美しき復讐 (ちゅらの海 結びの一番)
近所の桜のつぼみも、ようやくほころび始め春らしい日ざしを感じる、今日このごろです。みなさんいかがお過ごしでしょうか?年度初めでばたばたしておられる方も、たまには息抜きが必要でえはないかと倉本保志は考えます。そんな息抜きにぴったりの短編小説最新作、美しき復讐(ちゅらの海・結びの一番)投稿いたしました。ぜひご一読くださいませ。あと、関係ないですが、なんで東京の方が、関西よりも桜の開花が早かったりするのでしょうか・・? 倉本は不思議で仕方がありません。ベストアンサー お待ちしています。教えてくださいましいいい~。
美しき復讐 (ちゅらの海、結びの一番)
ちゅらの海は、静かに大阪府立体育館のせまい特設通路に佇んでいた。
ハト小屋ほどに暗いこの通路は、その暗さが返って気持ちを鎮めるのに適しているようにも感じられる。
ごん、ごん、二度ほど壁に頭突きをくらわせて、彼は「ふう・・・」と大きく息をついた。
身体は、僅かに紅が差し、滲み出る汗もひとしおだったが、さほど緊張はなく、ちゅらの海は、静かに、遠き日の故郷、沖縄の海の色を思いだしていた。
マリンブルー・濃い青のそれではなく、彼が思いだしたエメラルド・グリーンのその海は、浅瀬で、砂底の白亜と照りつける太陽の反射した波がほどよく調合された、まるでCGであるかのような美しい海であった。
今の海は・・?というと、もうその光景が、はたして現実であったのかと疑うほどの変容である。埋め立てられた土砂の濁りはその工事が終わって数年経つというのに一向に消えることはなかったが、幸いにも、というべきなのか・・?相撲に明け暮れた日々の中で、彼はまだそのことを知らずにいた。
「・・・・・・・・・」
「ちゅら関、そろそろ、時間です・・・」
聞き取れないような、くぐもった声で、丸い眼鏡をかけた、体格のよい付き人が声をかけた。
ちゅらの海は、閉じていた目をカッと見開くと、大きく肩をまわし、狭い通路を桧舞台へと向かっていく。
ピーイイイイイ・・・
「ちゅらの海~・・」「ちばりょおおお~」「加油~」「がんばってちょ~れいいいい」
普段聞き慣れない指笛と、独特の歓声が沸き起こる。近年は観客もインターナショナルなようで、ちゅらの海は広い背中いっぱいにそれを受けて一歩一歩、踏みしめるように花道を進み、西の土俵下にどっかと腰を下ろした。
一つ前の取り組みの呼び出しが始まる。
「ひがああ~し~、明石田子~、あかし~だこ~・・」
「に~しいいい~、樹海富士~、じゅかいふじいい~・・」
千秋楽結びの一つ前の取り組みは、三役同士の取り組みであった。
聞き慣れた声の放送、アナウンスが、体育館に響き渡る。
「東方 大関 明石田子 兵庫県、明石市出身 タコ部屋 」
「西方 関脇 樹海富士 静岡県 富士市出身 支度部屋 」
行事は 木村拓の介であります。
間髪入れずに、行事の呼び出しが続く・・・
「かたっやあああ、あかしだこおお、あかしいいだこおお」
「そなた、じゅかいっふじいい、じゅかいふじいい・・」
拍子木の心地よい響きのなかで、テレビカメラが観客席を含めた体育館全体の風景を映し出し、スポットを浴びて真っ白に輝いて見える土俵の周囲を、懸賞のバナーがぞろぞろと出歩いて観客の拍手を浴び、やがて花道に消えていった。
最後のひとりが土俵から下りるのを待つタイミングで、MHKのアナウンスが始まる。
「春場所も、はや千秋楽を迎え、結びの一番を残して、大関、明石田子 樹海富士の取り組みが始まろうとしています」
