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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
間小話
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あなたと過ごした日々~タケシxメグミ

花村マサシの両親(タケシと青井メグミ)の話です。


 あなたが初めて私の前に現われたとき、ただ怖かった。

 銀色の瞳から逃げたかった。


 見つめられると自分が自分でなくなった。


 あなたはふいにやってきて私を見つめると深く口づけ、私の体に触れる。


「メグミ……」


 あなたにそう呼ばれると胸が騒いだ。


 なんだろう。

 なんでこんなに胸が騒ぐのだろう。



「つらいか?」


 ある日、あなたがふいにそう聞いてきた。

 行為以外にあなたが私に話しかけてきたのは初めてだった。

 私はなんと答えていいかわからず顔を上げた。


 彼は私の顔を見つめると顔を逸らし、背を向け、白いシャツを羽織った。

 いつも着ているシャツ、それは学校の制服のようだった。


「ここは夜は冷えるから。気をつけろ」


 彼はいつもと同じように空気に溶けるように消えた。


 彼は不思議な存在だった。



「大きくなったわね。大丈夫?」


 東守マコさんは優しげに微笑みお腹を擦った。

 この島に来て、子供を宿して5ヶ月が経とうとしていた。


 私に会いにくるのはマユミさんとアキオさんのお母さん、そして東守マコさん、そのご両親、あと北守シュンイチさんだった。

 ああ、あの人もたまに来る。

 お腹が目立つようになってから来る回数が減ったけど、ふらりとたまにやってくる。

 時間は真夜中だったりと朝早くだったりと誰も来ない時間だった。


 お腹が大きくなって、お腹の子の鼓動を聞くようになり私は変わった。


 これが私の運命だったのかなと思うようになった。

 ただお腹の子が愛しかった。


 そしてあの人が来るのが楽しみだった。


「メグミ……」


 夜、ふいにそう声がして目を開けるとあの人が側に座っていた。私を悲しげな目をして見つめていた。そんな目をする彼を見たのは初めてだった。


「すまない。本当に……」


 彼は目を伏せ、私の髪を何度も撫でた。


 お腹はすっかり大きくなっていて

 あと2ヶ月ほどで生まれてくるはずだった。


「ありがとう」


 私の言葉に彼は目を見開いた。


「ありがとう。あなたのおかげで私は愛しい子を生むことができる。子どもに会えるのが楽しみなの」

「メグミ……」


 あの人が目を開いて私を見つめていた。

 ふいに私を力強く抱きしめた。私の長くなった髪に彼は顔をうずめていた。大きなあの人が小さく感じられた。私は包みこむように抱きしめた。


「タケシさん」


 初めて私は彼の名前を呼んだ。


「メグミ」

 彼は私の頬を優しく包むと口づけた。


 それから毎日彼は来るようになった。




 彼は毎日来てくれた。

 でもいつも真夜中だった。

 寝ていると名前を呼ばれ、目を開けるとあの人が側に座っていた。


「メグミ」


 彼はそう私を呼ぶと優しいキスをした。


「メグミ……俺は話さないといけないことがある」


 ある夜、やってきたタケシさんは覚悟を決めたような顔をしていた。

 子供が生まれるまであと1カ月近くだった。


 タケシさんから聞かされた話は信じられないものだった。

 出産したら数日で死んでしまう。

 その事実を知って私はおかしくなった。


 死ぬのが怖いわけじゃなかった。

 ただ愛しい子を残して死ぬのが嫌だった。


 毎日が苦しかった。

 夜な夜な訪れるあの人をなじった。


 あの人は私の苦しみを受け止め、抱きしめた。


 そして


「お前が死んだら俺も死ぬ。ずっと一緒だ」


 涙を流す私の頬に優しく触れ、あの人はそうつぶやいた。


 数週間後。

 子供が生まれた。

 かわいかった。

 驚いたことに苦しみはほとんどなかった。

 生まれたばかりの子を抱いて、おっぱいをあげようとすると気分が悪くなった。

 子を抱く力が入らず、全身から力が抜けていくようだった。


「メグミちゃん!」


 マユミちゃんのお母さんが私を呼ぶのがわかった。子が私の手かすり抜けた。マユミちゃんのお母さんが子を抱き上げるのを視界にいれ、ほっとする。

