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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
第七章 解き明かされる過去
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過去と現在

 ぎぃっとドアが開く音がした。

 2段ベッドの下に寝る青井ノゾムはうっすらと目を開ける。

 黒い布で顔を巻いた男達が部屋に入ってくるのが見えた。


「!お!」


 叫ぼうとすると男がノゾムの鼻と口を塞ぎ、薬品の香りがノゾムの思考を奪った。ぼんやりとする視界でベッドの上段から姉のメグミが男達に運ばれるのを見える。


 お姉ちゃん!

 ノゾムはそう叫んだつもりだったが、声が出なかった。

 そして意識が途切れた。



「ノゾム」


 柔らかな感触が唇に当たり、甘い声でノゾムは目を覚ました。

 何十年かぶりかに見たあの日の夢が気分を悪くし、ノゾムは自分の顔が歪むのがわかった。


「どうしたの?」


 教え子のヒトミが心配気に自分を見つめるのがわかり、ノゾムは微笑みを浮かべる。


「なんでもないよ」


 ノゾムは体を起こし、ヒトミに口づけた。石鹸のさわやかな香りがして、触れた髪は濡れていた。


「ノゾム、コーヒー飲むでしょ?」


 ヒトミはノゾムから離れると台所へ歩いて行く。

 ノゾム達はアパートの一室に住んでいた。花の島から遠く離れた町にあるアパートだった。

 あの夢の後か、ヒトミの後ろ姿に遠い昔に共に遊んだヒトミの母、マユミの姿を重ねる。


「ノゾム?」


 返事をしないノゾムを訝しげに見ながらヒトミはそう名を呼んだ。


「ああ、ごめん。コーヒーね。ありがとう。いただくよ」


 ノゾムはそう答えるとまた微笑んだ。


 8年前、大学でヒトミを見た時、ノゾムは衝撃を受けた。

 ヒトミの顔は姉が失踪する36年前に見た、その友人、南守マユミの顔と一緒だった。初めて見た時、ノゾムはマユミがそこにいるような錯覚に陥り、動揺した。

 ヒトミに近づき、それが他人のそら似ではなく、実の娘であることを知る。そうして同時にヒトミから花の島の秘密を聞かされ、姉の失踪の真相がわかった。

 自分を、家族を地獄に陥れた正体がわかり、ノゾムは心の底から喜んだ。

 そして復讐という新しい道を見つけ、計画を立てた。


 ヒトミを使い、その伯父で自分を裏切った南守アキオを仲間にもした。


 姉を殺し、自分の家族を地獄に陥れた花村一族を、守家を滅ぼすつもりだった。

 その上花村を研究し、自分を見下した世界に自分の価値をわからせるつもりだった。


「ノゾム、はい、コーヒー」


 ヒトミはコーヒーの入ったカップをノゾムに渡すと、ベッドの縁に腰掛けた。

 朝日が窓から入り、ヒトミの顔を照らす。

 美しい顔が光に照らされ、ノゾムの瞳に眩しく映った。

 ノゾムはコーヒーを近くのテーブルに置くとヒトミを後ろから抱き寄せる。


「ノゾム、待って。コーヒーが……」


 抱きしめられ落としそうになるカップをヒトミから取ると、ノゾムはそれをテーブルに置いた。

 ヒトミをベッドに押し倒し、強引に口づけた。

 ノゾムが珍しく自分を激しく求めることに疑問を持ちながらもただ体を預けた。


 ヒトミはノゾムを愛していた。

 ノゾムになら何をされてもよかった。



「マサシ~」


 町田アナン――アムルはそう呼ぶとマサシの背中に抱きついた。


「アムル、離れてくれませんか?」


 カランが施した作業で元に戻ったマサシは、冷ややかに背中に抱きつくアムルにそう返す。


「冷たいわね。あたしがこんなに誘ってるのに、何も感じないの?」

「残念ながら。ハナムラの血が押さえられているので、あなたに何も感じないのですよ」

「ふん、つまらないわね」


 アムルはマサシの背中から手を離して顔を膨らませた。


 カランの住んでいた地下から島に戻ってきて、マサシとアムルはこんなやり取り繰り返していた。アムルは事あるごとにマサシに絡み、マサシはアムルを冷たくあしらっていた。ヨウスケは父シュンイチが運び込まれた病院にマコとともに行っていた。ヒトシは神社の境内で繰り広げられるマサシとアムルのやり取りを不機嫌そうな顔で見ていた。


「中山のおっさん、青井達の行方はまだわからないのかよ」


 眉間に皺を寄せたままヒトシは神社の拝殿の裏の縁側に座り、隣で煙草を吹かしている中山に声をかけた。


「おっさんか。失礼なガキだな。カオルの子供とは思えないぜ。まあ、おっさんと言われてもしょうがない年だからいいけどな。青井のことはすまないが、まだ何にも手掛かりがない」


 中山はそう言いながら煙草の煙を口から出した。ヒトシは煙を煩わしそうに見ながら、視線を拝殿の後ろの本殿に入っていくマサシ達に向けた。マサシはカランと共にアムルに邪魔されながら本殿の奥の古い書物を手に取っていた。


 久々に戻った花の島はマサシが力を使っていなかったせいか、肌寒くなっていた。島に咲く花々は一部が枯れており、力が使えないが何かできないかとマサシ達は神社に来ていた。

 マサシはカランによって松果体の膨張を止められたので命の心配はなくなった。しかしヒトシの場合はアムル/アナンを犠牲にして延命するか、ノゾムから遺伝子注入システムを奪回して、ハナムラの遺伝子取り除くしか方法がなかった。


 命が尽きるまであと数週間。

 ノゾムの行方が分からない今、助かる手段はアムル/アナンを抱く方法しかないのだが、ヒトシはアナンを犠牲にするくらいであれば死を選ぶつもりだった。


 町田先生……


 ヒトシは眩しそうにマサシにしつこく絡むアムルを見つめた。

 銀色の髪をなびかせ、妖艶に微笑むアムル、アナンと同じ体なのに全く別人に見えるくらい変貌していた。

 ハナムラとしてはアムルに惹かれるはずなのだが、ヒトシは町田アナンであったころのアナンが忘れられなかった。


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