アキオの裏切り
田の山にたどりつくと、ヨウスケは車を停めた。グローブボックスから懐中電灯を取り出すと車を降りる。頭上の山を照らすと木々がなぎ倒され、拓かれた空間が見えた。
ヨウスケはいやな予感がして、その場所へ駆けのぼった。10分ほど登ってその場所に辿り着く。何かが地面に伏しているのが見えた。懐中電灯を照らすとそれは血の塊の上に倒れるヒトシだった。
「ヒトシ!」
ヨウスケは名前を呼びながら抱き起こした。ヒトシは目を閉じたままでヨウスケの言葉には答えなかったが、外傷はなく、規則的に呼吸をしているのがわかった。
力を使いすぎたのか。
どっちにしても中山さんに見てもらったほうがいいかもしれない。
ヨウスケは懐中電灯を地面に置くと、ヒトシを抱きかかえたまま、携帯電話を取りだした。シュンイチからの電話によると中山もこちらにむかっているはずだった。
近くにいればいいんだが……。
「もしもし、北守ヨウスケです。中山さんは今どのへんにいますか?ヒトシを見つけたんですが血を吐いて気を失っています。見てもらいたんですが……」
ヨウスケは電話に中山が出るとそう言った。中山はすぐ側まできているようだった。
「じゃ、田の山の入り口のところで」
ほっとしてヨウスケは電話を切るとヒトシを抱えて立ち上がる。
先ほど登ってきた道を下り始めた。
「ふん、機械のくせになかなかやるな。さすがフロワンの技術力だな」
カランから繰り出される光の弾をよけながらマサシはそう言った。
「君は記憶があるんだね」
マサシの言葉にカランは意外そうに目を細めた。
「機械なのに人間のような表情をするな。私達と同じ顔に作るとは悪趣味もいいところだ。大方フロワンから逃げ出したアムルが私達を恋しがって作ったんだろう。アムルとはそういうものだからな」
マサシは皮肉な笑みを浮かべるとカランに蹴りを繰り出す。それを後ろに跳び、避けるとカランは手の平から光の弾をマサシに向けて放った。
「こざかしいな」
マサシは片手でそれを跳ね返した。光の弾は天井に衝突して割れた。
アナンはただ二人の戦いを見るしかできなかった。
カランから信じられない話を聞いた。
フロワンという惑星から来た自分の先祖カムル……
そしてカムルが作ったロボット、カラン。
カランによって、作れられてきた運命の女――アムル。
カムルがハナムラを忘れられないために、カランにアムルを作るように命じた。
そしてメグミさんとカオルさんはハナムラに出会い、恋をして、子供を生んで、死んだ。
もしカランが何もしなければ、二人は別の人生を歩んでいたに違いない。
恨みなど生まれなかったかもしれない。
すべては私の先祖カムルの思いのために……
アナンは自分がどうしていいかわからなかった。
ただわかるのはこれ以上カランにアムルを作らせてはいけないということだけだった。
ふいに眩しい光がヨウスケの顔を照らした。
「ヨウスケ?!」
懐中電灯でヨウスケを照らしたのはヒトミだった。その後ろには南守アキオの姿を見えた。
「何であなたがここに!」
「それはこっちの台詞だ」
ヨウスケは二人を無視して山を下った。
「待ちなさいよ!」
ヒトミとアキオはその後を追う。ヒトミが銃を取り出し、その背中を狙ったとき、アキオがその銃をヒトミから奪った。
「伯父さん?!」
「行かせてやれ。」
「……伯父さん!?まさか伯父さんがこの場所をヨウスケに教えたの?どうして?どうしていまさら?」
「俺はメグミの子供たちを殺したくない」
「そんないまさら遅いわよ。どっちにしてもヒトシは1ヶ月、マサシさんは1週間で死んでしまうわ」
自分を追ってこない二人の話し声が後ろから聞こえた。ヨウスケはヒトミの言葉に息を呑んだ。ヒトシの少ない寿命のことは知っていた。しかし、マサシのことは寝耳に水だった。
「どういうことだ?なんでマサシの命があと1週間なんだ?」
アキオは奪った拳銃を握り締める。
「あの薬の濃度を10倍にして注射したの。それで松果体が拡大して、1週間後に脳の中で破裂するわ」
「な‥…んだって?」
腕の中のヒトシがそう呟いた。
「ヒトシ…‥起きたのか」
ヨウスケはほっとして、ヒトシを見た。ヒトシの表情は落ち着いており、いつもの様子だった。
「ヨウスケ、降ろしてくれ」
ヨウスケがヒトシをその腕から降ろすとヒトシは一気にヒトミ達のいるところに飛んだ。
「ヒトシ!!」
ヨウスケは舌打ちをすると慌ててその後を追った。力を使えば使うほど寿命を縮めると聞いていた。大量に吐かれた血を見た。ヒトシが本調子でないことは分かっていた。
「ヒトシ?!」
ふいに現れたヒトシにヒトミは目を見開いた。
「あんたがやったのか?父さんにあの薬を!だから父さんはおかしくなったのか?父さんはどこだ?どこにやった?」
ヒトシはヒトミの腕を掴むと乱暴にその体をゆする。
「知らないわよ!」
ヒトミはヒトシの手を振りほどくとそう答えた。
「あんた達、一緒にいたんじゃないの?」
「一緒に…‥?」
ヒトシが記憶を探った。
確か様子のおかしな父マサシと戦い、マサシが倒れるのを見た。そして消息のわからないアナン……
まさか、父さんはアナンを追って?
「ヒトシ!」
やっとヒトシに追いついたヨウスケがそう声をかけた。
その瞬間、地響きがした。
「きゃあ!!」
「!?」
ヒトシ、ヨウスケ、ヒトミ、アキオが立っていた地面がふいに音を立てて陥没した。そして4人は土砂と共に一気に数メートル落下した。
「北守?!花村くん?!」
アナンは急に崩れた天井から降ってきた土砂の中に、見知った顔を見て驚きの声を上げた。




