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第2話

 願いを告げた直後、俺は目に見えない強い力に引かれ真っ白な世界を後にした。

 次の瞬間には見知らぬ部屋の中で、周りもまた見知らぬ人々に囲まれていた。

 しかし、その時の俺にはそんなことはどうでもよかった。


 頭部に感じるほんのりとした温かさ。長らく忘れていた感覚。


 これは!!

 いや、まさかっ!!?


 思考がはじけ、心は喜びに打ち震える。この瞬間、俺は世界で誰よりも幸福な男だった。

 この喜びを表現する術を俺は持たない。

 俺はただ涙した。


 俺の意識を呼び戻したのは、目の前の王冠を頂いた人物だった。

「勇者様、私はアルフレド三世。このレーベン王国の王です。人類の危機に際し、勇者様を異なる世界からお呼びすることを決めたのは私でございます。まずは召喚に応じてくださったことに感謝を……。」

 そういうと、王はその場に跪いた。部屋中の人間がそれに続く。


 王様?そんな立場にいる方が俺に頭を下げる?

 それに勇者?俺が?


 困惑した頭であわてて口を開く。

「あ、頭を上げてください。私には何が何だか……。人類の危機?状況がまるでわからない。」

「はっ、只今説明申し上げます。ジェイムズ、状況を。」

 王様の言葉に全員が姿勢を直し、黒いひげを蓄えた体格のいい男が俺の前に進み出た。

「勇者殿、お会いできて光栄です。レーベン王国軍将軍ジェイムズ・ヴァレンタインです。早速ですが、現在人類は窮地に立たされております。」


 ジェイムズと名乗った男の口から魔王軍との戦争のこと、魔族の恐ろしさ、人類が劣勢におかれていることが語られる。

「要するに強大な力を有する魔王と魔族にたいする打開策として、私はこことは違う世界……私からすると元居た世界ですが……から召喚されたというわけですね。」

 ジェイムズ将軍の話を聞き終え、俺はアルフレド王に問いかけた。

「はい、こちらの都合で勇者さまをお呼びいたしたことは誠に申し訳なく思います。我々は勇者様を送り返す術を持ちません。我らを恨みますか?」

 確かに、勝手にしらない世界に連れてこられたことに思うところはある。魔族との闘いに身を投じるとなれば命を懸けることになるのだろう。

 だが、


「私はあなたがたのおかげで、かけがえのないものを取り戻すことができました。感謝こそすれ、恨むなどとんでもございません。私にできることであれば、お手伝いさせてください。」


