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7話

「……ぅ……あぁ……?」


 ──早朝。イツキは、色んな違和感を感じて目を覚ました。

 ベッドの固さの違い。部屋の匂いの違い。朝日の射し込む方向の違い。枕の柔らかさの違い。

 様々な違和感を感じ、ゆっくりと目を開け……白髪の少女と目が合った。


「い、イツキ様……大丈夫でありますか……?」


 雲のような白髪に、空を封じ込めたような蒼眼、褐色肌の可愛らしい少女が、心配そうにイツキを見下ろしている。

 ……誰だコイツ。つーかここどこだ。

 不鮮明な思考の中、イツキはそう思った。

 だが、少しずつ昨日の事を思い出し……目の前で心配そうに顔を覗き込んでいる、幼い少女の事も思い出した。


「……アルマか……おはよう」

「おはようございます、イツキ様。今日も良いお天気でありますよ」


 ほんの少し頬を赤らめながら、アルマが笑みを浮かべてそう言った。

 そして……ようやくイツキは、自分の状況に気が付いた。

 膝枕されているのだ。アルマの太ももで。


「……これ、どういう状況だ?」

「あ、いえ、その……イツキ様に近づいたら、こうなったであります」


 無意識の内に、近づいてきたアルマを捕まえて、その太ももを枕として寝ていたのだろうか。だとすれば、かなりの変態である。


「なんか……悪かったな」

「いえ。自分はイツキ様の奴隷であります。この程度のご奉仕なら、朝飯前でありますよ」


 微笑みを浮かべたまま、アルマがイツキの前髪を弄る。

 突然のスキンシップに、イツキの体が硬直し……だがすぐに我に返り、褐色の手を払いのけた。


「何やってんだ、お前?」

「あっ、その……ダメでありますか……?」

「……別にダメとは言わねぇけど……」


 お前、昨日までビクビクしてたクセに、なんでいきなり心開いてんだよ。

 喉まで出かかった言葉を、ギリギリで呑み込み……ふと、アルマの目を見た。

 美しい、濁りのない蒼眼。

 昨日までの濁った瞳とは違い、イツキに対しての信頼感で輝いている。


「……俺、昨日何かしたか?」

「何もしてないでありますよ? それより、今日はギルドに行くのでありますよね?」

「あ、ああ……少し待っててくれ。外に出る準備をしてくる」

「了解であります」


 疑われるより、信じられる方が楽なのは事実だが……ここまで理由のない信頼を寄せられると、どう反応すれば良いのかわからない。

 しかし……逆に、1日で他人をここまで信用するのも、難しい事だろう。

 このアルマという少女は……そんな難しい事をやってのけたのだ。

 なら……アルマより歳上であるイツキが、できないはずがない。


「……うっし……金は持った、魔力銃も持った……行くぞアルマ。飯を食ったらギルドだ」

「はっ!」


────────────────────


「『人国 アンバーラ』のギルドは、国の北部と南部に建てられていて、私たちが向かっているのは南部の方のギルドなんですよ!」


 美味いとも不味いとも言えない朝食を済ませたイツキとアルマは、ユリナの案内でギルドを目指していた。

 それはそれとして……このユリナという少女、なかなかにうるさい。

 先ほどからイツキもアルマも話をまともに聞いていないというのに、1人で喋り続けている。

 まあ、わざわざ案内してもらっているのに相槌すら打たないというのも勝手な話だ。イツキはそれとなく相槌を打っている。アルマは怯えてイツキの陰に隠れてしまっているが。


「でもでも、南部のギルドは乱暴な人が多いと聞きますよ。本当に南部のギルドで良いんですか? 今からでも北部に向かった方が……」

「心配はありがたいが……ここまで案内してくれたんだ。今さら別の場所に行くのは……お前もめんどくさいだろ」

「私は全然大丈夫です! あ、でも、お昼までに店に戻らないと。お母さん1人じゃ、宿を切り盛りできませんからね!」

「なら、なおさら急がないとダメだろうが……」


 にこにこと笑うユリナの姿を見て、イツキの口からため息が漏れ落ちた。

 ……とりあえず、やかましい。


「あ、着きました! ここです!」

「ん……案内ありがとな」

「いえいえ! それではお気を付けて!」


 手を振り、走り去るユリナ。

 最後の最後まで元気な少女の背中を見送り……すっかり怯えてしまった小動物に声を掛けた。


「おい、いつまでくっついてる気だ。うるさいやつは消えたから、そろそろ離れろ」


 イツキの袖を掴んで離さないアルマ……どういう基準で心を開いているか知らないが、あのユリナという娘には、まだ心を開いていないようだ。

 いや……南部のギルドには、乱暴な人が多いと聞いたのも原因だろう。ギルドの扉をチラ見しては、びくっとしてイツキの袖を強く握っている。


「はぁ……落ち着いたら離せよ」

「は、はっ!」


 袖にアルマをくっ付けたまま、イツキがギルドの扉を開け──

 ──ギロッと。ギルドの視線がイツキに集中した。

 品定めするような目付きでイツキを見る男たち……そんな視線もどこ吹く風と、イツキが堂々と足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ! 『アンバーラ 南部ギルド』へようこそ! 冒険者への依頼ですか? それとも依頼の報告ですか?」

