表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/17

6話

「──おや、早かったね。その子は……落ち着いたかい?」

「あ……すまん。わざわざ起きてたのか」


 1時間ほど外を歩いただろうか。

 もう夜泣きしないだろうと判断し、イツキがアルマを抱っこした状態で宿に戻ってきた。


「……どうしたんだい? 何かあったのかい?」

「いや……俺にもわからない。コイツとは、今日知り合ったばかりだし……」

「……? ……どういう事だい?」

「コイツは売られてたんだよ。奴隷としてな」


 イツキの言葉に、女将が驚いたように目を見開いた。

 そして……これまでのイツキとアルマの会話に納得したのか、何やら苦笑いを見せる。


「……そうだ。アンタ、夜ご飯あんまり食べてなかっただろう? 余り物で作るから、ちょっと待ちな」

「え? いや、いいよ。こんな夜遅くに悪いし」

「いいんだよ。ほら、座りな」


 キッチンに向かい、何やら食材を刻み始める女将。

 夜泣きで迷惑を掛け、さらには夜中に料理までしてもらうなんて……イツキにしては珍しい、申し訳ないという思いが出てくる。

 だが……腹が減っているのは事実。

 イツキは女将の優しさに甘える事にして、アルマを近くの長椅子に降ろした。

 自分は近くの椅子に座り、気持ちよさそうに眠るアルマを眺める。


「……その子、『地霊族(ドワーフ)』だろう?」

「わかるのか?」

「何となくだけどね、他種族だっていうのはわかるよ……でも、不思議だね」

「不思議って……何がだ?」


 手際よく料理を進める女将が、気になる事を口にした。

 反射的に聞き返すイツキと、すうすうと眠るアルマを交互に見て……女将が、自分の目を指差しながら説明した。


「目、だよ」

「目……?」

「普通の『地霊族(ドワーフ)』はね、目の色が紅色なんだよ。でもその子は……蒼色だったろう?」


 長椅子で眠るアルマの目は……確かに、美しい蒼色だった。

 しかし……普通の『地霊族(ドワーフ)』は、目の色が紅色?

 普通と違う。そういう理由で一族に差別されていたのかも知れない……だが、本当にそれだけなのか?

 ただ目の色が違うだけで、家族すらも見放すのか?


