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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
間小話
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失われた日々

 昭和39年のある秋の日、俺は妹のマユミと父の友人宅に来ていた。

 父が青井の家がある木山町に仕事で来るときはいつも俺たちは青井家に預けられ、そこの子供、メグミとノゾムと一緒に遊んでいた。


 その日は澄み切った青い空の天気のいい日だった。

 俺は10歳になったばかりのノゾムを連れて川に釣りに来ていた。今年15歳になる妹のマユミはその姉のメグミと同じ年で山菜を取るために川の近くの山に出かけていた。


「アキ兄」


 吊り橋でぶらぶらと足をのばし、木で作った釣り竿を持ちながらノゾムは隣に座る俺をそう呼んだ。


「なんだ?」

「アキ兄って僕の姉ちゃんのこと好きでしょ?」

「!」


 ふいに言われた言葉に俺は動揺して危うく釣り竿を川の中に落としそうになった。隣のノゾムは俺のそんな反応が面白いようで笑顔を浮かべて俺を見ていた。


「アキ兄、顔が赤くなってるよ。僕、マユ姉から聞いたんだ。嘘つくときは顔が赤くなるんだって」


 まったくなんてことを教えてるんだ。 マユミは!

 マユミは事あるごとにノゾムに変なことを教えているらしく、時たまノゾムはこちらがびっくりするようなことを聞いてきた。

 俺は意味深な笑みを浮かべるノゾムを見ながら頭を抱えた。


「あ、アキ兄!引いてるよ!」


 ノゾムの言葉に俺は我に返ると慌てて木の釣り竿を持ちあげた。しかし、時は遅く、餌のミミズは川の魚に食べられていた。


「あーあ、まただあ。今日のお昼はご飯だけかあ」


 ノゾムは俺の釣り竿にぶら下がってる餌の付いてない糸を見ながらあきれてそう言った。


「昼までまだ時間がある。次こそは大きい魚を釣り上げるからな」


 俺は不満げなノゾムの頭を撫でるとアルミバケツに入っているミミズを手に取り、糸に巻きつけた。そして勢いをつけて川に投げ込んだ。


「さあて、待ってろよ」


「兄さん、メグミちゃん戻ってないの?」


 それから1時間後、吊り橋の反対側からマユミが山菜の入った籠を抱えて山の方から降りてきた。


「見てない。一緒じゃなかったのか?」

「一緒だったけど。途中から姿が見えなくなったのよ」


 マユミは持っている籠をぎゅっと抱えながらそう答えた。俺は釣り竿を橋の上に置いた。隣に座っているノゾムが心配そうな顔をしているのがわかった。


「安心しろ。俺が探してきてやる」


 俺はノゾムの頭を優しく撫でると立ち上がった。


「マユミ、ノゾムを家に送り届けてくれ。俺はメグミを探す」

「うん、わかった。お願いね。さ、ノゾムくん。一緒に帰ろう。メグミちゃんのことは心配ないから」


 マユミが安心させるように笑うが、ノゾムの表情はまだ心配そうだった。


「大丈夫だ。俺が絶対に見つけるから。俺とメグミの分、昼飯残しとけよ」


 俺はノゾムを安心させるためにそう言い、再度ノゾムに頭を撫でると吊り橋を山手に向かって渡り始めた。


「兄さん、お願いね~」

「ああ、任せとけ」


 マユミとノゾムに背を向けたまま、俺は手を振ると振り向きもせず、先を急いだ。

 安心させるように言ったが、山の中には野犬や猪が済んでおり、心配だった。


 何もなければいいんだが……


 俺は山を見上げると深呼吸して歩く速度を上げた。


 30分ほど山を歩いて、山道ではなく、山の中の草むらの中に茶色の籠が見えた。それはメグミが今朝持っていたものだった。俺はその場所へ駆けあがると周りを見渡した。

草が土ごとそぎ取られている場所を見つけた。嫌な予感がして近づくと地面の一部が崩れ落ち、眼下に見える川まで落ちていた。


「メグミ!」


 川岸の、上から落ちたと思われる土砂の上に、白いワンピースを来たメグミの姿が見えた。しかしメグミは俺の声に反応することはなかった。


「メグミ!」


 俺は眼下の川に向けて斜面を降りた。足場悪く、落ちそうになったがどうにかバランスを崩すことなく下まで降りれた。


「メグミ、メグミ!」


 俺はメグミの名前を呼びながら、土砂の上のメグミを抱き上げた。


「……アキオさん?」


 腕の中のメグミはゆっくりと目を開け、柔らかな微笑を浮かべた。


「よかった……」


 俺はほっとしてメグミを地面にゆっくりと降ろした。土の上に静かに横たわるメグミを見たとき、俺は心臓が止まるかと思うほど驚いた。


「どこも痛くないか?」

「うん」


 俺の問いにメグミに頷いたが、俺の目にはその白い手足から血が出ているのが見えた。着ているTシャツを破くとその布切れに川の水を含ませ、メグミの手足を拭く。痛みでメグミが顔をしかめるのがわかった。


「ごめん」

「うん。大丈夫。ありがとう」


 メグミは笑顔を浮かべ、とてもきれいで俺は目が離せなかった。

 擦り傷のある手足を布で拭いた後、俺はメグミを抱きあげた。


「あ、アキオさん!?私、歩けるから大丈夫」


 メグミがそう言ったが、俺はそのまま抱いたまま川岸を歩いた。1時間くらいすればメグミの家に着くはずだった。

 メグミは何度も自分で歩くといったが、俺はメグミを抱いたまま歩き続けた。俺自身どうしてそうしたのか理由はわからない。ただメグミの華奢な体を抱いていたかった。


 『アキ兄って僕の姉ちゃんのこと好きでしょ?』


 ふとノゾムの言葉を思い出し、俺は顔が赤くなるのがわかった。腕の中のメグミに見られないように顔を上げた。空は青々と澄み切って、どこまでも広がっていた。


 好き?

 そんなはずない。

 ただ心配なだけだ。


 俺は首を左右に振ると足を速めた。


 家に戻るとすでに父が迎えにきていた。

 父はめずらしく、俺達を急がせると車に乗せた。


「父さん。なんで今日はこんなに早く?めずらしいじゃないの。いつもは夕方しか迎えにこないのに」


 メグミとろくに言葉を交わすことなく車に乗せられ、少し怒った様子でマユミは父に聞いた。しかし父は答えようとはせず、ただ前をみて運転していた。

 俺はそんな父の様子に違和感を覚えながらも深くは考えなかった。

 ただその日、腕に抱いたメグミの感触と笑顔が頭から離れなかった。


 今思えば、あの時父はすでにメグミが運命の女であることを知っていたのだろう。

 それから数日後、父はメグミを花の島に拉致した。

 その後の青井家がどうなったのか、俺は知らなかった。


 36年ぶりにノゾムに会い、聞かされるまで俺は何も知らなかった。


 姪のヒトミに恩師に会ってくれといわれ、俺はノゾムと会うことになった。

 36年ぶりに会ったノゾムは俺を南守さんと呼び、氷のような冷たい視線を向けた。


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