「冒険者になりたい。登録はここでできるのか?」


 登録料はいくらだろうか。とか思いながら、イツキが腰の皮袋を取り出し──

 直後、ギルド内に笑い声が弾けた。

 不愉快な笑い声に眉を寄せ、イツキがゆっくりと振り返る。

 何がおもしろいのか、にやにやと笑う男たち……そんな奇妙な光景を見て、アルマが小さく悲鳴を上げながらイツキの背後に隠れた。


「おいおいおい。ボウズ、頭大丈夫か? お前みたいなガキが、冒険者になれると思ってんのか?」

「なんだ、なれないのか?」

「なれねぇな。ガキは家に帰ってママの手伝いでもしてろ」


 ぎゃははははっ! と再び笑い声が弾ける。

 わけがわからん。なんだコイツら。とりあえずやかましいから、黙らせるか。

 魔力銃を握り、ギルドの入口を吹き飛ばして黙らせてやろうと引き金に指を掛け──そこで、制止の声が入った。


「やめなさいよ。いい大人がみっともない」


 ギルドの端に座っていた紫髪の少女が、ゆっくりと立ち上がった。


「げっ……ランゼ……いたのかよ」

「ずっといたわよ。あんたたち、ホント年下に手を出すのが好きよね……あたしが相手になってあげるわよ?」

「……チッ……ザコ魔法使いが偉そうに……」

「何? 文句があるなら──()る?」


 少女の言葉に、男たちが渋々といった感じでイツキから視線を外す。

 全員がイツキから視線を外したのを確認し……長い紫髪を揺らしながら、少女がイツキに近づいた。

 見た感じ、イツキと同年代だろうか。身長はイツキより少し低い……先ほどの臆しない態度を見ると、なかなか気が強いように感じる。切れ長の目も、気が強そうと感じる原因だろう。


「悪かったわね。ここの人たち、見慣れない顔の人が来ると、こんな感じで絡むのよ」

「南部のギルドは治安が悪いと聞いたが……納得の空気だな。アルマ、大丈夫か?」


 ふるふると首を振り、全然大丈夫じゃないと態度で伝えてくる。

 コイツ、結構余裕あるな。とか思いながら、イツキは受付の女性と向かい合った。


「えっと……それで、登録料はいくらだ?」

「お一人様、銀貨20枚になります」


 当然のように銀貨を40枚取り出し……え、自分も冒険者になるの? と言いたげなアルマが、顔を青くさせながらイツキを見上げた。

 いちいちアルマに反応してたら時間が掛かる。無視して受付の女性に銀貨を40枚渡した。


「それでは、こちらにお名前をお願いします」

「あー……代筆を頼んでもいいか?」

「はい、構いませんよ。お名前をお願いします」

百鬼(なきり) (いつき)だ。百鬼が家名で、樹が名前な」


 普通とは違う名前に、受付の女性がピクッと眉を上げるが……特に興味がないのか、サラサラと紙に名前を書いた。

 一方のアルマは……置いてある筆を取り、別の紙に名前を書いている。


「それでは、こちらの冒険証に魔力を流してください」

「魔力を?」

「はい。今後のクエスト報告や、何かあった際、本人確認をするのに必要となりますので」


 よくわからないが、言う通りにしておこう。

 渡された名刺のような物に、イツキはアルマの見よう見まねで魔力を流し始めた。

 ──名刺のような物が、淡い光に包まれる。

 それと同時、冒険証に文字が刻まれ──イツキの名前と、年齢が浮かび上がった。


「これで冒険者登録は終了となります。冒険者についての説明は必要ですか?」

「一応、頼む」

「承知しました。それではまず──」


 受付の女性の話をまとめると、こんな感じだ。

 冒険者に階級はない。誰が上とか、下とかが存在しないのだ。

 ただ、ギルドからの信頼によって受けられるクエストが左右される事はあるらしい。

 クエストというのは、依頼の事。モンスターの討伐や、頼まれた薬草や鉱石の採集などがある。

 クエストを受け、達成すればお金が貰えるのだ。


「簡単になりましたが、説明は以上となります」

「ん……ありがとう」

「それでは、あなたに女神の加護があらんことを」


 そう言って、女性が深々と頭を下げた。

 イツキも頭を下げ、まだくっ付いているアルマと共に、クエストでも受けてみるかと、紙の貼られた木の板に向かう。


「ねぇ」

「んあ? ……あんた……えっと……」

「ランゼよ。ランゼ・フォルニア」

「ランゼか……なんか用か?」

「いえ、折角だから、あたしが色々と教えようかと思ってね」


 薄い胸を張って、ランゼという少女が手を差し出してくる。

 折角だし、お世話になるか。

 そう思い、イツキがランゼの手を握り……ふと、ギルドの男たちが、不思議な視線を向けている事に気づく。

 先ほどまでの不愉快な視線とは違う……なんというか、同情が含まれているというか……?


「それじゃ、あたしがクエスト探してくるから、ちょっと待ってて!」

「あ……ああ」


 元気にクエストボードに向かうランゼと、不思議な視線を向けてくる男たちを交互に見ながら、イツキは首を傾げたのだった。

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