「解説は、元横綱 虎威借こと、大虎親方に来ていただいております」
「親方、結びの一番を残してのこのとりくみ、見どころはどんなところでしょうか?」
「・・・・っつああ、私個人としてはですね、消化試合はとっとと終わらせて、結びの一番を早く見たいんですがね」
「・・・まあ、強いていえば、明石田子関の、絞め技を、樹海富士が、どうかわすかでしょうかね・・・」
「明石田子関の得意な展開に持っていかれては、さすがに好調の樹海富士も、危ない・・といったところでしょうか・・」
「ええ、まあ、それに タコ・・いや、 明石田子関にとっては 本場所のこの土俵の上は、いわば極楽のようなもんですからねえ、おそらく元気に暴れると思いますよ。」
「はあ、この土俵上が、極楽・・・・ですか・・?」
「あ、あんた・・・ご存知なかったかな・・?」
「明石田子が、所属しているタコ部屋、蛸壺親方なんですがね、弟子たちに、ろくに飯も食わせないで、朝から晩までハードな練習させっぱなし、このご時世に、なんともまあ、ひどいっちゅう話ですよ。明治時代の、ほら、北海道の・・・本物のタコ部屋のほうが、まだましだ、なんていうようなことも、内うちでは噂されていますから・・」
「・・・・・・・」
「あ、・・ええとっ、一方の樹海富士のほうも、今場所、これまで12勝2敗かなりの成績ですよね、いかんせん、結びの両者が全勝なもんで影を潜める形になってはいますが、調子はいいほうなんじゃないですか、樹海富士は・・・?」
「先場所、何とか カド番をのりきって、今回は調子いいみたいですがね、何やら、吹っ切れたようなかんじはありますねえ」
「心気一転・・・・自分を信じて頑張る、といったところでしょうかね・・?」
「富士の樹海を三日三晩、彷徨ってたらしくて・・・まあ、逝きつくとこまでいって、そこで、なにか悟ったんじゃないですか、ははは・・・」
「・・・・・・・」
(ははは、じゃねえよ・・・さっきから、洒落にならないウラネタぶっ込んできやがって、生放送なんだぞこれ・・・・)
(なんなら、てめえの 大トラ(酒乱癖)全国にぶちまけたろうか、このっ・・・・)
「あと、明石田子についてですがねえ、・・・」
「あっと、親方すいません。そろそろ時間のようです」
「さあ、土俵中央、両者 手をついて、はっけよい ・・・・」
・・・・・・・・
わーという大きな歓声があがった。実際の取り組みでは、解説者大虎親方の予想通り、明石田子が一気に相手樹海富士の首元を絞めて勝負はあっけなく終ってしまった。
「・・・・あかしいい だこおおお~」
・・・・・・・・
行事の勝ち名乗りをうける明石田子を、横目でちらりと一瞥してから、ちゅらの海は、すーと大きく息を吸い込んで、すっくと立ち上がった。白鴎関が、向こうの土俵下で胡坐をかいたままこちらをじいっと睨みつけている。
(さあ、いよいよだ、最後の一番、この勝敗で俺の人生も大きく変わるような気がする)
ちゅらの海は、大きく、吊り天井を仰いだ。これまで何度も見てきたはずのこの屋根が、今日に限ってなんだか違って見えるのは一体どういうわけか・・?)
徳俵をまたぎ、土俵に踏み入る・・・背後から、歓声が再び大きく沸き起こるなか、ちゅら関は横綱白鴎と向かい合い、しこを踏んだ。そして、一たん土俵外に出てから、観客席の後方に目をやる。いつもの、一連のルーテインをこなすのに、今日はなんだかひどく時間がかかる。一秒がこんなに長く感じられるのは、脳内のドーパミンが激しく分泌されているせいなのだろうか・・?
