同居生活
「町田先生、北守先生!おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはよう」
元気よく女子生徒にそう挨拶され、アナンとヨウスケは笑顔で挨拶を返した。それを見て女子生徒はくすくすと笑って他の女子生徒のところへ走っていく。
(やっぱり、絶対に勘違いされてる)
ヨウスケの家に泊まるようになって一週間がたとうとしていた。いまだに南守家と野中ヒトミの行方がつかめず、アナンは安全のためとヨウスケの家に泊まっていた。
実家と言えどもヨウスケの家である。しかも学校から遠く、徒歩では四十分ほどかかる距離なので毎朝アナンはヨウスケと一緒に来ていた。もちろん、ヒトシも一緒である。
しかし生徒たちはヒトシのことよりもアナンとヨウスケの関係に注目をしているらしく、先生同士で付き合ってるという噂がここ一週間で広まってしまった。
「ヒトシ~。お前なら噂の真相知ってるだろう?やっぱ町田先生は北守先生と付き合ってんの?」
友人の田原マモルが雑誌を机の上に広げながらそう聞いた。
理科担当教師の病欠で自習になった教室では課題が与えられていたが、皆ががやがやと好きなことをしていた。
「俺は知らないよ」
ヒトシはマモルにそう短く答えると視線を窓に向けた。
噂が広まってヒトシは内心楽しくなかった。二人が付き合ってないのは確かだ。同居してる理由も知ってる。しかし、納得できないことがあった。
それはアナンの態度であった。アナンはヨウスケに向かってだけは、遠慮なく物を言っていた。自分に対しては生徒に接する態度でよそよそしく、父マサシに対しても一線を引いている感じだった。
(二人は大学の同級生っていってたけど……。それだけか?)
ヒトシの疑問に答えるものはいなかった。ただ胸の奥がじりじりと焦がれるような感じがした。
「まったく、頭にくるわ!」
アナンは職員室にヨウスケだけであるのを確認してそう言った。
「何がだ?」
「噂よ。噂!なんで私があんたと付き合わないといけないのよ」
「……それは俺の台詞だ。そんな噂を立てられて光栄だと思えよな」
ヨウスケは鼻を鳴らしてそう答えると社会の教科書を机の上に出した。授業計画を練るらしい。
(結構まじめなんだ)
教師なんてとても似合う奴じゃないと思ってきたがヨウスケのまじめな態度にアナンはすこし驚いた。
「で、今日はもうアパートに戻ってもいいわよね?」
「まだだ。南守もヒトミの行方も掴んでいない。一人でいるのは危険だ」
「危険って、いつまで続くの?」
「いいじゃないか。俺の家快適だろう?しかも毎朝送っていってやってる」
「それはそうだけど……」
「じゃ、話は終わりな。俺は忙しい。じゃあな」
ヨウスケはそう言うと机の上の教科書に目を落とした。アナンは途方に暮れながらも自分の席に戻るしかなかった。
彼の実家は居心地がよい。
自分を死に追いやろうと思っていたとは思えないほどヨウスケの両親は優しかった。
(あーでも、これからどうなるんだろう。花村くんの十八歳の誕生日まであと二ヶ月半……。きっと圧力がかかってくるのかしら……。でも私は聖母じゃないし、犠牲なんてとんでもないわ)
アナンはため息をつくと、引き出しから教材で使う資料を出した。
「野中くん……」
そうヒトミを呼ぶ声がして柔らかい唇がヒトミの唇に触れる。
「う…ん?」
ヒトミは反射的にキスを返しながら目を開いた。
「もう昼だよ」
男は部屋のカーテンを開いた。ヒトミは男が持っているアパートに隠れていた。男は青井ノゾム、ヒトミの大学の時の助教授だった。
「ノゾム」
ヒトミは自分を覗き込むノゾムの首に抱きついた。
「次の手は考えているのか?」
ノゾムは自分の顔にかかる長い髪を煩わしそうに払った後、ヒトミを抱きかかえた。そして床に降ろす。
「ノゾム。心配しないで。いい手を考えているの。母体だけでなくて父親のほうも渡してあげるわ」
ヒトミはそう答えながらノゾムに再びキスをする。
「それはよかった。楽しみにしてるよ」
ノゾムはそのキスに答えながらそう口にした。