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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
第四章 目覚め
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東守タカノリ

「あーよく寝た」


 ふいにそんな声がしてベッドからヒトシが起き上がった。ヒトミはギョッとして彼を見つめる。


「あんた、確かヒトミだっけ?」


 嬉々としたヒトシの銀色の瞳に見つめられヒトミは体をすくむのがわかった。


「まあ、おびえるなって。俺はヒトシであってヒトシじゃないけど、無暗に攻撃したりしないから。まあ言うこと聞かない奴は痛い目みるけど」


 ヒトシは淡々しており、ベッドからぽんとジャンプして床に降り立った。


「色々俺の体いじったみたいだけど。何かわかったの?青井は?」


 ヒトシは笑顔のままそう聞く。


「ノゾムはここにはいないわ」

「そうか。まあいい。俺は島に戻る。アナンを今度こそ奪ってやる。俺の命もあと少ないみたいだから早く延命したい」

「く、薬のことは聞かないの?」


 淡々と話すヒトシにヒトミは思わず聞いた。意識を失うまで彼が欲していたアナンの薬。それを聞かないヒトシにヒトミは疑問を持った。


「興味ないな。アナンが死のうがどうでもいい。俺は俺の命を延ばすためにあの女を抱くまでだ。延命したらもう恐れるものはない。力を存分に使えるからな」


 ヒトシは楽しそうな笑顔を浮かべながらそう答えた。ヒトミはヒトシの様子に気味悪さを感じた。ノゾムがヒトシにしたことは間違っていたのではと考えた。


「さてと、ヒトミ。俺は今の状態で力をそこまで使えない。命が縮むからな。島まで送ってくれるよな。だってお前らの目的は俺の子供だろう。協力してやるよ。アナンが子供を産んだら解剖なり好きにしたらいいさ」


 以前のヒトシではありえない言葉だった。ヒトシはすでにヒトシではなくなっていた。17歳のすこし生意気だが素直な少年はそこにはいなかった。


「ヒトミ、早く準備しろよ。俺は気が短いんだ」


 躊躇しているヒトミにヒトシは苛立ちを交えて脅す。


「……連れて行ってあげるわ。その前にノゾムに連絡をさせて。あなたも力を使えないなら味方が多い方がいいでしょ」

「ふん、気に食わないがそうだな。怪我をしてるとはいえ、島には父さんがいるからな」


 腕を組んで鼻を鳴らすヒトシを背に、ヒトミは携帯電話を取りだすとノゾムに電話をし始めた。



「止めてください!」


 町田アナンは空いた手で口元の布を取るとそう叫んだ。


「町田アナンさん、きちんと座りな。山道はゆれるぞ」


 男は正面を向いたままハンドルを切った。運転席と助手席の間に体を乗り出すようにしていたアナンの体は反動で後部座席に投げ出される。


「あなたは誰なんですか?なんで私を!」


 後部座席から体を起しながらアナンは聞いた。


「俺は東守タカノリ。マコの兄でヨウスケの伯父だ」


 タカノリは後ろも振り返ろうともせずそう答えた。


 北守の伯父……。

 そういえばマコさんの旧姓がそうだった。

 メグミさんの日記にも出てきてたような気がする。


 この人は私を島から出したくないのね。

 多分メグミさんのように監禁したいのだわ。

 島のために、花村家の繁栄のために……。


 誰が思い通りなんかになるものですか!


 アナンは後部座席のドアを開けようと試みたがロックされどうにもできなかった。


 じゃあ、前から出るまでだわ!


 アナンは助手席に移動しようと体を乗り出した。


「?!」


 しかし急にタカノリがブレーキを踏んだため、アナンの体はバランスを崩して運転席と助手席の間に入り込んだ。


「いたた……」


 逆さまになった視界に一瞬驚きながらゆっくりと体を元に戻した。運転席ではタカノリが呆然と目を見開き、前を見ていた。アナンがチャンスとばかり逃げようするとタカノリがアナンの腕と掴んだ。

