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花の島の秘密  作者: ありま氷炎
二章 届かぬ思い
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真っ暗な夜空

 マサシはヒトシをベッドに寝かせると近くの椅子に腰掛けた。

 ベッドの上の息子は深い寝息を立てている。


 瞬間移動で逃げようとして森の上に出て、落下したようだった。

 顔や手足にいくつか擦り傷が見える。とっさにアナンを庇って落下したようだ。


 ヒトシを止めるために気がついたら学校に飛んでいた。

 息子の気がアナンに重なったとき、マサシは自分の感情を抑えきれなかった。

 アナンが同族に奪われるのを許せなかった。

 そしてマサシは学校に飛んだ。

 ヒトシがアナンに唇を重ねるのを見て、感情が高ぶるのがわかった。


 ヒトシを押し退け、自分が彼女を抱きたかった。


 マサシはそんな自分の考えを自嘲ぎみに笑った。


「彼女から放たれる甘い香り、花村家にとっては毒だな……」


 マサシはそうつぶやくとヒトシの擦り傷を手当てするため、救急箱を探しに部屋を出た。



「何かあったのか?」


 放課後、誰もいなくなった職員室でヨウスケはアナンに声をかけた。

 ヒトシの姿が学校から消え、アナンの様子がおかしかった。


「……花村くんに襲われたわ。花村くんのお父さんが来てくれて大丈夫だったけど……」


 アナンはぽつりとそう答えた。


「マサシさんが?それでヒトシは素直に帰ったのか?」

「瞬間移動って奴だっけ?それで飛んで気を失ったの。花村くんのお父さんが家に連れて帰ったけど。単なる疲労って言ってたわ」


 そう話すアナンの表情は暗かった。

 アナンは学校に戻ってからずっと考えていた。ヒトシはいつも必死な顔をして自分を見つめていた。アナンはヒトシが花村家の血のため自分に執着するのだとずっと思っていた。


(でもあの思い……それだけじゃないかもしれない)


 森を落下するときにヒトシが自分を庇っていたことを思い出した。

 衝撃を感じたがアナンの体が傷つくことはなかった。


 ヒトシの体や顔にいくつもあった擦り傷、あれはすべてアナンを庇って落下した時にできたものだった。


(でも、でも私はまだ死にたくない。他の女性達のように自分を犠牲になんてできないわ)


 ヨウスケはアナンが珍しく無言で考えている様子をじっと見つめていた。




 島の東の方の小さい桟橋に白のプレジャーボートが泊まっている。その側には煙草をくわえた男が立っていた。男は南守アキオだった。アキオの足元にはいくつもの煙草の吸殻が散らばっている。

 約束の時間はとっくに過ぎていた。


「失敗したか……」


 諦めて島を出ようと煙草を海の中に投げ捨てた。

 ボートに乗り込もうとした時、名を呼ばれる。


「南守」


 それは長年聞きなれた声だった。


「北守か……。東守も西守も裏切ったか」


 アキオはボートに乗り込みながら桟橋を歩いてくるシュンイチを見つめた。


「南守。島に戻って来い。今ならまだ間に合う。何も起きていない今なら……」

「ふん。俺は戻る気はない。島の歴史は俺の代で終わらせるつもりだ」


 アキオは鼻を鳴らすと桟橋の杭に結んでいたロープをほどいた。ボートが桟橋から離れ始める。シュンイチは追おうともせず桟橋からアキオを眺めていた。

 彼はシュンイチを一瞥すると運転席に向う。エンジンを始動させ、舵に手をかけた。モーターが始動する音がして、ボートが動き始める。


 そうして夕暮れの中、プレジャーボートが沖へ消えて行くのをシュンイチはただ目で追っていた。


「島に戻ってこいか‥…」


 アキオはシュンイチの言葉を繰り返し苦笑した。島に戻るつもりはなかった。忌まわしい島の歴史、守家の務めなど、吐き気がするぐらい嫌いだった。


「あほらしいな」


 彼はポケットから煙草の箱を出し、一本引き抜いた。そして火をつけようとした時、ふと気配は感じた。

 夕暮れから夜になり辺りは真っ暗だった。しかし何かが、誰かがボートにいるのを感じた。アキオの指先が震える。


「アキオさん」


 その声を聞いてアキオは自分が安堵するのがわかった。


「ヒトシか‥…。一人か?」

「ああ、一人だ。でもヒトミのところへ連れていってもらう。薬をもらいたい」


 ヒトミの先生、青井ノゾムは町田アナンを求めていた。花村家の子供を作らせ研究するためだ。しかし、ヒトシがこちら側にいることは損にはならないだろう。いい研究材料には変わりがない。しかもまだ子供だ。どうにでも利用できる。

 アキオをそう考えると微笑んだ。


「わかった。連れて行ってやる」


 月も星も見えない真っ暗な夜空だった。海は照らしてくれる光もなく黒い澱んだ液体の様であった。 その上をアキオとヒトシの乗ったボートは迷うことなく進んでいた。


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