 しかし次の瞬間視界は真っ暗になり、ごんと頭が畳に触れたのがわかった。

 それがわかったが何もできなかった。ただ意識が薄れていき、なくなった。


「メグミ、メグミ!」


 私を呼ぶ声がした。目を開けるとタケシさんがいた。もう体を動かすこともできなかった。

 愛しい子を抱くこともできない。

 それが悲しかった。


「マサシは?」

「マサシ?」

「そう、あの子はマサシっていうの。かっこいい名前でしょ」


 悲しげなタケシさんに私は答える。


「マサシ……マサシはマコが世話をしている」

「マコさんが?」

「ああ」


 タケシさんは頷いた。

 東守マコさん、あの人なら大丈夫……。

 タケシさんを好きな人、きっとタケシさんに似たマサシをタケシさんと一緒に可愛がってくれるわ。


「髪の色が銀色だな」


 タケシさんが唐突に言った。

 言われてから初めて気がついた。枕元に見える自分の髪が銀色になっていた。


「本当、すごい。タケシさんの瞳の色と同じ色ね。マサシも銀色の瞳よね。嬉しい。私たち繋がっているのね。銀色の髪で死ぬのね。これで私はさびしくないわ」


 私がそう言って微笑むと彼は私を抱きしめた。泣いている気がした。


「お前が死んだら俺は生きていけない。1人では死なせない。安心しろ」

「そんなこと言わないで……。マサシのために生きて。お願い」

「……できない」


 タケシさんは私を抱きかかえると立ち上がった。


「いい場所に連れていってやる。きれいな場所だ」


 戸惑う私を抱いたまま、彼は飛んだ。



 優しい風が吹いて着いたところは山の上の花畑だった。

 一本の大きな木が立っており、その周りには色とりどりの花が咲いていた。


「きれい……」


 私は涙が出るのがわかった。夢のような光景だった。

 これが花の島と言われるゆえんなのかと思った。


「メグミ。愛してる。こんなに人を好きになったのは初めてだ。そしてこれが最後だ」


 その言葉に私は目から涙が溢れるのがわかった。

 タケシさんに答えようとしたら急に目の前が暗くなった。


 何も見えなくなった。

 遠くでタケシさんが私を呼ぶのがわかった。


 目が覚めると部屋に戻っていた。

 部屋には誰もいなかった。


 呼吸が苦しかった。

 多分もう少しで死ぬのがわかった。


 声が出せなかった。


 このままじゃ何も伝えられない。

 タケシさんにまだ答えてない。


 動かない体の代わりに視線を動かすと本棚の下のほうに私の日記が見えた。


 私は体の力を振り絞ってそこまで這っていった。

 日記を手に取った。日記にはいつものようにペンが挟まれていた。

 私は座敷に転がったまま、震える手で書きつづった。


 愛するタケシさんとマサシへ言葉を残したかった。

 私が幸せだったこと、二人を愛してることを伝えたかった。


 タケシさん、

 愛しています。

 だから死なないで。

 お願い。

 私のために生きて、マサシのために生きてください。


 私はそう書き終わると日記を閉じた。

 気が遠くなるのがわかった。


 脳裏に次々と映像が浮かび上がった。

 ああこれが死を迎えるときに見るという走馬灯の映像かと思った。


 優しい両親の姿が見え、その側にまだ小さいノゾムの姿があった。

 心配してるだろうな。

 ノゾムは私がいなくてもちゃんとやってるかな。

 大丈夫よね。


 両親とノゾムの姿が消え、マユミちゃんとアキオさんの姿が現れた。

 大丈夫。

 心配しないで。

 心配そうな二人に私はそう言わずにはいられなかった。


 二人の姿が消えると美しい花畑の映像が現れた。


 それは最後にタケシさんに連れて行ってもらった花畑だった。


 美しい幻想的な花々。

 美しいタケシさんの姿も見える。


 愛しています。

 これからもずっと。


 私がそう言うとタケシさんは花畑の中で優しげな微笑を浮かべた気がした。


 ああ、これでもう大丈夫。


 あなたに会えてよかった。

 ありがとう。

 マサシをお願いします。


 そこで私の思考はすべて止まった。

 突然目の前が色鮮やかになった。

 色とりどりの花びらが一気に空に舞い上がって視界一面に広がっていた。

 それはゆっくりと舞い落ち、優しく私を包みこんだ。



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