 そう俺は、勇者としてこの世界に召喚されたからこそ、かけがえのないもの(かみのけ)を与えられたのだ。

 この恩義に報いることは当然というものではないだろうか。

「おお、おおっ!なんとありがたいお言葉かっ!」

 王様は満面の笑みで俺の手をとり上下に何度かふった。その目からは涙が流れていた。


 その後、俺が何も身に着けていないことでひと悶着あったのち俺は玉座の間へと通された。

  玉座の間は床も壁も白い大理石づくりの広い部屋だった。

 ドーム状の天井には一面に怪物と戦う英雄たちの絵が描かれている。採光窓からさしこむ光が、アルフレド王が座る玉座の周囲を照らしていた。

 現実感がない。厳かな気配に満ちるこの場所に対し、自分はひどく場違いに感じた。

「さて勇者様、我々は勇者様について知らねばなりません。まずは勇者様のお名前を伺いたい。」

 王の言葉にこの場にいる全員の注目が俺に集まった。緊張で喉が渇くのをかんじる。

「私の名前は明石、明石春道(あかしはるみち)と申します。」

「アカシ殿……。アカシ殿には戦いの経験は?」

 ジェイムズ将軍が尋ねる。

「ありません。元居た世界の少なくとも私の住んでいた国は平和な国でしたので。」

 将軍の疑問はもっともである。

 彼らにとって、俺がすぐに戦いに身を投じられるかどうかは重要事項だ。

 だが残念ながら俺にそのような経験はありはしない。父親との殴り合いのけんかがせいぜいである。そんなもの戦いの上で何の役に立つだろうか。


 その後も質問は続いた。年齢、元の世界のこと、両親について、味の好み、果ては好きな異性のタイプまで。

「なるほど、良くわかりました。次はアカシ殿の勇者としての力をお教え願いたい。マリウス様、石板の用意を。」

「はっ、既に整っております。」

 王の隣に控えていた大賢者マリウスが前へ進み出る。


 マリウスは俺の前まで来ると、懐からつややかな黒い石板を取り出した。

「勇者アカシ殿。儂は魔術師のマリウス。召喚に応じてくれたこと感謝いたします。」

 マリウスは軽く頭を下げる。

 目の前の老人が賢者と呼ばれるほどの大人物であることは、先ほど玉座の間に案内されるとき聞かされていたので、俺は軽く狼狽した。

 そんな俺を見つめながらマリウスは話を続ける。

「今からアカシ殿のギフトを明らかにします。その前に、まずはギフトについて話さなければなりまい。ギフトとは文字通り贈り物。我々はギフトとは神から与えられる贈り物だと考えております。例えばこの儂であれば魔術に通じるギフトを与えられております。」

 マリウスは空いている左手の手のひらを天井に向けると、ビー玉ほどの大きさの火の玉を一つ出現させた。突然の出来事に驚いた俺を見て、マリウスは微笑みを浮かべると、左手の親指をわずかに曲げる。

 たちまち炎の数が増える。二つ、三つ。あっという間に火の玉は五つになった。

 それぞれの炎が違う色に燃えている。

 マリウスが拳を握ると、五つの火の玉は、ぱっと掻き消えた。

「そのものに秘められた力を引き出し、それを扱う助けとなる、それがギフトの本質。先ほどのアカシ殿の話を聞く限りでは、アカシ殿が元居た世界にはギフトは存在していなかったのではありませんかな?」

「ええ。なにかしらの才能に恵まれたものは大勢いましたが、そのような明確な形で与えられることはありませんでした。」

「それはまた興味深い事柄でありますが、今は話を進めましょう。ギフトは生まれついての資質により与えらる場合と、後天的な努力によって与えられる場合がございますが、アカシ殿はそのどちらにも当てはまらないはず。」

「どういうことでしょうか?」

「アカシ殿は勇者であらせられる。勇者とは世界と世界の壁を超えて現れる存在。そもそも世界と世界の断崖というのは人智を超えた大いなる存在の領域。その壁を超えるとき、大いなる存在から特別なギフトが与えられるのです。そしてそれは極めて強力なものであると伝えられております。」

 マリウスはそこで話を止めると、右手に抱えていた石板を差し出した。両手で受け取る。ずっしりと重い。

「その石板は触れるもののギフトを明らかにします。そのまま持っていてくだされ。」

 マリウスが呪文を唱えると、石板がぼうっとした青い光を放つ。光が収まるにつれ、まるで水底から浮かびあがる泡のように石板の表面に文字が現れた。俺にはなんと書いてあるのか読めないので、マリウスに石板を手渡す。

 石板に目を落とすマリウス。次の瞬間、マリウスの目が驚いたようにカッと開いた。

 石板がマリウスの手から滑り落ちた。

 大賢者の狼狽した姿に玉座の間にいる人間がざわめきたつ。

 マリウスは震える手で石板を拾い上げると、何度もそこに浮かび上がった文字を確認している。

「これは?見間違いか?そんなはずはない、魔法文字を読みたがえるなど……。石板が壊れている?いや、機能していることははじめに確かめた。」

「どうなされたのです、マリウス様?アカシ殿のギフトは一体?」

 アルフレド王が玉座から立ち上がる。

 マリウスは王の言葉にハッと我を取り戻し、王のほうへと向き直る。

「それが……、アカシ殿のギフトなのですが……毛の……。」

「毛?毛がどうされたのです?」

 全員の視線がマリウスに注がれる。マリウスは意を決したように口を開いた。

「はっ、アカシ殿のギフトは“毛の支配者”にございます。」


「は?」

 水を打ったように玉座の間が静まり返る中、誰かが上げた間の抜けた声だけがむなしく響いた。 


 


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