アキオとヨウスケ
田中と中山が喫茶店『かりんとう』で話をしているふいに中山の電話が鳴った。
「ちょっと失礼します」
中山は電話を取りだすと席を立つ。
電話から焦った声が聞こえた。
「西守さんが。わかった。すぐ行く」
話を終えると中山は電話を切り、急ぎ足で田中のいるテーブルを向かった。
「田中さん、西守さんが交通事故を起こしたようです。救急車が来るまで時間がかかりそうです。私は応急処置のため向かいますが、あなたも一緒に来ますか?」
「ええ、もちろん。お願いします」
田中はそう言うと立ち上がる。
先ほどまで田中が中山と話していたことは大野と西守タダキの関係だった。
田中は大野の殺害には西守タダキが関わっていると思っているようだった。
花の島から小型旅客フェリーが本土に着いた。フェリーの開口口が桟橋に渡され、ランプウェイになる。数台の車が次々と船内から外に走り出した。アキオは静かに車を桟橋に向けて走らせた。ランプウェイを渡る際にガタガタ揺れるのはいつものことだった。
車がすべてフェリーから桟橋に出てから、人々がゆっくりと2階の客室から階段をつたって降りて来た。
助手席に座るマサシはバックミラーから人々がにぎやかに降りて来る様子を見ながら、視線を運転席のアキオに向けた。
「アキオさん」
マサシの呼び掛けにアキオは答えなかった。しかしマサシはそんなアキオに構わず言葉を続けた。
「アキオさん、あなたが私とヒトシを嫌っているのはわかっています。だから青井さんに味方した。でもなぜ私達の味方をする気になったんですか?なにがあったんですか?」
アキオに銃を向けられたこともあった。35年間、島にいてアキオと会うことがあっても、向けられる視線に憎しみがこもっていたのを覚えている。
しかし今はこうやって一緒に行動している。
何が彼を変えたのか、マサシは知りたかった。
「……お前の母親だ。メグミはお前を大切にしていた。死ぬ直前まで考えていたことはお前の父親とお前のことだ。メグミは幸せだったと日記に書いていた。だから、俺はお前達を助けるつもりだ。メグミのためだ」
アキオは視線をマサシに向けることはなかった。ただ前を見て運転していた。
「……そうですか。母の思いがあなたを変えたんですね」
マサシはそう呟いた。
母が残した日記、それがアキオを変え、自分達を救うことになった。
アキオがノゾムを裏切らなければ、多分あの時、ヒトシか自分のどちらかが死んでいたかもしれない。
「マサシ、しかし俺は無条件にお前達の味方をするつもりはない。俺はノゾムを失いたくない。36年前、俺の親父のせいでノゾム達の家族はめちゃくちゃになった。そし変わった。俺はノゾムにこれ以上罪を犯せるつもりはない。だからわかったな。ノゾムを傷つけるな」
アキオの最後の言葉はマサシに釘を刺しているように聞こえた。
アキオにはマサシの思い、
ノゾムを傷つけてでもヒトシを救うという思いがわかっているようだった。
車窓から空を見上げると、先ほどまで青い空が広がっていたのに、黒い雲が風にのって流れてきていた。
ひどい雨になるのだろうか‥
その雲を見ながらマサシはそんなことを考えた。




