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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
第四章 目覚め
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花村家の男は運命の女に惹かれる

 どうして俺じゃだめなんだ?

 俺はこんなにあんたが好きなのに?


 花村くん、それは恋ではないわ。

 血に踊らされているだけなの。


 アナンは首を振り悲しげな笑みを浮かべた。


 そんなことない。

 俺は本当に好きなんだ!


 ヒトシは目の前のアナンを掴もうとその手を伸ばした。

 しかしヒトシが触れた瞬間、アナンは花びらになって消えた。



「まだ起きないのね」


 真っ白な部屋で白衣を羽織り、退屈そうにヒトミはつぶやいた。

 島から連れ帰って二日が経とうとしているのにヒトシは目を覚まさなかった。


「このまま死ぬってことはあり得ないわよね?」

「ありえないよ。ただ細胞が活性化しすぎてその反動で休んでいるだけだと思うけど」


 ヒトシが横になっているベッドの横で顕微鏡を見ていた青井ノゾムが顔を上げた。


「しばらく寝てもらっていた方が都合がいい。野中くん、ほら、これを見てごらん。すごいから」

 ノゾムは嬉々とした表情でヒトミに顕微鏡を見るように勧めた。顕微鏡のステージにはスライドガラスではさまれたプレパラートが載っていた。そしてそこにはヒトシの細胞片が入っていた。


「……これは」


 顕微鏡を覗いたヒトミは顔をしかめた。


「ね、すごいだろう?」


 顕微鏡から顔を上げたヒトミにノゾムはいたずらな笑みを見せた。


「これって、本当にヒトシの細胞なの?!」

「ああ、そうだよ。花村家って面白い一族だね。もっと研究したくなってきたよ」


 ノゾムは珍しく興奮気味に語り、再び顕微鏡に目を落とした。



「あ、私お茶入れてきますね!」


 側に座ってみたものの、何を話していいかわからずアナンは腰を上げる。


「ありがとう。お茶は台所の右側の戸棚にあります。急須と湯呑は外に出てるはずです」


 マサシの言葉を背後で聞きながらアナンは部屋に出た。


 なんで残ったんだろう。

 あの銀の瞳は危険なのに…‥請うように見つめられ断れなかった。


 でも花村さんは息子の花村くんとは違うんだから。

 大丈夫よ。

 きっと。


 アナンは自分にそう心の中で言い聞かせると戸棚から茶筒をとりだし、急須にお茶の葉を入れた。そしてヤカンを火にかける。沸いたヤカンのお湯を急須に入れるとお茶のいい香りが台所に漂った。アナンは蓋を閉めると急須と湯呑を二つ、棚に立ててあった丸いお盆にのせ部屋に持っていった。


 部屋に戻るとマサシはご飯をほとんど食べ終わったところだった。


「はい。お茶です」


 アナンは急須から湯呑にお茶を注ぐとマサシに差し出した。受け取ろうと伸ばしたマサシの指がアナンのものに触れ、アナンは思わず手を離した。


「すみません!」


 謝りながらアナンは湯呑が床に落ちて割れ、お茶がこぼれるのを覚悟した。しかし、湯呑が割れる音はしなかった。湯呑は床に落ちる擦れ擦れで止まっていた。

 それはゆっくりと宙を上がり、マサシの手の中に収まる。


「町田先生は案外そそっかしいのですね」


 マサシの言葉にアナンは顔を真っ赤にして俯いた。マサシに自分が意識してることがばれたようで恥ずかしかった。


「町田先生も飲んでくださいね。このお茶は美味しいですよ」


 そんなアナンの様子にマサシは笑顔を見せた後、お茶を飲んだ。マサシが美味しそうに飲む姿に誘われてアナンも急須からお茶を湯呑に注ぐと、口に含む。お茶の温かさが体に染み渡り、その香りはアナンの気分が落ち着かせた。


「本当、美味しいですね」


 アナンが笑顔を見せるとマサシは嬉しそうな顔をした。


「よかった。町田先生がお茶好きで。ヒトシはお茶はじじいが飲むものだと飲まなくてさびしい思いをしてたんですよ。お茶は人と飲むとまたおいしいですよね」


 マサシは再び微笑を浮かべるとお茶を美味しそうに飲む。

 アナンは笑顔に引き込まれそうになる自分に気づき、慌てて視線を逸らした。

 そうして食べ終わった食器が綺麗に並べて置いてあるお盆に目をやった。


「じゃ、私はこれで帰りますね」

 

 アナンが席を立ち、ベッドに置かれているお盆を持とうとするとマサシがその手を掴んだ。


「もう少し、一緒にいてくれませんか?」


 触れ合う距離のマサシの瞳は銀色で、アナンは自分が囚われそうになるのを感じた。


 だめ、

 まだ死にたくないの!


 アナンは顔を逸らすと自分を掴む手を振り払う。マサシが痛みで顔を歪めるのがわかった。でもアナンはそのまま玄関まで走った。


「町田先生!」


 呼び止めるマサシの声がしたが、アナンは玄関を出るとそのままヨウスケの家に逃げ込んだ。


 今度一緒にいればあの目に囚われてしまうのがわかった。

 死ぬのが嫌だった。

 今まで頑張って生きてきた。

 そんな風に死ぬのは御免だった。


「最低だ……」


 マサシはそうつぶやくと苛立ちまぎれにお盆を手で振り払った。

 食器の割れる音がして、床に散乱した。


 マサシは自分の行動が許せなかった。

 息子の命があとわずかだというのに、その鍵を握る運命の女性に惹かれる自分が許せなかった。


 花村の血が憎い。

 この血さえなければカオルを死なせることもなかったのに。


 18年前、あの時カオルに請われるまま、抱いてしまった。

 歯止めが利かなかった。

 カオルは死ぬのがわかってて自分に抱かれた。

 死ぬまで彼女は笑顔だった。


 でも繰り返すわけにはいかなかった。

 自分の手でまた女性を死に追いやることはできなかった。


 『ヒトシをお願いね』


 カオルの最後の言葉がまだ脳裏に残っている。


 それなのに自分は!


 マサシは俯くとベッドの上で拳を握りしめた。拳に巻いていある包帯に血が滲むのが見えた。


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