銀色の瞳
「はい、どうぞ」
「ありがとう。支払いは私がするからね」
「はいはい」
ヒトシは苦笑しながら席に座る。
彼の雰囲気はまったく変わっていた。冷たい印象は消え、やさしい雰囲気が彼を包んでいた。
「先生っておもしろいですよね。ヨウスケも変な先生だけど……」
ストローでコーラをおいしそうに飲みながら、ヒトシはぼやく。
「そう?」
アナンはあいまいに笑って同じようにコーラを飲む。咽喉が渇いていたのか炭酸が咽喉を通り、気持ちよかった。
「あ、始まった」
ヒトシの声と同時にまた花火は打ち上がり始めた。先ほど異なる形の花火が次々と夜空を飾る。
「きれいねぇ」
アナンはテーブルに肘をついて夜空を見上げた。
ヒトシは夜空ではなく、彼女を食い入るように見つめる。
苦しげに息を吐き、何かと戦っているようだった。
「どうしたの?」
アナンは彼の異変に気付き、視線を落とす。するとヒトシと目が合った。
(何?)
ヒトシの瞳が銀色に光ったような気がした。
「ごめん」
謝られたかと思うとヒトシの顔が近づく。強引に唇が押し付けられた。
アナンはヒトシを押しやると席を立つ。そして振り返ろうともせず浜辺とは逆の方向に歩き出した。
「先生!」
アナンの後をヒトシは追い、その腕を掴む。
「離して。私、帰るわ。ヒッチハイクでもして帰るから」
軽い女、そう思われた気がして、怒りで体を震える。
「ごめん。そんな気がじゃなかった」
「私ってそんな女に見えるの?それとも北守からなんか聞いたの?」
アナンは怒りと悔しさのため、ヒトシが生徒であるという配慮を忘れていた。
簡単にあんなキスをするヒトシに腹が立った。
だが、目の前の彼は夢心地に彼女を見つめたままだ。
「だめだ。抑えきれない」
彼の言葉と同時に、その瞳の色が銀色に変わった。
その目に見つめられ、アナンは妙な気持ちを抱く。
(怒ってるはずなのに。銀色の瞳……。なんだろう。懐かしい……)
アナンはヒトシの瞳に吸い込まれそうな気分になっていた。
彼は息を吐くと彼女を抱き寄せて、唇を重ねる。
アナンは抵抗しなかった。
抱き寄せられ、キスされ、なんだかどうでもよくなっていた。
ヒトシの銀色の瞳に魅入られたようで体の感覚が消えていた。
そうして彼はアナンを抱き上げると車の停めてある場所へ向かった。
ヒトシに迷いはなかった。
ただ彼女を抱きたかった。