17話
「……にゃ〜……何度来ても、奴隷販売所の空気は慣れないにゃ〜」
──この国には、一体いくつの奴隷販売所が存在するのだろうか。
イツキが知るだけでも、アルマを売っていた場所、この少女を売っていた場所、そして今いる場所の三つ。
この国も色々と大変なんだな──そんな事を思いながら、イツキは奴隷販売所の奥へと進んでいく。
「……相変わらず、ドイツもコイツも狂った目をしてるな……」
奴隷に値段を付けて盛り上がる会場を見て、イツキがうんざりしたようにため息を漏らす。
何気なく、売られている奴隷に目を向け──固まった。
「……にゃ? どうかしたかにゃ〜?」
少女の問い掛けには答えず、イツキは一人の奴隷を凝視している。
──金髪に金瞳の少女だ。
背中からはひし形の半透明な羽が六枚ほど生えており、一目で『人類族』ではない事がわかる。
──『妖精族』。グローリアスに教えてもらった知識の中に、その種族の情報があった事を思い出す。
『世界樹 ユグドラシル』を中心に建てられた国、『妖精国 ティターニア』で暮らしており、『妖精族』の中で『赤妖精族』や『青妖精族』など、細かく分類分けされているのが特徴的な種族だ。
外見的特徴を見るに、あの『妖精族』は──かなり珍しい種の『黄金妖精族』だろう。
だが、イツキがその少女に注目した理由はそれではない。
イツキが少女に目を引かれた理由は──
「……泣い、てる……?」
そう──泣いているのだ。
誰一人として泣く事なく、自分が買われるか不安そうにしている中──あの少女だけは、泣いているのだ。
「……悪い。あの奴隷は見過ごせない」
「にゃ〜……好きにしたらいいにゃ〜。ただ、金はあるのかにゃ〜?」
「聖金貨三枚……あとは魔金貨とかが何枚かだ」
「……まあ、買えなくはないかにゃ〜……」
腕を組み、少女を見つめるイツキ。
と、イツキの視線に気づいたのか、少女が顔をこちらに向けた。
──救いを求めるような視線。
絶望のあまり、感情を失っていたアルマとは違う──少女にはまだ、感情がある。
「チッ……おいネコ。少しここで待っていろ」
「にゃ? どこに行くのかにゃ〜?」
「……あの子をあのまま放置できるかよ」
イツキが歩み出し──真っ直ぐに司会の元に向かう。
司会の男もイツキに気付き、首を傾げながら問い掛けた。
「おや、どうされました?」
「あの『黄金妖精族』を買いたい。目玉商品なのはわかるが、今から販売してくれないか?」
「えぇ、構いませんよ。では、席にお戻りください」
「……すまない」
司会の男に感謝を述べ、イツキは近くにあった木製の椅子に腰掛ける。
そして──あの少女が客の前に立たされた。
「ではでは皆様! 本日の大目玉ですよ! 実の親に捨てられ、奴隷に堕ちた『黄金妖精族』です!」
「ウォオオオオオオオオオッッッ!!!」
「ではこの奴隷──聖金貨十枚から!」
──シンと、会場内が静まり返る。
「……いませんか? では、聖金貨八枚!」
誰も手を挙げない中──イツキは、心の中で手を組んで祈っていた。
……このまま聖金貨三枚まで誰も出るな。そこまでいけば──
「では、聖金貨五枚!」
──客からの反応はない。
しょうがないと肩を落とす司会の男が、ヤケクソ気味に声を上げた。
「仕方がありません──聖金貨一枚から!」
「聖金貨一枚と魔金貨五十枚!」
「聖金貨二枚ッ!」
「聖金貨二枚と魔金貨十枚!」
一気に盛り上がる会場──そんな中、イツキがスッと手を挙げた。
「聖金貨三枚」
会場中の視線がイツキに集中した。
──沈黙が辺りを包み込む。
これ以上待っても誰も出ないと判断したのか、司会の男がパンッと両手を打ち鳴らした。
「では聖金貨三枚で落札です!」
「……『奴隷証』はどこで刻める?」
「『奴隷証』なら、店の奥ですよ。値段は奴隷一人につき金貨一枚です」
「そうか……わかった、ありがとう」
司会の男から鍵を受け取り、『黄金妖精族』の少女に近づく。
こちらを見上げる少女の手を取り、手錠の鍵を開けた。
「……ついて来い。お前を自由にしてやる」
手を差し出し、少女を真っ直ぐに見据える。
……正直、目のやり場に困る。
奴隷の服を着ているから、かなり肌を露出しており……加えてこの少女は、かなり胸が大きい。
自分を見下ろすイツキと、差し出された手を交互に見て──少女がイツキの手を握った。
「…………よろしくお願い、しますわ……」
「おう。おいネコ。『奴隷証』を刻みに行くぞ」
「わかってるにゃ〜」
二人の少女を引き連れ、店の奥へと進んでいく。
やがて一つの部屋に辿り着き──中にいた男が、イツキたちの方を振り向いた。
「……『奴隷証』か?」
「ああ。頼めるか?」
「……二人だったら、金貨二枚だな……」
「いや、こっちの子には『奴隷証』はいらないんだ」
「そうか……」
