もう一人のマサシ
ふわふわっと体が浮かぶような感覚がした。
顔を上げるとアナンは誰かに抱えられているのがわかった。
目を凝らしてみるとそれはヒトシに見えた。
「ちょっと離して!」
アナンは慌ててそう言うと少年がアナンを地面に下ろした。
「え、あ?花村くんじゃない?!」
少年はヒトシではなかった。ヒトシに酷似していたが別人で、銀色の瞳をもつ少年だった。
「久しぶりだね。アムル。ずっと会いたかった」
少年はそう言うと笑った。
目が覚めると焚き火が消え、煙が昇っていた。そばにいたはずのアナンの姿が見当たらなかった。
「先生!町田先生!」
そう叫ぶが答える声はなかった。
青井達か?
ヒトシはそう考えたがそれはありえなかった。もしそうであれば自分も連れ去られるはずだった。
じゃあ、自分で逃げたのか?
考えられないことではなかった。アナンは自由になりたがっていた。
島に帰りたくないと思ってもしょうがなかった。
ヒトシはその場に座り込んだ。
なんだかさっきまでアナンと過ごしていたのが嘘のように感じられ、淋しかった。
アキオが部屋を出ようとするとベッドの近くに落ちているノートに目がいった。ノート以外にも電話や財布、小さなポーチなどが落ちているのが見えた。マコを運ぶときにその持っていて鞄から落ちたようだった。
古ぼけたノートは見覚えたあるものだった。アキオは自分の記憶を確かめたくて、そのノートを拾い上げた。そして表紙を見て目を見開いた。
それは青井メグミの日記だった。
アキオは自分の手が震えているのがわかった。開くべきではないことはわかっていた。あの時、自分は結局何もできなかった。助けたくても助けられなかった。
開いてはいけない。
読んではいけない……
頭ではわかっていたが、アキオはソファに腰を下ろすと震える手で日記を広げた。
「マサシくん、気分がどうだい?」
ベッドから起き上がったマサシにノゾムはにこやかそう言った。マサシは普段では考えられないような皮肉な笑みを浮かべてベッドの上からノゾムを見ていた。
「私を目覚めさせたのはお前か?地球人ごときに私が操られると思ったのか?」
ノゾムの後ろにいたヒトミはヒトシの時のように変わってしまったマサシを見つめた。穏やかな雰囲気はなくなり、こちらをぞっとさせる冷たい雰囲気が漂っていた。そしてマサシが発した言葉が気になった。
「地球人?やはり君は地球人じゃないんだね」
「当たり前だ。このマサシという体は使い勝手が悪いな。地球人の血が入っているせいか」
マサシはそう言いながらベッドから降り、出て行こうとした。
「どこにいくの?」
ヒトミはおそるおそるそう声をかけた。
「お前達に関係ない。せいぜい殺されないだけましだと思え」
マサシはそう言うとドアを開け部屋を出て行った。
「……おもしろい。おもしろいと思わないかい?」
ノゾムはマサシの出て行ったドアを見つめながら笑った。
「やはり僕の推測は正しかった。花村は異星人だ。これで運命の女、町田アナンを手に入れて、子供を作らせれば研究にもってこいのサンプルができる」
「……でも、どうやって町田アナンを探すの?マサシはヒトシを追ったとは限らないわよ」
「彼はヒトシを追ったはずさ。見てごらん」
ノゾムはそう言って携帯電話を取りだした。画面上で赤い光に向かって白い光が近づいていくのが見えた。
「彼らは運命の女に執着する。そんな生き物だよ」
「でも、二人が闘うとは限らないわよ」
「そうだね。父子だから協力しあうかもね。でもその時はその時でいいさ。どっちにしても花村はおわりだから。ヒトシくんはあと1カ月の命、マサシくんは1週間かな」
「1週間?」
ヒトミは怪訝そうにノゾムを見た。マサシは延命している。あの薬を使っても影響はないはずだった。
「言ってなかったっけ?今度は10倍の濃度で注射したんだ。肥大しすぎた松果体は1週間しかもたないはずだ」
楽しそうに笑うノゾムをヒトミはただ見つめていた。なんだか自分が遠くに来てしまったような気がした。愛するノゾムのためにここまで一緒に歩いてきた。しかし、小さい時から知っているヒトシやその父マサシに個人的に恨みがあるわけではなかった。
自分が協力したことで2人は確実に死に向かって歩き始めていた。
罪悪感が心に広がる。しかしヒトミは愛するノゾムの側にいたかった。
そして自分の側を離れないでいて欲しかった。




