第5話
「……という事がありまして、私は髪の毛を失いました。」
話を終えた俺が周りを見渡すと、みな何とも言えぬ顔でこちらを見ている。まあ、悲惨なようでいて間抜けな話であるとは自覚している。俺が向こうにいたときもこの話を聞いた人間はたいてい同じような反応を見せた。極端な場合、出来の悪い作り話だというものもいた。俺が高校生にして髪の毛を失ったのは紛れもない事実なのであるが……。
禿げた後もいろいろあったものだ。高校二年の俺は荒れた。家族とももめたし、学校の連中との関係も修復できなかった。最終的にはあるきっかけから元の高校にいられなくなり、俺は祖父の家に引き取られる形で転校することになった。そこでもはじめは周囲とごたごたがあったが、何人か信じられる友人もできて俺はなんとか立ち直ることができた。
あいつら今どうしてるだろうか。
その後大学に進むわけだが、俺は依然として祖父の家で暮らしていた。家族とはまだぎくしゃくしていて、なんとなく実家に帰る気にはならなかったからだ。今となっては、そのことが心残りではある。優吾とだって……。
思えば、俺があいつを守ろうとしてやったことは一番残酷な形であいつを傷つけたのかもしれない。もっとうまくやれたんじゃないか?あれ以来ふとした瞬間にそんな後悔が顔を覗かせる。
元の世界に戻ることのできない俺には、最早どうすることもできないことだ……。
「アカシ殿、お辛い目に合われましたな……。」
アルフレド王がぎこちなくそう俺に声をかける。その声には俺に対する労り、そしてそこはかとなく願いのことなど聞くのではなかったという後悔の意が感じられた。玉座の間に微妙な空気が漂う。いたたまれなくなった俺は、ごまかすように渇いた笑い声をあげた。
「ま、まあ、今はほら髪の毛も取り戻せましたし……。万事丸く収まったということですかね、はは……。」
ああ、俺に注がれる同情を含んだ視線が痛い。
「さ、左様ですか。アカシ殿、質問にお答えいただき感謝します。もうじき日も落ちますし、アカシ殿もお疲れでしょう。今日はもうお休みください。食事は部屋に届けさせましょう。」
王の言葉に天井を見上げると、差し込む光が橙色に変わっている。確かに少し長話をして疲れたので、王の申し出はありがたかった。
その後、客室に案内された俺は、運ばれてきた食事をとり、ふかふかのベッドで眠った。
春道が退出した後の玉座の間。そこでは勇者である春道を今後どう扱うか議論が紛糾していた。
召喚に及ぶ前に、ある程度の合意はなされていたが、事ここに至ってそれもあまり意味をなさなくなっていた。
ーー毛の支配者。勇者の持つこの奇妙なギフトが原因であった。
勇者召喚。その目的は勇者の有する力はもちろんのこと、勇者を旗印にすることで兵士達の士気を高めることにもあった。むしろそちらの方が重要だと考えるものも王国の首脳部には多かったのだが、最早その道は断たれたと言っていいだろう。
「毛の勇者など、もってのほかだ。なぜよりにもよって毛なのだ。どう言い繕っても格好がつかないではないか!」
大臣の一人が悲痛な声を上げる。召喚に至るまでには膨大な手間がかかっている。彼の不満ももっともなものであった。
「国宝の宝珠を失ってまで行った召喚だが失敗だったか?」
「いや待たれよ。ギフトの能力を実際に見るまでは結論は出せませぬぞ。」
「うむ、その通りだ。その名に反して魔族との戦いにおいて、切り札になりうるかもしれん。」
「もし駄目だったとしても、アカシ殿とて望んで勇者として呼び出されたのではない。最大限便宜をとりはかるべきであろう。」
幾人かが春道の擁護に回る。がしかし、この場にいるもののほとんどがその内実、春道の力にそれほどの期待を抱いてはいなかった。
皆、勇者というものは一人で戦況を覆すほどの古今無双の豪傑に違いないと、そう信じていた。しかしいざ蓋を開けてみれば、呼び出されたのは戦いとは無縁の好青年。勇者として軍の先頭に立てるには不向きな人間に思えてならない。
「極秘裏に行われた召喚のことを知るものは未だ少数。民達にこのことを知るものはおらん。こうなればいっそのこと、勇者の存在を抹消してしまおうか?」
ついにはこのように極端な意見を唱えるものまで出る始末。これには流石に王も黙ってはいなかった。
「アカシ殿はこちらの暴挙とも取れる召喚に応じてくださり、あまつさえ魔族との戦いに身を投じても良いとおっしゃった。その心は気高く、そのような人物を殺すなど恥を知るが良い!」
とはいえ、やはり春道の扱いが厄介なことには変わりない。