身体の芯が静かに、そして冷たい温度のまま激しく燃え盛っているのが感じられる。
先ほどまでうるさかった歓声が、もはや全く聞こえない。
ちゅらの海は、ささっと塩をまき、マワシの脇をぽんぽんと音をはずませて軽く叩いた。
気合いは十分、両者を取り巻くただならぬ雰囲気が立ち込める。目に見えねども、これが本当の・・・戦う男たちの、真剣の闘志というものだろう。
(勝ち負けはもはや問題ではない、とにかく全身全霊で挑もう・・・)
・・・・・・・・・
「時間ですっ・・・」
行事の、緊張を、つうっと素切るようなこの掛け声に、ちゅらの海は、再度目を見開いた。目の前で、やはり白鴎が、こちらの瞳の奥をじいっと覗き込んでいる。
「両者、まったなし、はっけよい・・・」
二人は奇麗に立ち会った。白鴎は、張り手をいっぱつ右頬にかます、構わずにちゅらの海は肩から押し上げるように白鴎の胸にどおんとぶつかっていった。
「はっけよい、のこった・・」
行事の大きな声が場内に響く、歓声とどよめきが一気に両者の背に覆いかぶさる。
ちゅらの海は、すかさず張り手で、白鴎の顔を突っ張る。白鴎はそれを全身でこらえながら、ちゅら関のマワシを手繰り寄せようと、右腕を伸ばす。
敢えて、それを許すちゅらの海、そして自らも白鴎の右の上手を取り、両者がっぷり四つの態勢にがっちりと納まった。
「はっけよい、はっけよい・・・」
甲高い行事の声が、館内に響く。
次の瞬間、ちゅらの海は大きくがぶり寄ると一気に白鴎を土俵際まで追いつめた。
「でっやあああああ・・・」
大きな叫び声とともに、ちゅらの海は、白鴎に投げを打った。堪える間もなく、白鴎はぶうん・・・と呻りをあげて土俵を飛び出し、親方衆の直上をさらに超えて、最前列の観客のうえにどっかと着地した。
わああ~ というものすごい歓声、指笛、拍手、そういたものすべてが混ざり合って、ここ大阪府立体育館が、絶叫、雄叫びを発する化け物の胃の中にいる感じすらあった。
「ちゅっらのうみいいい・・・・」
「やりました、ちゅらの海関、初優勝・・・」
わああああっ・・・・・・
アナウンスの後、テレビカメラは騒然とする場内を、薄暗く、遠景で映していた。
場内の熱はおさまる気配がない。
・・・・・・・・・
俄かに、その熱が冷めかけたころ合いを見計らって、行事が小気味よく懸賞金を 差配し、観客はそれに応えるように、大きな拍手をちゅら関に贈った。
その拍手を、 歓喜を、満身に受けて、ちゅらの海はすくと立ちあがり、土俵を出ると・・・
(やりきった、これでもう思い残すことはない。・・・・相撲人生、一番の取り組みか・・?)
ちゅらの海は、少し、ぼおっとなった頭で、自分自身の行く末を、ぼんやりと予感しながらそのまま、花道に消えていった。
・・・・・・・・
「おおい、大変だ、 救急車・・・担架を~っ 早く・・・」
親方の一人が、大きな声で叫んでいた。しかし、ちゅらの海優勝の、興奮と熱気で、それはみごとに搔き消されてしまっていて体育館にいた観客のほとんどは、その事件に気付かなかった。
投げ飛ばされた白鴎の下敷きになった観客、かつて政界の中央に座していた二人の政治家が、ちゅらの海の故郷、沖縄、辺野古の海を汚したその仕返しを受けるかのように、病院へ緊急搬送されることになったのは、なんとも皮肉なことであった。
おわり
前回の作品のあとがきで、google万歳~ということを書いたのですが、その後、YAHOOの検索でも5面程にわたって、私 倉本保志のページが出てまいりました。こう言ってはなんですが、googleよりずううううっと作品紹介やら丁寧にしていただいて、「え~、私ごときに、ここまでしていただいて・・・いいの?」なんか不思議な感じです。これって、自分のパソコン以外でもちゃんと出てくるんですよね・・?もしかして、自分のパソコンにだけ・・? っちゅううわけで、身も心も花満開の倉本保志の近況報告でした。(作品と関係ないあとがきですみません・・・いつものことですが)