金貨を手渡すイツキ──その言葉が予想外だったのか、『黄金妖精族』の少女が大きく目を見開いた。
そして、おずおずと口を開く。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「な、なんでワタクシには、『奴隷証』を刻まないんですの……?」
「あ? 別にお前に『奴隷証』とかいらないだろ。コイツはちょっと事情があるから『奴隷証』を刻んでもらってるだけだ」
少女が困惑するのも無理はない。
自分の奴隷には『奴隷証』を刻むのが常識だ。それにより、主人は奴隷の行動を抑制し、裏切り行為を防いでいる。
だが、イツキの言葉は──自分を裏切って寝首を掻いて良いと言っているのと同じ。
故に、この少女は驚いているのだ。
「んで、『奴隷証』ってのはどうやって刻むんだ?」
「……お前、『奴隷証』を刻むのは初めてか……?」
「ああ。悪いが手順を教えてくれ」
「……奴隷をそこの魔法陣の上に立たせろ……あとは、そうだな……お前の血を、魔法陣に付けろ……」
「……わかった」
「にゃ〜。わかったにゃ〜」
猫少女が魔法陣に立ち、イツキは男から差し出された針を受け取った。
指先に針を突き刺し──プクッと出てきた血の玉を、魔法陣に擦り付ける。
瞬間──魔法陣が輝き始めた。
「……“己の身を他人に預けんとする者よ。今ここにその勇気を示し、終に至らん覚悟を抱け”」
男が何かを呟き──魔法陣がさらに強く輝いた。
「『眷属魔法』──『サーヴァント・マーカー』」
「にゃ──」
魔法陣の光が猫少女を包み込み──室内に白い煙が立ち込める。
鼻を刺激する甘い匂いに眉を寄せ、煙が霧散するのを待ち──
「──にゃ、にゃ〜? 終わったのかにゃ……?」
困惑した様子の少女──その腹部に、赤黒い模様が刻まれている。
あれが『奴隷証』だろう。
「……これで終わりだ」
「悪いな、助かった」
黒いマントを翻し、イツキが奴隷販売所を後にする。
屋敷へと帰る中──ふと思い出したように、金髪金瞳の『黄金妖精族』へ振り返った。
「……? な、なんでございますか?」
「いや、そういえば名前を聞いてなかったと思ってな。俺は百鬼 樹だ。イツキで構わない。アンタは?」
できるだけ少女を安心させようと、イツキは柔らかな笑みを浮かべて自己紹介をする。
「あっ……も、申し訳ございません。ワタクシ、ティリス=オルテナ・アーフォイドと申しますわ」
「ティリスだな。先に言っておくが、俺は別にお前を奴隷扱いするつもりはない。俺を敬う必要もないし、俺の元から離れたいならいつでもそう言えばいいからな」
言いながら、イツキが再び歩き始める。
帰ったら、シャルロットたちになんと説明しようか──そんな事を考え、イツキは深々とため息を吐いた。
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「──それで?」
腕を組むシャルロットが、絶対零度の視線をイツキに向ける。
「いや、だからさっき説明した通りだって」
「……あの方が奴隷なのは、何となくわかっていました。能力を持っているネコなんて普通はいないので、奴隷商人が必死になって探すのもわかります。そして……あの方を助けるために、『奴隷証』を刻んだのも理解しました」
「なら──」
「ですが! その方は誰ですか?!」
ティリスを指差し、シャルロットが興奮した様子でさらに続ける。
「なんなんですか?! なんで帰って来たら女性を連れているんですか?! 胸ですか?! やっぱり胸ですか?! 結局は大きい胸が好きなんですか?! 胸が小さい女性でも良いって言ってたじゃないですか!」
「落ち着け。頼むから」
「落ち着いてなんていられませんっ! 酷いです、あんまりです! 今日からイツキさんと同じ屋敷の中で暮らせると思って嬉しかったのに、いきなり女性を連れてくるなんて! この浮気者っ!」
「いや、だから……はぁ……」
聞く耳を持たないシャルロットに、イツキはため息を吐いた。
「……とりあえず、俺は別に胸が大きいからティリスを買ったんじゃない。アルマの時と同じで、望んで奴隷になっていたわけじゃないから、同情して買っただけだ」
「……本当ですか……?」
「ああ。だから落ち着け」
イツキの説明を聞いてようやく納得したのか、シャルロットがソファーに座り直した。
「……ティリス。自己紹介をしとけ」
「は、はい。わかりましたわ」
イツキの黒い服を着るティリスが、大広間に集まっている全員に深々と頭を下げた。
「……ティリス=オルテナ・アーフォイドです。これから、よろしくお願いしますわ」
「……オルテナ・アーフォイド……?」
イツキと猫を覗く全員が、ティリスの自己紹介を聞いて眉を寄せた。
そんなシャルロットたちの反応を見て──ティリスは寂しそうに呟いた。
「皆様お察しの通り──ワタクシは、『妖精族』の元王族ですわ」