16話
「う……にゃ〜……?」
気絶していた少女が目を覚ました。
──辺りは薄暗い。時刻は夕方過ぎだろうか。
「ん、起きたか」
「っ?!」
突如聞こえた声に、少女は大きく飛び退こうと──して、身動きが取れない事に気づく。
自分の手足に視線を向けると──両腕両足が、太い縄で縛られていた。
「悪いな。さっきにみたいに暴れられると困るから、とりあえず拘束させてもらった」
「にゃ〜……まあ、それも当然かにゃ〜」
「ちなみに、余計な動きをすれば容赦なく撃つからな」
地面に銃口を向け、引き金を引く。
弾丸は地面を抉り飛ばし、辺りに土くれが飛び散った。
「……ずいぶん危ない物を持ってるにゃ〜?」
「お前が余計な事をしなければ使う事はない……今からいくつか質問するから、それに答えろ。いいな?」
無言を肯定と判断し、イツキが少女に続けた。
「そもそもの話だ。お前はなんで俺たちを襲った?」
「にゃ〜? お金がないから、金目の物を貰おうと思っただけにゃ〜」
「そうか……次だ。お前、猫なのか?」
「にゃ〜……よく気づいたにゃ〜?」
まあ、気づいたのはイツキではなくシャルロットだが──その事は口にしない。
「最後の質問だ──お前、奴隷か?」
「──にゃ〜……その通りだにゃ〜」
……なるほど。
ただの猫が能力を持って人になっている──そんなレアな猫、奴隷商が見逃すわけがない。
「奴隷商に捕まり、何とかしてその場から逃げ出したが、奴隷商から依頼を受けた奴らから襲われて、傷を負いながらこの路地裏に逃げ込んだ──って感じか」
「……そうだにゃ〜。あいつら、遠慮なく攻撃してくるから迷惑なんだにゃ〜」
「なるほどな……そりゃ、俺らを敵と思うよな」
コイツも大変な目に遭ってるんだな──そんな事を思いながら、イツキは魔力銃を収めた。
「今から拘束を解く。いきなり襲ったりするなよ?」
「にゃ〜。キミが攻撃してこないなら襲ったりしないにゃ〜」
「本当だろうな……」
少女の前にしゃがみ込み、縄を解いていく。
もう少しで足の縄が取れる──寸前。
「──おっ……見つけた見つけた」
──路地裏に響いた第三者の声に、イツキは素早く魔力銃を抜いた。
視線を向けると──四人の男たちが、こちらに歩いて来ているのが見えた。
「そこで止まれ。何者だ、お前ら」
「ふん。俺たちに向かってその口の利き方──死に値するぞ」
顔に深い傷の入った男が、手に持っていた大剣の切っ先をイツキに向けた。
「おー? アバン。コイツ、おれらの事知らねぇんじゃね?」
「……そうか。道理で逃げ出さないわけだ」
アバンと呼ばれた男が獰猛に笑い、腰に下げていた二本の短剣を抜いて構えた。
「オレは『アンバーラ 北部ギルド』所属のアバン」
「同じくユージ」
「……ライド」
「おれぁガルドル」
「『アンバーラの竜殺し』とは、オレたちの事だ」
男たちの名乗りを聞き──イツキは瞳を細めた。
──まさかコイツら、ランゼが言っていた北部ギルドのベテラン冒険者か?
「見た感じ、あんたも冒険者だろ? 同じ冒険者っつー事でこの場は見逃してやっから、とっととどっか行け。な?」
ガルドルと名乗った男が、ニヤニヤと笑いながら少女に視線を向ける。
「……にゃ〜……!」
「おい、自力で縄を解けるか?」
「ちょ〜っと厳しいかにゃ〜……!」
「チッ……そこから動くなよ」
銃口を少女に向け──二度、引き金を引いた。
青白い弾丸が少女の手足に迫り──拘束していた縄を撃ち抜いた。
「ふむ……お前は、その奴隷の味方をするんだな?」
「事情が事情だからな。悪いが、コイツの事は見逃してもらう」
「はっ。おれらが見逃すと思ってんのか?」
「……こちらも、依頼を受けて行動しているのでな……その少女は、こちらに引き渡してもらう……」
「では──いくぞ」
アバンとユージが身を低くし──地面を蹴って、イツキに襲いかかる。
素早く銃口を合わせ、機動力を奪うために足を狙い──
「【硬質化】、【衝印】っ!」
アバンとユージがイツキに攻撃を仕掛ける──寸前、少女がイツキの前に現れ、アバンとユージを攻撃を弾き返した。
「お前……」
「ほう……そのガキを庇うのか。てっきり、ガキを置いて逃げるかと思ったんだがな」
「勘違いしないで欲しいにゃ〜。この人に死なれると、夢見が悪いってだけにゃ〜」
イツキを庇うように立ち、硬質化した剛爪をペロリと舐める。
「今ので『回復魔法』を使ってくれた礼は返したにゃ〜……これでもう、貸し借りはゼロ──」
──バァンッ! という重々しい音。
弾丸が少女の頭上を走り抜け──死角から迫る矢を木っ端微塵に吹き飛ばした。
「…………よく、気が付いたな……」
