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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
第五章 憎しみを抱く者たち
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二人のヒトシ2

 町田先生の目がとろんとしたのがわかった。

 抵抗をするのを止め、俺に体を預けた。

 甘い香りが俺を包むのが分かった。


 俺がずっと望んでたことだ。

 父さんじゃなく、俺が町田先生を抱く。


 『カオルさん……』


 父さんが時々部屋にこもって出てこないときがあった。

 そんなときは大概母さんのことを思い出しているようだった。

 マコさんが曰く仲睦まじい夫婦だったらしい。

 そして母さんは最後まで笑顔だったと言っていた。


 でも俺はそんなの思いをするのは嫌だ。

 愛する人が目の前で死ぬのを黙ってみてることしかできないなんて。

 しかも自分の愛によって死に追いやるなんて……


 俺は嫌だ!


 ふいに視界がぶれた。視界が小さくなり、暗闇の中で俺が俺の行動を見ていた。


 なんだ?


 俺は町田先生のブラウスのボタンをはずしていき、その胸に顔をうずめていた。


 やめろ!俺は嫌だ!


 しかし俺はやめなかった。


 どうやら俺は分離した意識のようだった。もうひとつの意識、体を動かしている花村のほうは俺の願いに構うことなく町田先生の体に触れ続けている。


 こんなことさせるわけにはいかない!


 俺は町田先生を殺す気はない。

 このままお前が抱くようであれば俺がお前を殺す!


 俺がそう怒鳴りつけると俺は苦しみ出し、ベッドから転げ落ちた。


「わかった。わかったからやめろ!」


 そう俺が言ったので俺は力を抜いた。

 そして俺は町田先生の部屋から出て行った。




 ヒトシ、どういうことだ?


 アナンの部屋から出たヒトシは自分にあてがわれた部屋に戻り、洗面所の鏡に向かってそう呼びかけた。


 鏡の中のヒトシの姿が変化することはなかったが、頭の中で声が響いた。


 俺は町田先生と寝る気はない。


「ふん、死ぬぞ。せっかく父親から女を奪ったのになんでだ?」


 俺は町田先生を殺したくない。


「馬鹿だな。お前は」


 そう言ってヒトシが笑うと鏡の中のヒトシも同様に笑った。


 馬鹿はお前だ。

 目覚めたお前は俺と一緒に死ぬ。

 俺は絶対に町田先生を抱かせない。

 邪魔してやる。


「くそ!」


 苛立ち紛れにヒトシが毒づき、鏡がはじけ割れた。鏡の破片が頬に当たり、ヒトシの頬から一筋に血が流れる。ヒトシは乱暴にそれを手の甲で拭った。


「自由にならないならこの体に意味はない。お前にこの体返してやるよ。せいぜい残りの人生を楽しむんだな」


 ヒトシは皮肉な笑みを浮かべると目を閉じた。



 危なかった。

 やっぱり囚われた。

 あの目に見つめら、キスされたらもうどうでもよくなかった。


 悔しいが、ヒトシが自分で止めなければアナンは抱かれていたに違いなかった。


 アナンは服装を整えるとベッドから降りた。

 部屋はシンプルでビジネスホテルの個室ような作りだったが、窓がひとつもなかった。シャワーとトイレが一緒になった小さなバスルームがあり、アナンはそこで顔を洗った。そしてかけてあるタオルで顔を拭いた。


 鏡の中の自分は髪が乱れ、疲れていた。


 諦めたほうがいいのかな。

 青井メグミさんもカオルさんも結局幸せだった。

 私も運命にゆだねてこのまま諦めたほうがいいのかな。


 そのほうがもう辛い思いはしない。


 母さん、父さん、

 これでいいかな。

 私、もう諦めても。


 鏡の中の自分はじっと悲しそうな瞳をアナンに向けたままだった。


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