結局、一応の結論が出たのは時計の針が真夜中を少し回った頃だった。
翌日、朝食の後、俺は城の庭園に呼び出された。
何でも実際にギフトの力を試してみてほしいとのことであった。
庭園は隅々まで手入れされており、木々には色とりどりの花が咲き、暖かな日の光が青々とした芝生を照らしている。
見事な庭である。ここで昼寝でもしたらさぞ気持ちのいいことだろう。
その庭に、昨日の面々が集まっていた。当然ながらアルフレド王やマリウスの姿も見える。皆どこか厳しい顔で俺を見ていた。
「アカシ殿。よくお眠りになられましたかな?」
アルフレド王が俺の前に出て尋ねる。
「ええ、食事も大変美味しかったです。」
「それは良かった。」
俺の言葉に王は微笑んだが、その声にわずかな緊張が含まれている気がする。
「さて話は聞いておられますな。今日はアカシ殿のギフトを我らに見せて欲しいのです。あの者をここへ。」
王が声を張り上げると、一人の老人が城のものに手を引かれて姿を見せた。
その老人は質素な布製の服を身にまとい、皺だらけの顔に白い髭を蓄えている。腰が曲がっており、実際よりも小柄に見える老人からは弱々しい印象を受けた。何よりその老人には髪の毛が一本も無い。
「この者に、そのお力を使ってみては下さらぬか?」
王の言葉に俺は頷き、老人の前まで進む。ギフトの使い方は、不思議なことに何となく理解できていた。まるで内なる自分がこう使え囁きかけているかのような感じだ。
「お若いの、儂の髪を再び生やしてくれるそうじゃな……。儂はもう二十年もこの頭じゃ……。もうとっくに慣れたと言っても、やはり寂しいものがある……。どうか一つ宜しく頼みます……。」
老人が途切れ途切れに俺に懇願する。
「その気持ちは俺にもよく分かります。任せてください。すぐにフサフサですよ!」
すでに目の前の老人に親しみが湧いていた俺は力こぶを作って老人に笑いかけた。
すぐに老人の頭に手をかざす。意識を集中し、イメージする。黒々とした艶やかな髪……。
「生えろ。」
その一言を引き金にすぐさま老人に変化が起きる。
初めは一本の毛だった。それはにょきりと頭の天辺から伸びると、たちまちその一本が呼び水となったかのように黒い髪が湧き出した。
変化はそれだけにとどまらなかった。老人の髭がはらはらと抜け落ち、その後から真新しい黒い髭が生える。
「おおっ、これは!髪じゃ!本当に髪が生えてきおった!」
老人は自身の頭を信じられないようにペタペタと触っている。その目は微かに涙が滲んでいた。
「ああっ、有難うお若いの……!なんだか心まで若返った気分じゃよ!」
老人は俺の手を取り、何度も縦に振った。
老人が余りにも喜ぶので、俺まで嬉しくなってくる。俺と老人は暫く手を取り合って、お互いに笑いあった。
「あの、アカシ殿?他にはどのような事が出来るので?」
王の言葉に本来の目的を思い出す。
「も、申し訳ない。ええ後は髪の色を変えたりできますよ。お爺さん、何色がよろしいですか?」
「そうじゃな……。やはり年相応の髪の色というものもあるよのう。銀色とかどうじゃろか?」
いいセンスだご老人。
老人の答えに再び手をかざす。
「変われ。」
先程までの黒い髪が、一瞬で美しい銀色に変わる。表情もどこか引き締まって渋い感じだ。
「どうじゃろうか、お若いの?」
「お似合いですよ!」
「そうか、これは婆さんも腰を抜かすぞい!わはは!」
「ははは!」
再び笑い合う俺たち。
「あの、他には?」
王が遠慮がちに問う。どこか疲れたようなその顔に何だか申し訳なさがこみ上げてきた。
「けふん。あ、あとはですね。こんなこともできます。」
俺は今度は老人の頭を指差すと、口を開いた。
「踊れ。」
すると神経の通っていないはずの髪の毛がうねうねと蠢き始める。俺から見てもその様は気持ち悪い以外の何者でもない。
一体何度目になるだろう。場はしばしの間、静寂に包まれた。そしてすぐに周りは阿鼻叫喚の地獄へと様変わりした。
「大道芸人の方がまだ役に立つぞ!」
「誰だ!こんなやつ呼んだのは!」
「ああ、国宝の宝珠が!英雄のはずじゃなかったのか!」
「第一級が何だって?確かにくだらなさは第一級だよ!ふざけるな!」
「禿が!」
「おい、今禿っつったやつどいつだ?お前の頭、波〇にしてやる。でてこい。」
口々に叫び声をあげる大臣たち。アルフレド王とマリウスは棒立ちになったまま、静かに天を仰いでいる。
なぜだろう、俺の頬を生ぬるい液体が濡らしていた。
血じゃありません、念のため