メグミの最後の願い
梶井は青井ノゾムの居場所を知らなかった。今回の件もマサシがさらわれることになるとは思わずにマサシの場所をもらしたようだった。
「くそっつ」
ヨウスケは病院の白い壁に拳をぶつけた。鈍い音がして周りの患者や看護婦がヨウスケを怪訝そうに見つめた。
手がかりがなかった。
アキオに抵抗できないまま、目の前でマサシを奪われた。そして母マコも一緒にさらわれたのは間違いなかった。母親の性格を考え、理由なしにいなくなるわけなく、電話の電源が切られていることを考え合わせるとその可能性が一番高かった。
何もできない自分が悔しかった。
無力な自分に腹が立った。
ヨウスケは唇を噛みしめると再度病院の壁に拳をぶつけた。
南守アキオは日記を読み終わるとそっと机に上に置く。
ゆっくりと天井を仰ぐ。
タケシさん、
愛しています。
だから死なないで。
お願い。
私のために生きて、マサシのために生きてください。
亡くなる直前に書かれたと思われる言葉は、誰に対する恨みでもなかった。
ただタケシへの愛とマサシを頼むという言葉だった。
ずっと後悔していた。
助けられなかったことを35年、悔やんできた。
しかし彼女の思いは俺は別のところにあった。
彼女は誰も恨んでいなかった。
ただ運命を受け入れ、タケシを愛し、マサシを産んだ。
アキオは顔を両手で覆って俯いた。
俺は彼女の愛した子供に死を与えようとしている。
彼女の思いを裏切ろうとしている。
「アキオさん」
ふとそう呼ばれて顔を上げた。
メグミがベッドからこちらを見ているように見えた。
「アキオさん」
再度呼ばれ、それがメグミではなくマコであることに気がついた。
「起きたのか」
アキオはソファから腰を上げるとベッドの上のマコの側に近寄る。
「アキオさん。お願い。馬鹿なことはやめて。マサシとヒトシを島に戻して」
マコはアキオの目に苦悩の色を見ると、その手を掴んだ。
「アキオさん。お願い」
そう言い募るマコからアキオは目が離せなかった。日記を読んだ後のせいか、なんだかマコではなく、メグミにそう言われている気がしていたからだ。