「ほう。ライドの【自動追尾】に対応するとは……どうやら、なかなかに楽しめそうだ」
「おいアバン。依頼の事は忘れていないよな?」
「当たり前だ。だから──依頼の範囲内で、遊ぶぞ」
「そんじゃ、おれとライドはいつも通り援護かね」
言いながら、ガルドルが懐から指揮棒のような杖を取り出した。
「これでまた、貸し一つだな」
「にゃ〜……すぐに返してやるにゃ〜」
──さて、どうする。
話し合いでは解決できそうにない雰囲気。さらに相手は、少女の事を狙っている。
うまくこの場を逃げられたら良いが──この四人が、それを見逃すはずもない。
「おい猫。何人までなら同時に相手できそうだ?」
「んにゃ〜。正直、遠距離からの援護が厄介なんだにゃ〜」
「わかった。なら、接近戦は任せる。隙を見て逃げるぞ」
イツキの言葉に、少女は驚いたように目を見開き──その口元に、呆れと喜びが混じった複雑な笑みを見せた。
「にゃ〜……キミ、どうやら根っこから甘いみたいだにゃ〜?」
「んな呑気な事言ってる場合か──来るぞ」
迫るアバンとユージに対し、少女は剛爪を構えて迎撃。
その隙を見て、ライドが矢を三発連続で射ち、ガルドルが魔法で炎の球体を放つ。
殺しはしない程度に抑えてはいるが──数秒後には、少女が致命傷を負う事だろう。
──この場に、イツキがいなければの話だが。
「ふぅ──」
気持ちを整えるように息を吐き──連続で六回、魔力銃の引き金を引いた。
青白い弾丸は寸分の狂いなく狙った場所へと放たれ──迫る三本の矢を正面から粉砕し、燃える火球を霧散させ、アバンとユージの足を撃ち抜く。
「ぐ、ぁ……?!」
「なんだ、これは……?!」
正確に膝を撃ち抜かれたアバンとユージが、その場に崩れ落ちる。
──普通に撃っただけでは、アバンとユージには当たらなかっただろう。
あの少女が上手く立ち回り、イツキがアバンとユージの視界に入らないように動いて、魔力銃の弾丸を回避できないような体勢に持っていった──故に、狙った通り正確に撃つ事ができた。
獣の本能、というやつだろうか。
「おい、逃げるぞ──って、うおッ?!」
「大人しくするにゃ〜──【衝印】っ!」
踵を返し、その場から逃げようと──して、イツキの体が少女に持ち上げられる。
そして──少女の足元にオレンジ色の模様が浮かび上がり、その模様に弾き飛ばされたように、少女が空を跳んだ。
───────────────────
「──にゃ〜……ここまで来れば、簡単には追って来れないはずだにゃ〜……」
めちゃくちゃに逃げ回り──ようやく安心できる場所に着いたのか、少女がイツキを下ろしてため息を吐いた。
「うっ──おえっ……気分悪ぃ……」
内臓を振り回された影響か、イツキが気持ち悪そうに呼吸を繰り返す。
「あはっ、情けないにゃ〜?」
「るっせぇよ……!」
何度も深呼吸を繰り返し──ようやく落ち着いたのか、イツキが少女に視線を向けた。
「……よし……とりあえず、こっからどうするかだな」
「にゃ〜……そこなんだにゃ〜」
困ったように頬を掻き、少女が壁にもたれ掛かる。
「国外に逃げるにしても、行く宛がないから野垂れ死にそうだしにゃ〜……ほんと、どうするかにゃ〜」
苦笑を浮かべる少女を見て──イツキは、何とも言えない気持ちになる。
数秒ほど何かを考えるように眉を寄せ──そして、腕を組んで言った。
「……本当にどこにも行く宛がないなら、うちに来るか?」
「にゃ?」
「幸い、部屋はまだ空いてる。今はまだ金もあるし、お前一人ぐらいならどうにでもなる」
「……にゃ〜……いいのかにゃ〜?」
「この状況で嘘なんか言うかよ……それで、どうする? あの冒険者共が来るから、早く決めろ」
「にゃ〜……なら、キミのお世話になろっかにゃ〜」
表情が明るくなる少女──どこか嬉しそうに見えるのは、気のせいではないだろう。
「それじゃ、『奴隷証』を刻んでもらいに行くかにゃ〜」
「……『奴隷証』?」
「自分の奴隷に刻む証の事にゃ〜。これを刻んでおくと、奴隷は主人に逆らえなくなるのにゃ〜。知らないのかにゃ〜?」
「……それで、なんでわざわざその『奴隷証』を刻みに行くんだ?」
「基本的に、『奴隷証』のある奴隷に手を出す事は禁止されているのにゃ〜。だから──」
「お前を俺の奴隷って事にしとけば、とりあえずは冒険者とかに襲われなくなる……って事か」
「そういう事にゃ〜」
「……わかった。『奴隷証』を刻みに行こう。どこで刻んでもらえるんだ?」
「奴隷販売をしてる所ならどこでもいいにゃ〜。あの四人組に見つかる前に、とっとと行くにゃ〜」
迷いなく駆け出す少女に続き、イツキは奴隷販売所を目指して走り出した。