「放してください!」


 騒ぐその口を手で塞ぎ、タカノリはアナンを連れて運転席から外に出た。口を塞がれ視線を前に向けるとそこには花村マサシの姿があった。


「マサシ、なんの用だ」


 タカノリはマサシを睨みつける。


「まさか邪魔をするつもりか?」


 タカノリはアナンを抱え、口を塞いだまま、マサシに皮肉な笑みを向けた。マサシは唇を噛むとタカノリを睨みつけた。


「タカノリさん、町田先生を放してください。私はあなたと争いたくはありません」


 マサシがそう言うとタカノリは驚いたような顔を見せた。


「運命の女を見逃すというのか?ヒトシがどうなってもいいのか?」

「……ヒトシは私が助けます。町田先生を放してください」

「お前が助ける?ヒトシが助かる道は一つしかないんだぞ。それともなんだ。お前はこの女に惚れたのか?息子より女を取るのか?」


 マサシはタカノリの言葉に拳を握り締め、睨みつけた。


「タカノリさん。私を怒らせないでください。町田先生を放してください」


 タカノリは皮肉気な笑みを浮かべた。


「断る。この女は2度も島を出ようとした。一度はマコの息子が止めたが、今度は俺が止めなければ逃げるところだった。俺がこの女を見ていたほうがいい」

「タカノリさん!」


 アナンはタカノリに口を塞がれ、その体をタカノリの両腕で拘束され身動きできないまま二人の会話を聞いていた。

 ふと前に立つマサシの表情が青白いことに気がつく。


 花村さん、きっと立っているのがやっとなんだわ。

 北守の伯父さんは私を殺す気がないけど、捕まったら最後だわ。

 きっと一生監禁されてしまう。


 自分でどうにかしなきゃ!


 アナンはタカノリの腕を噛むとその腕から逃れマサシの元へ走り出した。


「この女!」


 タカノリはそう叫ぶと懐から銃を出してアナンに向けた。

 銃声が鳴り響く。

 しかし銃弾はアナンではなく、マサシの肩をかすっていた。とっさにアナンを引き寄せ、身を翻し、代わりにマサシが銃弾を受けていた。


「花村さん!?」


 アナンは自分に倒れかかるマサシを力いっぱい支えた。

 ゆっくり腰を降ろすとマサシを抱きかかえた。肩から血が流れ出ていた。アナンは必死に肩に手を当て、血を止めようとした。


「花村さん!」


 アナンはなぜか自分の瞳から涙が溢れるのがわかった。血を流して顔を歪めるマサシの姿にただ心が痛んだ。


「町田先生。泣かないでください。かすり傷ですよ」


 そんなアナンにマサシは力のない微笑を浮かべたが、次の瞬間意識を失う。


「花村さん!花村さん!」


 銃弾を放ったタカノリは呆然としていた。アナンを足止めするつもりだった。まさかマサシを撃つことになるとは思わなかった。マサシが15歳になり家を出るまで一緒に暮らしていた。自分の子供のような年齢のマサシをタカノリは、その父のタカシを憎いあまり邪険に扱っていた。しかし本当は嫌いではなかった。


「マサシ!兄さん!」


 タカノリの後ろから悲鳴ような声がした。それは北守マコだった。

 野中マユミの家から実家の様子を見るために来たら、その道筋でマサシが血を流しているのが見えた。マサシを抱きかかえるアナン、銃を持って立つ兄タカノリ。


「何があったの?!いったい」


 マコは状況がよめずパニックを起こしそうになりながらも、マサシに走り寄る。そして銃を握って茫然と立ちすくむ兄タカノリの姿を睨んだ。


「兄さん、なんてことを!?」


 マコは着ていたエプロンをはずすとマサシの傷口に当てた。傷口は浅いものだった。

 けれどもアナンに抱き起こされたマサシは青白い顔で気を失っていた。


「兄さん!早く、中山さんを呼んで!」

「ん、ああ」


 マコの声に我に返り、タカノリは銃を捨てると携帯電話を取り出し、中山にかけた。


「町田さんは大丈夫?怪我してない?」


 アナンについたマサシの返り血をアナンの血を思ったのか、マコは心配げにそう聞いた。


「私は大丈夫です」


 そう答えながらアナンはマサシの青白い顔を見つめ、その手を握った。



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