三年前~ヨウスケxアナン
ヨウスケが飲み会の場所に行くと鈴木と二人の男、木村と松本が居酒屋の隅の座敷に座っていた。座敷に置かれた正方形のテーブルの上には食べ物やビールの入ったジョッキや焼酎の入ったコップが所狭しと置かれている。
「遅いぞ。北守」
酒で顔を真っ赤にして鈴木がヨウスケを呼んだ。
「悪い、待たせたな」
ヨウスケはそう返事をして座敷に上がり、色が多少変色した座布団に座った。
「北守、何飲む?」
「ああ、俺はビールで」
「店員さん!」
鈴木は腰を上げると声をあげ、しばらくして店員がやってきて、生ビールを頼む。
そしてニヤニヤ笑いながら、酒臭い息をヨウスケに放った。
「で、今日はなんで遅れたんだ?デートでもあったのか?」
「まあな」
面倒なので彼がそう答えると、鈴木は面白くなさそうな顔にする。
「お前はいつもそうだよな」
ヨウスケは顔を逸らすビールの入ったジョッキを煽った。
(今日の女のサンプルも手に入れた。これで五百個のサンプルだ。この中にヒトシの運命の女がいるだろう。卒業まであとわずかだ。できるかぎり集めて島に帰りたい)
「アナン~。もうやめなよ」
ふいに座敷の仕切りをはさんで数人の女達が飲んでるのか、そんな声がヨウスケの耳に入る。
「いーや、まだ飲み足りないわ。止めないで!」
「モモカ。飲ませてあげなよ。お酒を飲んで忘れるのが一番よ」
「リエ!」
かわいらしい女の声が聞こえ、鈴木と他の二人の顔がにやけ顔で笑った。
「男だけで飲むのはつまんないよな」
「そうだよな」
「よっし!俺がまずは先発て様子を見にいきます!」
鈴木の友人で小柄だがそれなりの顔の男-松田がそう言って立ち上がった。顔が赤いところをみるとヨウスケが来るまでに結構飲んでいたようだった。
「期待してるぜ、松田」
優しげな顔が印象的な木村がぽんと松田の足を叩いた。
(めんどうだが、まあ、女のサンプルを集められるからいいか)
「やほう!俺達と一緒に飲まない?実は隣にいるんだけど」
陽気な声が仕切り越しに聞こえた。木村と鈴木が松田の挑戦に耳を傾けている。
「えー!?隣ですか?変な話してなかったわよね!私達!」
女の中で一番かわいらしい声をしていた女がそう言った。
「大丈夫。なーにも聞いてなかったし、俺ら今来たばっかりだからさ。ねえ。一緒にどう?」
松本の声に俺は松本がその童顔を使って女達を口説いているのが想像できた。大概の女はそれで落ちた。
「隣ぃ?本当なの?」
かなり酒が入った女の声が聞こえた。そしてふいに仕切りが取り払われた。
「あ!本当だわ!」
女は持っていた仕切りを座敷の壁際に勝手に置くと、当然というようにヨウスケの隣に座る。
「私ここがいい!」
「ア…アナン!」
女の一人が慌ててアナンと呼ばれた女を立ち上がらせようとした。
「ま、いいじゃん。一緒に飲もうよ」
鈴木と木村は女の行動に一瞬驚いた顔を笑顔に変えると酔っ払いを立ち上がらせようとしている女に言った。
「でも…」
「そうそう。アナンちゃんだっけ?その子、北守が気に入ったみたいだし。ね?俺達と飲もうよ」
松田がダメ押しのような笑顔を向けると他の女達が顔を見合わせるとうなずいた。
「じゃ、すみません…私達も一緒に」
「うんうん、そうしなよ」
そうして男女八人は飲み始めた。
ヨウスケが担当することになった女は町田アナンという名前だった。何でも三日前に男に振られたらしい。女の子らしい顔だったが化粧が地味で服装も垢抜けない感じで他の三人くらべるといまいちな印象だった。しかしアナンの顔が誰かの顔に似ていてヨウスケの記憶を刺激する。
「はい、飲んで!」
アナンはかなり飲んでいた。しかしまだ飲むらしく焼酎瓶を抱えて、ヨウスケにコップを差し出した。
「それ以上はやめたほうがいいと思うけど」
「うるさいわね!私の酒が飲めないの?」
アナンが騒ぎたて、彼のコップに焼酎を注いだ。そして自分のコップに注ぐと飲み干す。
(こいつ、酒、強すぎ…。焼酎を気で飲む女を俺は知らなかった。しかも一気飲み)
ヨウスケが唖然としてアナンを見ていると、急に泣き出した。
「ジュンくんは本当にいい人だったわ。この本だってジュンくんが私の誕生日に…」
彼女はそう言いながら鞄から本を出してヨウスケに渡す。
「ねぇ。見て。いい本でしょ?」
泣きながらアナンは同意を求める。
面倒くさそうに、彼が渡された本を見ると『十二月三日の誕生日生まれの人へ』という何にもひねりのないタイトルが表紙に書かれていた。開いてみると内容も誕生石のことや、十二月三日起きたことなどが書いてあるだけだった。
「ねぇ。私の何がいけなかったの?顔?それともスタイル?」
