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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
第四章 目覚め
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神元カオルの願い

「ね、マサシくん。私さあ、マサシくんの子供が産みたいんだけど」


 縁側でぼんやりとお茶を飲んでると神元カオルがふいにそう言ったので、マサシはお茶を吹き出した。


「何言ってるんですか。カオルさん。冗談でも言っていいことを悪いことがありますよ」


 マサシは胸元からハンカチを取り出すと顔を拭き、湯呑をお盆に戻すと腰を上げた。


「どこ行くの?」

「本殿に行きます」

「じゃ、私も」


 カオルはマサシの腕に自分の腕をからめた。


「だから、そういうのはやめてください」


 マサシは腕を振り払うと本殿に向かって速足で歩いた。

 神元カオルが本土から巫女のアルバイトとして来てから1カ月が経とうとしていた。マサシはアルバイトなんか必要無いと主張したのだが、守家が年始年末の参拝者が多いこと、今年は神社の千年記念イベントがあるとかで無理やり雇わされた。

 カオルの気配が他の人と違うということはカオルが島に入ってきたらすぐわかった。

 それが花村家の運命の女性ということもなんとなくわかった。カオルから放たれる甘い香りは幾度となくマサシを誘った。しかし、マサシは父と同じ過ちを繰り返すつもりはなかった。花村の血など自分の代で終わらせるつもりだったからだ。


「ね。夕飯どうするの?私の家で食べない?」


 カオルは本殿で祈りをささげるマサシにそう誘いをかける。

 マサシは聞こえないふりをして目を閉じたままだった。カオルとはできるだけ一緒にいないように心がけていた。さもないとカオルを襲ってしまいそうだった。そういうマサシの努力も知らずカオルはマサシに必要以上に構ってきた。


 『私に興味ないの?キスしてみない?』など何度言われたかわからない。


 その度にマサシは気力をフル活動させて振り払ってきた。


 本当、どういう神経してるんだろう。

 こんな女性みたことない。


 あまりにも赤裸々でマサシは愕然とすることが多かった。


「ねぇ!マサシくん、ねぇ、てば!」


 がばっと後ろから抱きしめられ、マサシは心臓がどきりとした。

 同時に気が高まるのがわかった。

 まずいっ!


「!」


 マサシはカオルの手を掴み、床に押し倒していた。視線が絡み合う。マサシはカオルの目の中に銀色の目を光らせる自分を見た。

 だめだ!

 マサシはカオルの手を振りほどくと体を起こした。


「マサシくん……」


 カオルが背中越しに自分を見つめるのがわかった。しかしマサシは背を向けたまま本殿を出た。1人になって気持ちを落ちつけたかった。

 カオルを抱いてみたい。

 その気持ちは常にあった。

 でもカオルを抱き、子供を身ごもらせるのは嫌だった。

 自分のように母親も父親もいない子供を産み出すのは嫌だった。


「マサシくん!」


 神社に返ってこないマサシを探してカオルが来ていた。


「すごい場所ね……」


 カオルは山の上の花が咲き乱れる場所を見渡しそう呟いた。マサシは花畑の中にそびえる大きな木の側に立っていた。


「何の用ですか?」


 マサシはカオルに背を向けたまま、そう声を発した。

 近づいてほしくなかった。

 花村の血が騒いでいる。

 カオルから放たれるかぐわしい甘い香りに囚われそうだった。


「ねえ。マサシくん。私の命はあと2年しかないの。だからやりたいことをしたいのよ。雑誌に載ったあなたの顔を見て、一目ぼれしたの。あなたの子供が産みたいと思ったの。消え行く私の命が何かを生み出すってすごくない?しかもあなたの子ども。東守さんから話が会った時、すぐ飛びついたわ。だってすごいじゃない。私があなたの運命の女性だなんて。夢のようだわ。私はずっとあなたに恋してたの。だからお願い。私を抱いて」


 カオルはそう話し終るとマサシを後ろから抱きしめた。それは包み込むような抱擁だった。


「……あなたは何もしらない。私に抱かれなければあなたはあと2年は生きていけます。もしかしたらもっと生きれるかもしれません。でも私があなたを抱いてしまうとあなたはあと1年後に死にます。それでもいいんですか?」


 マサシは感情のない声でそう言った。

 諦めてほしかった。

 このまま島を出て行って欲しかった。


「いいわ。それが私の運命だもの。あなたの子供を産みたいの。お願い」


 マサシはそれ以上我慢ができなかった。

 カオルの手を掴むと自分の胸に抱き寄せた。そしてキスをした。何度も繰り返されるキスにカオルは目を閉じ、マサシの背中に手をまわした。




 目を開くと見慣れた天井が見えた。


「起きたか?神主さん、あんた本当こんな汚ないところでよく寝れるな」


 中山がベッドで目を覚ましたマサシにあきれた調子でそう言った。言われて見渡すと自分がひっくり返したお盆から食器が床に落ち、散々な状態になっていた。


「昼食、マコさんに作ってもらったんだろう。マコさん、がっかりするだろうな」


 中山のいたずらな笑みにマサシは罰の悪そうな顔をした。


「冗談だ。マコさんには適当に言っておく。怪我人のすることだ」


 中山はそう言いながら床に散らばったかおかずやご飯の残りや、割れた食器などを盆にのせていった。


「すみません」

「いいってことよ。ま、元気になったら借りは返してもらうからな」


 中山は恐縮するマサシに笑いながらそう答えた。


「そうだ。ここ数日は部屋でじっとしてろよな。さもないと傷が開くからな。食事はマコさんが用意してくれるから心配するな」


 中山は食器と屑をすべてお盆に載せ、立ち上がった。


「数日……それは中山さんの判断なのですか?それともシュンイチさんに言われて?」


 マサシの言葉に中山はおかしそうな笑みを浮かべた。


「俺だよ。俺。俺の医師としての判断。俺の立場は中立だよ。花村も守家も関係ない。だから余計なことを考えず傷を治すのに専念しろ」





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