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15話

「──ってなわけだ。頼めるか?」


 『アンバーラ 南部ギルド』入り口前。

 軽い調子のイツキの言葉に、少女は紫紺の瞳をスッと細めた。


「あのねぇ……あたしはガイドじゃないの。そこんとこわかってる?」

「当たり前だろ」

「だったら、あたしじゃなくて正式なガイドに頼みなさい。あたしが案内する店なんかより良い店に連れて行ってくれるわよ」

「そんな事言ったって、そのガイドがまともに仕事をするかわからないだろ? 適当な店に案内して終わりって可能性だってあるんだし」

「そうは言っても……はぁ……」


 諦めたように肩を落とし、ランゼが深い深いため息を漏らした。


「……先に言っとくけど、文句は受け付けないから」

「助かる」


 呆れたようにため息を吐くランゼが歩き始め──イツキたちもその後を追いかける。


「それで、欲しいのは家具だけ?」

「んや、ストレアが服を買いに行くって言ってたから、服屋の案内も頼みたい」

「仕方ないわね……わかったわ。その代わり、あたしが『破滅魔法』を撃ちに行くのに付き合いなさい」

「……わかった」


 またあの大惨事に巻き込まれなければならないのか……ため息を吐くイツキが何気なく隣を見ると、青ざめた顔のアルマがイツキの袖を握っていた。あの大惨事を思い出して怯えているのだろう。

 その頭に手を乗せ、グリグリと乱暴に撫でた。


「さて……それじゃ頼むぞ、ランゼ」

「えぇ」


───────────────────


「──基本的な生活用品は、これで終わりだな……」

「はい。大きな家具は今日の夕方頃に屋敷へ届けるようお願いできましたし……あとは夕食の材料を買って帰るくらいでしょうか」


 バックパックを背負うイツキの言葉に、フードで顔を隠したシャルロットが頷く。

 このバックパックは、生活用品を買う中で購入した。

 最初はアルマが持つと言って騒いでいたが……シャルロットの存在に気付いた者が攻撃を仕掛けてきた時、イツキよりもアルマの方が動ける。なら、アルマの荷物は極力少ない方がいいという結果になり、アルマは渋々その意見に従っている。


