1年後2
「ヨウスケ、アナン!」
山の上の花畑に辿り着き、迎えられた笑顔にアナンは目を奪われる。茶色の柔らかな髪が風に舞い、神主の衣装が美しい花畑の中で映えていた。
ヒトシは父マサシに瓜二つの容姿でアナンを見ていた。
「髪伸びたわね」
「ああ、もう1年だから。すっかり父さんに似ているだろう?」
ヒトシは肩より少し長くなった髪の毛を触りながら笑った。この1年で背が伸びで、顔つきも少年のそれではなく、青年になっていた。
マコはよく混乱するようで、その度に泣くことが多かった。そんな母を見てヨウスケは苦笑していた。
ヒトシは高校を卒業すると、父の跡を継ぎ、神主になった。
悲劇の神主として雑誌に乗り、観光地として下降ぎみだった花の島の経済復興に力を貸している。
ふいに赤子の泣き声が聞こえた。
見るとヒトミが丸々とした赤子を抱きかかえてあやしているのが見えた。母となったヒトミはそれまでの雰囲気ががらりと変わり、やわらかな表情をするようになっていた。
「お腹すいてるのかな?おしっこかな?」
優しい声音でそう言いながらベビーカーの上に赤子を寝かせた。泣き叫ぶ赤子にヒトミは歌うような声をかけながらおしめを替えている。
「あいつもすっかりお母さんだよな」
「そうね」
アナンはヨウスケの言葉に頷きながら、まぶしそうにヒトミを見た。ヒトミは母の顔で優しげな微笑を赤子に注いでいる。
「ヒトミ、マサシくんはお腹がすいているかもよ?」
ヒトミの母マユミはおしめを替えても泣きやまない赤子、マサシの様子を見ながらそう言った。
「そうかしら?マサシ。お腹すいてるの?おっぱい飲む?」
ヒトミは赤子のマサシを抱きかかえると、花畑の一角にひかれた桃色のシートの上に座った。
「ヒトシ、ヨウスケ、こっち見ないでよ」
「見るかよ」
ヒトシはあきれた様子でヒトミにそう返すと、空を見上げた。
「本当……。青井が‥ノゾムさんが父さんの名前を赤子につけるとは思わなかったよ……」
ヒトシはぽつりとそう呟いた。アナンに顔を見られたくないのか、上を向き、その表情はわからなかった。声が震えているような気がした。
ノゾムの花村家の恨みから父を亡くしたヒトシ、しかし恨みを生み出したのは祖父のタケシであり、守家であり、この島だった。
ヒトシはマサシと言う名を聞くたびに、胸に痛みが走ったが、無邪気な赤子の笑顔を見ると心が和むのがわかった。多くの人が傷つき、多くのものが破壊された。しかし新しいものが生み出されたことにヒトシはほっとしていた。
父さんが犠牲になったことで、ハナムラの歴史が終わり、島の新しい歴史が始まった。
ヒトシは父の死をそう考えることで未来を見ることができた。そして愛しい人が側にいることが幸せだった。
「何?」
ふいにヒトシに見つめられアナンはどぎまぎしてそう返した。
アムルではないはずなのに、ヒトシに見つめられるとどきどきする自分がいた。
「町田!」
「何?」
ヨウスケに呼ばれ、アナンはほっとしてヒトシから視線を外し、振り向いた。ヒトシは苦笑して同じようにヨウスケを見る。
3人の関係は、何もかわらなかった。あいかわずヨウスケはアナンに冷たく、二人はいつも喧嘩をしていた。ヒトシはそんな二人を笑いながら見ていた。
ハナムラの遺伝子を取り除かれたが、ヒトシはやはりアナンが好きだった。しかし以前のように抱きたいとか思うことはなかった。ただ一緒に時を刻んでいくのが嬉しかった。
「町田、これを運べ」
「え~?なんで。私が?」
いつものようにヨウスケに言われ、アナンは顔を膨らませた。
「食べ物を運ぶのは女の役目」
「何よ、それ!時代錯誤もいいとこでしょ!」
アナンがばしっとヨウスケを叩いた。するとヨウスケがアナンの首元を後ろから抱きしめ、軽く締めあげる。
「うっ、苦しい。止めて」
いつものじゃれごとだが、ヒトシはそれを見て胸が妬けるような痛みを覚える。
本人は気がついてないようだが、ヒトシはヨウスケもアナンに気があることを知っていた。女性には基本的に優しいヨウスケはなぜかアナンには格別冷たかった。
最初は自分に遠慮しているかと思っていたが、アナンをからかうことが楽しいようだった。
「ヒトシ来いよ」
アナンをからかい終わったヨウスケがヒトシを呼ぶ。昼間の宴会の準備が整ったようだった。山の上の花畑に穏やかな風が吹き、色とりどりの花が揺れる。
ハナムラを失ったこの島は以前のように花々が咲き乱れることはなくなったが、地下の宇宙船からの波動のためか、真冬のように寒くなることはなかった。おかげで花の生産は以前、続けられている。そして冬になると寒さを忘れるためか、観光客が本土から訪れていた。
「悪い。遅くなった」
そう声が聞こえて、東守タカノリとヨウスケの母マコが現れた。その両手には籠が抱えられ、たくさんの食べ物、飲み物が入っているのが見えた。
ヒトシの希望で、今日は祖父母、両親が眠るこの場所で明るく一周忌を行うつもりだった。仏教徒ではないヒトシが一周忌というのもへんだが、父に母に今の自分を見せたかった。
「おお、おいしそうな匂いがするぜ」
どかどかと土を踏む音がして、中山の姿が見えた。その後ろには西守タダオとその妻ノリコの姿もある。
タダオとノリコは俯いていたが、ヒトシはタダオのところへ歩みよった。
「さあ、一緒に飲みましょう」
ヒトシがそう言うと二人は申し訳なさそうだが、ほっとしたように表情を見せた。
「さあ、乾杯しましょうか」
マコは皆にお酒をつぎ終わると、そう声をかけた。
美しい花々が風にそよぐ。優しい、甘い香りがヒトシを包んだような気がした。
「乾杯~」
皆の声が重なり、明るい声が空に広がる。
空は果てしなく青く続いていた。
花の島はその空の下、秘密をその地下に抱き、今日も変わらずそこに在り続けた。




