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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
第一章 波乱の赴任日
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花村家の男たち

「マサシ」


 自分を呼ぶ声にマサシは目を開け、振り向く。


「悪かったわね。邪魔だった?」

「そんなことないですよ。マコさん」


 マサシは外にいるマコにそう返事をすると、部屋の奥から表に出た。


「毎日悪いわね」

「いいえ。これが私の仕事なので」


 マサシは笑顔を浮かべながら縁側から境内に降りる。

 ふいに風が吹き、マサシの長い柔らかな髪を舞い上げ、着ている色鮮やかな装束がそよいだ。それはまるで舞を見ているような優雅な動きでマコは一瞬見惚れた。

 マサシは島で神主のような役割をしており、髪を腰の当たりまで長く伸ばし、その着ている装束は神主が着るような平安時代の装束、狩衣に似たものだった。


 花村家は先祖代々特別な力をもっていて、この島をずっと繁栄させてきた。島内で花々が年中咲き乱れていられるのも花村家の力によるものだった。このことは島のごく一部の人しか知らない秘密だった。マコが嫁いだ北守家と実家の東守家、そして南守家、西守家の4家がその秘密を守る者たちだった。

 そして秘密はもうひとつあった。その特殊な能力のせいか、花村家は男性しか生まれず、しかも18歳までにある特定の遺伝子を持つ女性と交わらなければ命を落とす運命にあった。

 マサシもこの宿命により、18年前にある女性と結ばれた。しかし、皆そうであるように女性はヒトシを出産後亡くなった。特定の遺伝子を持つ女性は花村家の子を産むと数日で死ぬのが宿命であった。またこれまでの歴史で花村家の男性と交わり子をなさなかった運命の女性はいなかった。そして子ができるのもその女性とだけだった。


 マサシの父タケシは妻を愛しており、妻が死んだ数日後、首をつって死んだ。マコはマサシの父タケシの親友であった。そして東守家の者と言うよりも友人として付き合っていた。しかしそのために規則を破り、タケシをその女性に合わせてしまい、二人は恋に落ちた。花村家の男子は命を落とす宿命にある女性に恋をしてはいけない決まりがあった。恋をすれば、死んでいく女性の後を追うのが分かっていたからだ。

 けれども、マコは規則を破った。親友の願いを叶え、結局は死に追いやった。タケシが自殺して以来、マコは自責の念に駆られていた。だから残されたマサシを自分の子供のように大切にしてきた。

 しかし18年前、マコ達が島を離れている間にまた間違いが起きてしまった。マサシも父タケシのようにその運命の女性に恋をしてしまったのだ。

 18年前、女性がヒトシを産み、命を落としてもマサシは後を追わなかった。追えなかったというのが正しいかもしれない。


「昨日、運命の女性が島に来たらしいですね」

「そんなこともわかるの?」

「ええ、特定の遺伝子を持つ女性は気配が違いますので」


 そう言ってマサシは空を見上げた。風がそよぎ、ヒトシと同じ茶色のふわふわした髪がなびく。花村家の男性は皆美しかった。マコはマサシの横顔にタケシの顔を重ねた。


 35年前のあの日、彼は首をつった。


「俺は耐えられない。俺だけが生き続けるなんて。あの人が死んだら俺に生きる価値はない」


 彼はマコにそう言い残しあの人の後を追った。


「マコさん、もうやめませんか?」


 マサシの言葉にマコははっと我に返り、瞬きして彼を見つめ返す。


「私はもう2度と死んでいく女性を目の前で見たくありません。ヒトシもきっと恋をしてしまうでしょう。血にはかないませんから……」


 マサシの言葉にマコは背中を向け口を開いた。


「ごめんなさい。私たちにはあなたたちが必要なの。今度はヒトシくんにつらい思いをさせないわ。タケシやあなたが味わったような苦しみはヒトシくんには絶対……」

「……無理でしょう。花村家の宿命です。ヒトシはきっと恋をしてしまうでしょう」


 マサシはマコの背中に向けてそう言葉を発すると、部屋の奥へ戻る。マコは辛そうに目を細めると、神社の境内を抜けて、息子が待っているはずの場所へ急いだ。


「母さん」

「早かったわね」


 息子のヨウスケは車を境内の下に停め、その側で煙草を吸っていた。


「町田アナンには会ったの?」

「ああ」


 母の問いにヨウスケは煙草の煙を口から出しながら答えた。その表情は母マコにも読めなかった。


「ヒトシくんは?」

「会ったよ。でも興味がなさそうだった」


 マコはヨウスケの答えに安堵の表情を浮かべた。


「それはよかったわ。今度こそ間違いがあってはならない。ヒトシくんと町田アナンを必要以上に近づけないで。一夜だけの付き合いであればヒトシくんも傷つかないはずよ。町田アナンには悪いけど、島を守るためなのよ。わかってるわね、ヨウスケ」

「わかってるよ。母さん」


 ヨウスケは水がちょろちょろと流れている溝に煙草を投げ捨てると車の運転席側に回った。

 ヨウスケの母も父も島を守る守家の一員だった。ヨウスケには彼らの使命が小さいころから分かっていた。


「母さんも帰るんだろう?」


 運転席にのって、窓から顔を出しながらいつまでたっても助手席に座ろうとしないマコにヨウスケは声を掛けた。


「ううん、私はもう少ししてから帰るわ。先に帰っててちょうだい」


 マコはそう答えると手を振って、山のほうへ歩いていった。

 ヨウスケにはマコの行き先が分かっていた。

 ヒトシの祖父タケシが首をつって死んだ場所、マコはよくその場所に一人で行くことが多かった。

 ヨウスケは母の後ろ姿をバックミラーで見ながら、車を発進させた。


(俺は俺の使命がある。ヒトシを死なせたくない。そのためには……)


 ふと今日見たアナンの泣き顔が浮かんだ。


(泣き顔はあの時と一緒だな。どうしようもない。かわいそうな泣き顔だ……)


 ヨウスケはアナンへ同情にも似た気持ちを浮かべ、舌打ちをした。


(同情は禁物だ。気持ちを持てば動けなくなる)


 ヨウスケがこれからやろうとしていることはアナンを死に追いやることと同じだった。


 (ヒトシを生き続けさせるためには犠牲が必要なんだ)


 ヨウスケはアナンの泣き顔を頭から追い出すために首を左右に動かすとこれからやるべきことが考え始めた。


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