いより大事なのか?!」

「マサシのことだ。その日はヒトミとマサシを連れて病院に行くから」

「でも夜は暇だろう?」 

 ヒトシが言い募ったが、ヨウスケは曖昧に笑うと手を振って神社から出ていく。


 (2人で祝うか)


 ヒトシは心の中でそうつぶやくと空を見上げた。


 複雑な話だが、マサシとはヒトシの亡くなった父親の名前だ。しかし、ヒトシの大叔父ノゾムの子供の名前でもある。ヒトシの義理の大叔母にあたる女性ヒトミはヨウスケと昔付き合っていたこともある女性だ。そんなこともあり、ヨウスケはヒトミとその子供マサシのために、いろいろ時間を割くことが多かった。

 それがいたたまれないのはアナンで、ヒトミとヨウスケが出かけるのをヤキモキしているようだった。


(素直になればいいのに)


 ヒトシはそう思っていたが、実際にアナンが素直になり、ヨウスケと付き合い始めることを考えると暗い気持ちになるのも事実だった。


(でもそろそろ限界だよな)


 2年間、我慢してきた恋心も最近は自分の中を飛び出そうとしているのがわかった。


(ここは告白でもしてすかっとするか)


 ヒトシはそう考えてみたが、それをするとアナンの側にいることもできなくなると思い、実行に移せないでいた。


 数日後、

 ヒトシの誕生日が来た。

 結局2人は町の居酒屋でお祝いすることになった。


「乾杯~。これで晴れてお酒が飲めるわね。大人の仲間入りおめでとう!」


 アナンはそう言って笑った。


 (やっぱり可愛い)


 ヒトシも同様に笑うとアナンのコップに自分のコップを重ねた。


 数時間……


「北守の馬鹿~」


 すっかりぐてんぐてんになったアナンを背負ってヒトシはそのアパートに来ていた。


 階下でタクシーを待たせ、階段を上る。


「アナン、着いたよ。鍵は?」


 ヒトシはアナンをドアの前で降ろし、そう尋ねる。


「これ……」

 

 アナンは鞄をごそごそと探ると鍵を出す。


「じゃ、あとは自分で。俺は帰るから」


 (俺の誕生日なのにな)


 苦笑しながら、アナンをベッドに連れて行くとヒトシは背を向ける。


「!」


 ふと手を掴まれ、ヒトシはギョッとする。アナンは潤んだ目をむけ見ていた。


「行かないで。お願い」


 その声にヒトシの体がすくみ。

 2年前、何度も触れたその体、まだその感触は覚えていた。

 しかし、ヒトシは息を吐くと目を閉じる。


「アナン。酔った勢いでそんなこと言うのは最低だ。俺の気持ち、知ってるくせに」


 傷つけるとわかっていたが、ヒトシはアナンを見据えるとそう言葉にした。


「ごめん」


 アナンは俯くとヒトシの手を離す。


「じゃ、俺は帰るから。アナンも素直になったほうがいいよ。じゃないと俺が辛い」


 ヒトシは背をむけたままそう言い玄関を抜け、階段を勢いよく降りる。

 しかし、階下にいたはずのタクシーはすでにどこかに行った後だった。


「まじ?しょうがない。歩いて帰るか」


 傷ついたアナンの瞳が忘れられなかった。火照った自分の体を冷やしたかった。

 あの時、アナンをあのまま抱いてしまおうかと思った。

 しかし、2年前の自分とは違うと言い聞かせ、アナンを傷つける言葉を吐いた。


(あー苦い20歳)


 ヒトシは苦笑しながら空を見上げる。空にはぽっかり月が浮いていた。


「ヒトシ?」


 ふと声をかけられ、ヒトシは足を止める。車を寄せてきたのはヨウスケだった。


「帰る途中か?」

「まあね」

「乗れよ」


 ヒトシはうなずくと助手席のドアを開けた。


「誕生日どうだった?」

「どうもこうも。アナンが泥酔。最悪」

「本当、酒癖悪いよな。あいつ」


 ヨウスケは前を向いたまま苦笑する。


「マサシはどうだった?」

「ああ、元気だったよ。ヒトミがノゾムさんにも面会したいって言うから、刑務所に行ったはいいけど、急に行って会えるわけないよな。結局、会えないまま帰ってきた」

「そうか…」

「悪かったな。20歳の誕生日に」

「別に」


 そうして2人の話は途切れる。


「あのさ、ヨウスケ。アナンはお前のことが好きだ。答えるつもりはないのか?俺は構わないけど」

「……町田か。俺の好みじゃないんだ。本当に」


 そう答えるヨウスケの眉が一瞬だけ険しく結ばれたのはヒトシは見逃さなかった。


(ヨウスケは遠慮している。俺に。幼馴染の俺に遠慮してるんだ)


 結局、2人がそれから会話することなく、家に辿り着く。

 隣り合わせの家なので、ヨウスケの家の車庫からヒトシは自宅に戻る。


「ヒトシ。お前こそ、告白したらどうだ。あいつはきっとお前のこと」

「ヨウスケ。お前って本当、ニブチン」


(馬鹿たれ。ヨウスケ)


 俺は玄関に向かって走るとそのまま逃げるように中に駆け込む。

 誰もいない家はしんと静まり返り、ヒトシは2階に勢いよく駆けあがり、ベッドにもぐりこんだ。


(まったく、なんて最悪な20歳のはじまりなんだ)


 目を閉じて寝ようとしたが、ヒトシの目は覚めまくり、眠りに入ったのは鳥たちがさえずりだす早朝だった。


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