暴走するヒトシ
柔らかなものが唇に触れた。
それはついばむ様に何度も優しく触れた。目を開けるとヒトシの顔が見え、アナンはぎょっとして体を起こした。
「こんばんは。町田先生」
ヒトシは悪びれもせずアナンの側の布団の横に腰を下ろしていた。
「は、花村くん?!」
アナンは目の前にいるのがヒトシであることが信じられない様子だったが、布団から這い出て窓際に逃げた。
「無駄だよ。あんたは俺のものなんだから」
ヒトシはふわりとアナンの目の前に降り立つとそう宣言する。
「ヒトシ!」
ふいにそう声がして、マサシが背後に現われた。ヒトシは舌打ちをするとアナンに背を向け、マサシをにらみつけた。
「父さん、邪魔するなよ」
ヒトシは目を銀色の輝かせ、楽しげな笑みを浮かべていた。マサシはそんなヒトシの様子に違和感を覚えた。アナンも同様らしく、顔を強張らせていた。
「ヒトシ。町田先生を渡しなさい。そんな状態で抱いても後悔するだけだ」
マサシはヒトシにそう語りかけた。ヒトシは失笑してマサシを見る。
「そんなこと……父さんもアナンが欲しいんでしょ?俺たち花村は運命の女から逃れられない。でも俺は父さんにアナンを渡すつもりはない!」
ヒトシは手の平から光の球をマサシに向けて放った。
「くっつ!」
マサシは両腕を前に出し、その光を跳ね返した。ヒトシは戻ってきた光の球を片手で打ち返す。光はマサシの横を通り、襖を破った。
「なんだ!」
破壊音が響きわたり、2階からヨウスケが降りてきた。
客間で対峙するヒトシとマサシを見て眉をひそめた。
「マサシさん、ヒトシ?!」
「どうしたの?いったい?」
騒がしい音でヨウスケと同様に2階から降りてきたマコが顔を出した。
「いいことと思いついた」
ヒトシはそうつぶやいたかと思うと微笑を浮かべ、光の球をマコに放った。
「マコさん!」
マサシはとっさにマコの前に跳んだ。光はマサシを直撃してその体を壁にたたきつける。
「マサシさん!ヒトシ!お前、母さんを!」
ヨウスケは壁に激突したマサシに駆け寄りその体を起こしながらヒトシを睨み付けた。ヒトシが母マコを狙うなんて信じられなかった。
「これで父さんは俺の邪魔はできない」
「離して!」
ヒトシは自分を詰るヨウスケを無視してアナンを抱きしめた。
「じゃ、父さん、ヨウスケ。アナンは貰っていくから」
腕の中で暴れるアナンを抱いたまま、ヒトシは宙に消える。
「くそっつ!」
ヨウスケはそう吐き捨てると、立ち上がった。車で追うつもりだった。するとマサシがその肩を掴んだ。
「ヒトシと町田先生を追う。君も来るといい」
マサシは肩で息をしながらも目を閉じ、ヨウスケの肩に手を置くとマコの前から消えた。
「ヨウスケ、マサシ……」
破壊された居間と客間でマコは今起きたことが信じられずその場に座り込んだ。




