第6話
「申し訳ございません!」
俺の目の前で今、一人の男が跪いていた。魔法王国レーベンを治める国王、アルフレド三世その人であった。
この光景、なんだかつい最近見たな。
何故こんなことになっているかというと、何を隠そう俺が原因である。正確には俺のギフトだが。
結局あの後、騒然とした場が鎮まるのには暫くの時を要した。その間に三人の大臣が、側頭部と後頭部、そして頭頂部の一本を残すのみという不可思議な髪形にされるという悲劇も生まれた。(誰がそんなことをしたのかって?それはまあ……ね。)
「申し訳ございません、アカシ殿。こちらの勝手でこの世界に呼んでおいて、こんなことはとても言えたことでないのは承知しております。ですが、アカシ殿を魔族との戦いに送り出すことはできません。」
平身低頭の王。今や頭が地面につきそうな勢いだ。とても一国を治めるものが見せていい姿ではないように思える。
王の言葉ももっともだ。何せ俺の能力は本当に戦闘には役に立ちそうにないものだった。
「こうなったからには、アカシ殿の生活については私が保証しましょう。客人として、丁重にもてなすことをお約束します。」
その申し出は正直大変ありがたい。だが本来俺は魔族とやらと戦うために呼び出されたのだ。その役目すら果たせずに、ただ目の前の人たちの厄介になるというのはいかがなものか。
王の言う通り、確かにこの国に召喚されたのは俺の意思ではない。そのことを盾にこの国の世話になる権利が俺にはあると、そう考えることもできるかもしれない。
しかしそれでは俺の自尊心はどうなる?そんな生き方、俺は我慢できるのか?
断じて否である。腹の底から怒りにも似た熱が込み上げてくる。与えられるだけの人生など、こちらから願い下げだ。
「陛下、頭を上げてください。あなた方の厚意は大変ありがたいものです。ですが、不甲斐ない自分のためにそこまで面倒を見てもらうわけにはまいりません。私はこの城を出ていきたく存じます。」
俺の言葉に大臣団のほうから驚きの声が上がる。見くびるなよ、俺にだって恥はあるのだ。
「しかし……。」
尚もためらいを見せる王。
「陛下の厚意を無下にするような真似をお許しください。文字通り何の役にも立てなかったことも……。だからこそこの城に留まる訳にはいきません。これは私の誇りの問題なのです。ご安心を、城の外で私が勇者であるなどと口にしたりはしません。といっても、誰も信じないでしょうが……。」
王に向かって微笑んで見せる。親愛の情をこめて。皮肉などではなく、俺はこの王がことのほか好きであった。治世者として心配になるほどお人好しなこの人物は、勇者として期待に沿えなかった俺を一度もさげすんだ眼で見なかった。
「そうですか……、アカシ殿のご意思とあれば仕方もありません。最後にこれだけは言わせていただきたい。あなたは自分のことを不甲斐ないとおっしゃった。ですが、あなたの精神は確かに勇者にふさわしいものでした。」
アルフレド三世は立ち上がり俺の両手をとると、強く握りしめた。
堅牢なつくりの大きな城門をくぐり、堀にかけられた跳ね橋を渡ると、赤茶色の屋根が広がる王都が一望できた。どうやら城は小高い丘の上に建てられているようだ。しかし、統一感のある街並みというのは圧倒されるものがある。王都のはずれは森になっており、緑と赤のコントラストが美しい。森の奥には壁がめぐらされている。ここから見えるという事はかなり高い壁だ。敵が攻めてくることを前提として作られている。
「さて、これからどうしようか。」
腰に掛けたポーチに手を当てる。革製の使い古された粗末なポーチだ。これは城を出る際、マリウスから別れの言葉とともに渡された。驚いたことにこのポーチ、外見は小さいが見かけよりはるかに多くのものを収納できる魔法の品だという。
今の俺の服装は極めて質素なものだ。これもまた城を出るときに城の人間に手渡されたものを身に着けている。街中でできる限り目立たないようにという心遣いのようだった。召喚されてすぐ与えられた服は、貴族が着るような豪華なものだったので、確かに悪目立ちするだろう。前の服は肌ざわりは良かったが、ふりふりした装飾がたくさんついていて落ち着かなかった。その点質素ではあるが今の方が気に入ってるので願ったりかなったりである。
「おーい、どうしたんじゃ若いの。こっちじゃよ。」
道の先で、鈍く光る銀色の髪の老人が手招きをしている。ほかならぬあの老人だ。彼は城を出ると俺が行った際、案内を買って出てくれた。
老人の名はコンラッドと言い、王都で靴職人を営んでいるという。城にきたのは、兵士として城に努めている息子が俺のギフトを試すのにふさわしい人物(ありていに言えば禿げた……。)を探していた将軍に紹介したからだとコンラッド本人に聞いた。
「すいません、コンラッドさん。あと俺のことは春道と呼んでください。」
「そうか、ハルミチ。変わった名前じゃな。うん、いい名前じゃないか。」
朗らかに笑うコンラッド。なんだか初めて見たときに比べてはつらつとしている。
「しかし、ハルミチ。お主のおかげで儂もまだまだいけるような気がしてきたわい。」
自身の髪をかき上げながらコンラッドはニヤリと口角を上げて見せる。下心が透けて見えるようだ。
精力的なのは結構なことだが、あんた妻帯者だろう。さっきも婆さんがどうのとか言っていたし。
「よし、今晩は儂の家でもてなさせてくれ。」
「いいんですか?」
「ああ、婆さんも喜ぶじゃろう。とっておきのエールがあるんだ。旨いソーセージもな。」
それは魅力的だ。コンラッドの言葉に唾がわく。
「いや助かります。実際、宿をとろうにもこの都に詳しくはないので……。」
「ああ、お主はこの国に来て間もないんだったな。どこの生まれなんだ?」
コンラッドは俺がこの世界の人間でないことを知らない。王との約束もある。いう訳にもいくまい。
「ええ、ずっと遠くの国ですよ。」
そう、もう帰れないほど遠くのね……。コンラッドの質問に答えながら俺は、改めて決意が固まるのを感じていた。
「きゃっ!あらあらあら!あんたなのかい?」
コンラッドの家の扉をくぐると、老婆の驚きの声が俺とコンラッドをでむかえた。すでに日は西に沈みかけており、外は薄暗い。
「なんじゃ、ハンナ!六十年連れ添った亭主の顔を忘れちまったのかい?」
玄関で抱き合う二人。その様から二人の仲の良さがうかがえる。
「なんだかあんた、今日は元気ねえ。それにその髪……。あら?その男の人は誰かしら?」
俺の姿に気付いた老婆あらためハンナが首をかしげる。
「ああ、この若いのはハルミチと言ってな。儂の髪がこうなったのは、ほかでもないハルミチのお蔭なんじゃ。今晩うちに泊まっていってもらおうと思ってな。」
バシバシと俺の背中をたたくコンラッド。少し痛い。
「初めまして、ハンナさん。一晩だけお世話になります。」
「あらあら、こちらこそ主人がお世話になりました。狭い我が家ですが、ゆっくりしていってくださいね。」
しわしわの顔に柔らかい笑みを浮かべるハンナ。
「そういうことじゃ。ハルミチ今晩は付き合えよ。」
「ちょっとあんた、ほどほどにしといてくださいよ。」
そんなやり取りを交わしつつ家の奥へと入っていく二人の後に続く。
善良な人たちのようで良かった。
知らず識らずのうちに俺は、未知の世界に緊張していたらしい。俺は温かな家の中に入ると、心底ほっとするのを感じた。