青井メグミの日記
昭和39年11月20日
ここは温かい。
もう冬になるはずなのに半袖で過ごせた。
おかしなところだった。
あの人がたまに家にくる。
怖かった。
あの目に見つめられるのが怖かった。
見つめられたら私の体は私のものではなくなった。
あの日、あの人の目に見つめられた私はただなすがままにされた。
血が出た。
吐き気がした。
体が痛かった。
それから何度かあの人がきた。
銀の目が私を離さなかった。
私は何もできなかった。
あの目に見つめられると夢の中にいるようで思考も感覚もどっかに消えた。
しばらくして気持ち悪くなる日が続くようになった。お腹に違和感があった。
それを知ってここの人は喜んだ。
私はわけがわからなかった。
なんで喜ぶの?と私は聞いた。
するとここの人はおめでとう、お腹に赤ちゃんがいるのよと言った。
気が遠くなった。
お腹に何かいると思ったら気持ち悪くなった。
家族に会いたい、帰してと泣いた。
でもここの人たちは私の願いを聞いてくれなかった。
ここの人たちは私を大事にしてくれた。
それはお腹の子供のためだろうと思った。
お腹にいる何か……。
それはあの人の子供だ。
銀の目をもつあの人の……。
このお腹の中の何かが出て行ったら、
島を出て、お母さんに、お父さんに、ノゾムにもう一度会えるのかな。
会いたい……。
家族に会いたい……。
アナンは日記を閉じるとため息をついた。
気持ちが悪くなった。
昨日見つけた古ぼけた日記は花村くんのおばあちゃんのものだからと、北守に取られた。今日帰りに、車の中で見つけて、気になって自分の鞄の中に入れた。そして部屋に戻り読み始めた。
読み始めてすぐに後悔した。
それはまだ10代だと思われる女の子の日記だった。
36年前、青井メグミさんはこの島に連れてこられたようだった。
そしてあの銀の瞳に見つめられ、抱かれ子供を宿した。
アナンは日記を5ページほど読んで怖くなって閉じた。
自分もそうなるのかと思うと恐怖心がこみ上げてきて、それ以上読めなかった。
島に連れて来られ、花村家の男に抱かれ、身ごもった彼女……
自分が死ぬ運命だとは知らなかったかわいそうな彼女……
(私は誘拐ではないけど、この島に多分なんらかの操作をされて連れてこられたに違いなかった。嫌だ…。まだ死にたくない…。子供を生んで死ぬなんて、そんな死に方したくない……)
アナンはぎゅっと日記を握り締めた。
「おい、町田」
ふいにヨウスケの声が襖の外から聞こえた。時間になっても夕食を取りに来ないアナンを呼びにきたらしかった。
しかしアナンはその声に恐怖を覚えた。
昨日まで普通に接していたヨウスケが怖くなった。
(私も花村くんの子供を妊娠したらメグミさんのように監禁されるのかしら……。逃げ出さないために……。私の意思などは関係なく花村家の子供のため、島のために……。嫌だ。そんなの!)
アナンは立ち上がると日記を鞄にいれ、窓をあけた。外は日が落ちて暗くなっていた。アナンは窓から外に出た。履物はなかった。アナンは靴下のまま、庭を走りぬけた。
(南守だろうが、ヒトミだろうがどうでもよかった。この島から早く出たかった。あの銀の瞳に見つめられたら逃げられない。子供ができたら死んでしまう……)
アナンは後ろを振り返らず、靴下が汚れるのも構わず走り続けた。