アナンは酒臭い息をヨウスケに吐きながら近づく。彼女の顔が彼の間近になる。涙に濡れた顔はとてもきれいな顔とは言えなかったがやはり誰かに似ていた。
(遠い昔にあったことがある人だ。思い出そうとしても思い出せなかった)
「そうだ!ねぇ、いいところ連れていってあげるわ」
アナンは突然思い立ったように彼の腕を掴む。そうして強引に席を立たせた。鈴木たちの視線が二人に集まる。
「モモカ、リエ、ミカコ、そして男子諸君!私はこの人と先に失礼するね~。バイバイ」
アナンが強引にヨウスケの腕を引いて座敷を降りた。
「おい、お前、荷物は!」
完全の酔っぱらいの彼女は千鳥足でヨウスケを連れて店を出ようとしていた。
「すみません~。これアナンの荷物です。よろしくお願いします」
アナンに引きづられるようにしている彼に女が町田の鞄を持たせる。
ヨウスケはため息をついたが町田の鞄を持ち、腕を引かれるまま店を出た。
(なんで俺が……)
彼はそう思わなくもなかったが、彼女の顔が誰に似ていたのか、その誰かを思い出したくてそのまま一緒に行くことにした。
「ねぇ。きれいでしょ」
アナンが連れてきた場所は少し高い所にある公園だった。明かりが少ないためか星がよく見えた。
(島に戻ればもっときれいな星が見えるんだが……)
ヨウスケはそう思いながらも適当に相槌を打つ。
アナンはかなり酔っている感じでふやけた笑顔を浮かべて空を見ていた。
「あ、流れ星!」
「本当か?」
彼女の指差す方向をヨウスケが見たが瞬く星以外に何も見えなかった。
「嘘だよ~ん。だまされた?あんた結構素直な人なのね」
アナンはふふっと笑う。
(この酔っぱらいかが……)
彼はあきれて苦笑した。
「この場所ね。ジュンくんに連れてきてもらったの。一緒に星をみて流れ星が流れて誓ったのに。なんでかな。ねぇ。私ってそんなにだめな女なの?かわいくないから?胸が大きくないから?なんでジュンくんは私を捨てたの?なんで?」
そして今度は泣きだす。
(まったく酔っぱらいって生き物は忙しい……)
ヨウスケはため息をつくとアナンを引き寄せた。そしてハンカチを出してその顔を拭いてやった。
彼女の瞳がヨウスケに向けられる。
彼はその濡れた瞳に誘われるようにして、彼女の髪を撫でるとその唇を塞いだ。
「んっ」
アナンが甘い声をだした。そして彼女の背中に手を回す。
(酔っ払いと寝る趣味はないんだが……)
彼女から離れようとしたが、その瞳がすがるようにヨウスケを捉えていた。
彼はその瞳からなぜか逃れられず、そのままアナンの頬を両手で包むと深く口づけた。
二人はそのまま近くのホテルになだれこんだ。酔いのためかそう望んだのかアナンは抵抗する様子もなく、ヨウスケにその体を預けた。
彼女の顔が誰に似てるのか、そんなことを行為の中で、彼はどうでもよくなった。
ヨウスケは遺伝子情報を得るために女に近づき、結果的に女と寝ることになることが多かった。もう何人と寝たのか覚えてないくらいだった。
(町田アナンもその一人にすぎない……)
無邪気な顔をして寝るアナンに掛け布団をかけ、彼はシャワーを浴びるためにベッドから腰を上げた。ふいに脱ぎ捨てたジーンズから音が聞こえた。それは携帯電話がメールを受信した音だった。
シャツを羽織りながら携帯電話を取り出すとそれはヒトシからだった。
メールを開くと『二十二歳!誕生日おめでとう!島に帰ってくるのを楽しみにしてる。ヒトシ』
と書かれていた。
(そうか、誕生日か。すっかり忘れていた)
『ヒトシへ ありがとう。俺も島に帰るのを楽しみにしている』とヨウスケはメールを返す。
(ヒトシのために俺は運命の女を探している)
シャワーを浴びると体を拭き、床に脱ぎ捨てた服を着た。ベッドの上のアナンはまだすやすやと寝ているようだ。
(サンプルを集めるために抱いた。それ以外に意図はない)
ヨウスケは枕についた長い髪の毛を拾うと、アナンの鞄から本を出して挟んだ。
元彼から貰った本なんてあるだけ邪魔だろうと思った。
(顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた町田。この本はない方がいいはずだ)
彼はそう決めると携帯電話とその本を抱え、部屋を出た。そしてその本を自分の本棚に仕舞い込んだ。
(それから町田と二度と会うことはなかった。元から大学なんてまともに行ってなかったから同じ大学ということが驚きだった)
しかし運命のいたずらか、アナンはヒトシの運命の女だった。三年後に開かれたその本に挟まっていた彼女の髪の毛が決め手だった。
そしてヨウスケはアナンと再会することになった。