「ほら、できたよ」

「……ありがとう」

「いいんだよ……その子は、どういう経緯で奴隷になったのか、聞いてもいいかい?」

「え? ……別にいいけど」


 出された食事を食べながら、イツキはアルマを買うまでに起きた事を話した。

 自分は記憶喪失で、自分の事を知っている人を探して国を転々としている事。

 この国の近くに来て、ドラゴンと戦っているグローリアスを助けた事。

 その時の謝礼金でアルマを買った事。

 記憶喪失は嘘だが……その他は、嘘偽りなく真実を話した。


「そうかい……大変だったんだねぇ」

「……まあ……」


 パクパクと手早く料理を食べ進めながら、イツキが相槌を打つ。

 今のイツキの体調は……最悪だ。

 寝不足。疲労。空腹……とりあえず、腹が膨れたら眠りたい。まあ、眠れるかどうかはわからないが。


「……この世界は、ちょっと寒いな……」

「うん?」

「いや……何でもない」


 料理を食べながら、イツキがポツリと言葉を漏らした。

 イツキの言葉を聞いた女将が、何を言ったのかと聞き返し……誤魔化すように食べ進める。

 ──と、2人しかいないはずの空間に、第三者の声が聞こえた。


「…………ぁ……ふ……?」

「ん……起きたか、アルマ……大丈夫か?」

「ふぇ? ……大丈夫であります……?」

「そうか……ならよかった」


 むくりと体を起こし、目元をごしごしと(こす)るアルマを見て、イツキの表情が柔らかくなった。

 先ほどのヘタクソな笑みとは違う、自然に浮かんだ笑み。

 そんなイツキと目を合わせるアルマが、不思議そうに首を傾げる。

 何も事情を理解していないアルマの頭をぐりぐりと撫で、気にするなとイツキが優しく笑った。


「……イツキ様、ずっと起きてたでありますか?」

「まあ……色々あって眠れなくてな」


 一気に夜飯を口に入れ、飲み込んだ。

 そのまま女将に頭を下げ、階段へと向かう。


「……あの……イツキ様?」

「なんだ?」

「その……なんで自分たちは、1階にいたのでありますか?」

「……お前、悪夢でも見たのか?」

「え? ……覚えてないであります」


 質問には答えず、逆に質問で返す。

 きょとん、とアルマがイツキを見上げ……ふるふると首を横に振った。


「そうか……覚えてないなら、別にいい。部屋に戻るぞ」

「は、はっ! 了解であります!」

「大声を出すな。他の客に迷惑だろうが」

「あっ、も、申し訳ないであります……」


 結局、アルマの質問には答えないまま、イツキとアルマが階段を(のぼ)り始める。

 2階の端にある部屋の扉を開け、ふらふらとベッドに向かい──倒れ込んだ。


「い、イツキ様?!」

「………………寝る……お前も……寝とけよ……」


 倒れ込んだ体勢のまま、イツキの意識は、少しずつ眠りに引き込まれていった。


────────────────────


 不思議な『人類族(ウィズダム)』だ。

 すぅすぅと眠る少年を見て、幼い『地霊族(ドワーフ)』の少女は笑みを浮かべた。


 奴隷との契約を結ぶには、本来『奴隷証(どれいしょう)』という紋様を刻まなければならない。

 その『奴隷証』に所有者となる者の魔力を注ぎ……そうして、奴隷との契約が結ばれるのだ。


 なのに、この少年は……『奴隷証』を刻む事もなく。奴隷であるはずの少女に荷物を持たせる事もなく。さらには食べる物さえ平等に与えてくれて。

 誰かにここまで優しくされたのは、生まれて初めてだった。


「……ナキリ・イツキ様……」


 眠る少年の名前を呼ぶ。もちろん返事はない。

 ……不思議な名前だ。家名と名前が逆だなんて。

 そういえば……昼間、この少年は変な事を言っていた。

 自分が自己紹介をした時、それって、アルマが名前でいいんだよな? と。

 まるで、どちらが名前かわかっていないような……そんな事、普通はあり得ないんだろうけど。

 あり得ないと言えば……少年の持っている不思議な魔道具(アーティファクト)もだ。

 本人は魔道具(アーティファクト)ではないと言っていたが……原理の不明な所や、凄まじい力を持っている所は、魔道具(アーティファクト)そっくりである。

 ……この少年は、魔道具(アーティファクト)地霊道具(ドワーフ・ツール)の事も知らない様子だった。

 この少年は、何者なのだろうか?


「ぅ……んん……」


 ごろりと寝返りを打ち、不思議な少年がこちらを向いた。

 ……黒髪に黒目……改めて見ると、見た事のない色の組み合わせだ。

 黒髪の人はたまにいるけど、黒目というのは珍しい。


 ぴょん、とアルマがベッドから降り、隣のベッドに眠る少年に近づいた。

 ぼさぼさの黒髪に手を伸ばし……もさっとした感触に、くすぐったさを感じる。

 ……もう少し、近づいてみよう。

 眠るイツキの隣に座り、今度はほっぺを突いた。

 柔らかい。女の子のようだ。

 と、そんなアルマの指を()けるように、イツキが再び寝返りを打った。

 転がった先にあるアルマの太ももにぶつかり……何を思ったか、いきなりアルマの太ももに抱きついた。


「ぇっ……ええ?!」


 予想外の出来事に、思わずアルマの口から大声が漏れ出し──慌てて口を手で塞いだ。

 危ない危ない。大声を出すなと言われたばかりだった。


「……寝てるで……ありますよね……?」


 太ももに顔を埋めるイツキから、返事はない。

 ……そう言えば、結局、なんで1階にいたのか教えてもらっていない。

 まあでも……この人は、悪い人ではない。

 1階にいたのも……何か理由があったのだろう。


「……この人、なら……」


 奴隷であるはずの自分にも優しくしてくれて。平等に扱ってくれて。自分の食べる料理を分けてくれて。服を買ってくれて。ヘタクソな笑みを向けてくれて。

 ──この人なら、信用できる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