「ストレア、俺らは先に屋敷に戻ってるぞ。帰り道はわかるよな?」

「あまりボクをバカにしないでもらえますぅ?」


 黄色の瞳を鋭く細め、ストレアがイツキを睨み付ける。

 肩を竦めて視線を受け流し、イツキはその場を立ち去った。


「イツキ様。もう帰るのでありますか?」

「そうだな。時間的にも、そろそろ屋敷にベッドとかが届くだろうし」

「了解であります」


 先頭をイツキが歩き、その後ろをシャルロット、最後尾をアルマが歩く。

 ……シャルロットがここにいると気づいた者は、今の所いない。

 だが、何が起きるかわからない。細心の注意を払ったまま屋敷まで──


「……ん……?」


 ふと、イツキが歩みを止めた。

 それに合わせてシャルロットとアルマが歩みを止め、不思議そうに首を傾げる。


「イツキさん? どうしまし──」


 シャルロットが言葉を止め、イツキの視線の先を見つめる。

 ──血だ。その近くには、血のついた矢が落ちている。

 だが、大量に血が出ているわけではない。血があるな、と思う程度の量だ。

 血の跡は路地裏へと伸びており──イツキはそちらへと足を向けた。


「……コイツは……」

「ネコ……で、ありますね」


 血を辿った先には──黒猫がいた。

 その後ろの左足から血が流れ出ており──傷を見た感じ、先ほど落ちていた矢が原因だろう。


「こっちの世界にも、猫とかいるのか……」


 黒猫に近づき、地面に膝を突く。

 真っ黒な瞳でイツキを見上げる黒猫に、イツキは右手を向けた。


「“優しき光よ。傷付く者の身体を癒し、安らぎを与えよ”──『ライト・ヒール』」


 淡い光が猫の足を包み込み──あっという間に傷口が塞がった。

 キョトンとイツキを見上げる黒猫に対し、イツキは膝に付いた砂を払いながら立ち上がった。


「猫にも効果があるのか……本当、魔法って便利──」


 ──ヒュッと、風を切るような音。

 それに気づいた時──イツキの目の前に、鋭い剛爪が迫っていた。


「──わああああああああっ?!」


 剛爪がイツキの顔面を斬り裂く──寸前、銀色の閃きが割り込んだ。

 キィンッ! と甲高い音を立てて剛爪が弾かれ──素早く距離を取ったソイツは、イツキたちに手を向けた。


「“風よ斬り裂け”──『ウインド・カッター』っ!」


 辺りに風が吹き荒れ──ソイツの手から、風で作られた不可視の斬撃が放たれる。

 アルマが素早く迎撃の構えを取り、その後ろでイツキが魔力銃を抜き──


「“走れ(いかずち)”っ! 『サンダー』っ!」


 ──イツキの隣を、青白い雷が走り抜ける。

 不可視の斬撃と青白い雷がぶつかり合い──互いを打ち消し合って、辺りに熱風が吹き荒れた。


「『獣人族(ワービースト)』……? いや、でも……?」


 雷撃を放ったシャルロットが、ソイツに手を向けたまま何度も首を傾げる。

 ──少女だ。年齢はイツキと同じように見える。

 黒髪に黒目、頭からは猫耳が生えており、臀部からは黒色の尻尾がゆらゆらと揺れている。

 先ほどまでは猫だったが──今目の前にいるのは、間違いなく少女だ。


「──うにゃ〜。仕留めたと思ったんだけどにゃ〜?」


 ガチガチに硬質化した剛爪をペロリと舐め、少女がイツキに視線を向ける。


「あなた……『獣人族(ワービースト)』ですか?」

「にゃ〜? それに答える必要はあるのかにゃ〜?」


 少女が両腕からだらんと力を抜き──


「──【衝印(ショック)】」


 少女の足元にオレンジ色の模様のような物が浮かび上がり──グンッと、少女が急加速。

 瞬く間にアルマの前に現れた少女が、硬質化した剛爪を振り抜き──


「──ッ、ああッ!」


 それに合わせ、アルマが剣を振り回す。

 デタラメに振り回しているように見えるが──的確に剛爪を弾き返している。


「ふっ──ぅぅううううううッ!」

「にゃ〜……! 鬱陶しいにゃあ……!」


 凄まじい速さで繰り広げられる攻防──シャルロットは一応構えてはいるが、援護をする隙どころか、魔法を撃つ隙もない。


「【衝印(ショック)】ッ!」


 辺りにオレンジ色の模様が浮かび上がり──少女がピンボールのように跳ね回る。

 対するアルマは剣を正面に握り──歌うように口を開いた。


「“我が内に眠る力よ。今、その力を解放し、我が足に宿る加護となれ”──『クイック』っ!」


 アルマが地面を蹴り──次の瞬間、イツキの隣にアルマが現れる。

 どうやらアルマも、自分の魔法書に目を通していたようだ。


「にゃあ──ッ!」

「うあああああッ!」


 イツキの目の前で火花が散り、背後で金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。

 これがアルマの『光魔法』の力──自身の体を強化する魔法か。


「は、速い……!」


 オレンジ色の模様に弾かれて跳ね回る少女に対し、アルマもまた壁を足場にして縦横無尽に駆け回る。

 ──スッと、イツキが魔力銃を持ち上げた。

 

「……ここだ」


 言いながら、イツキが魔力銃の引き金を引いた。

 青白い弾丸が螺旋状に回転しながら真っ直ぐに射出され──


「ぎにゃっ?!」


 少女の眼前を、弾丸が通り過ぎた。

 慌てて弾丸を躱した少女が、四肢を着いて器用に着地する。

 ──これも【銃使い(ガンナー)】という能力のおかげなのだろう。どこをどう撃てば相手に当たるのかが、本能的に理解できる。


「“我が内に眠る力よ。今、その力を解放し、我が腕に宿る加護となれ”──『パワード』っ!」

「にゃっ──」


 アルマが剣を振り抜き──瞬間、辺りに暴風が吹き荒れた。

 弾丸を無理に躱して体勢を崩していた少女は、風圧に吹き飛ばされ──近くにあった壁に背中を打ち付けた。


「がふっ……!」


 尋常ならざる勢いで壁に激突し──少女の体から力が抜け、動かなくなる。

 どうやら、気絶したようだ。


「はぁ……なんだコイツ、いきなり襲ってきやがって……」

「い、イツキ様、ケガはないでありますか?」

「ん、アルマのおかげでな。アルマもケガはないな?」

「はっ、大丈夫であります」


 魔力銃をポケットに入れ、再び少女の体の観察を始める。

 ……今気づいたが、服がボロボロだ。

 それも、戦いでボロボロになった感じではない。

 この感じは……そうだ。奴隷として売られていた時のアルマの服とそっくりだ。


「まさかコイツ……」

「イツキさん? どうしました?」

「んや……そういやシャル。コイツの事を『獣人族(ワービースト)』って言ってたよな?」

「あ、はい。ああでも、この人は『獣人族(ワービースト)』ではないと思います」

「そうなのか?」

「はい。一見(いっけん)は『獣人族(ワービースト)』に見えますけど、私の知っている『獣人族(ワービースト)』の知識と一致しないと言いますか……少しお待ち下さい」


 眼帯を外し、シャルロットが魔眼で少女を見る。

 数秒ほど少女を見つめ──シャルロットが驚愕したように目を見開いた。


「そんな……だったら、この人は……」

「どうした?」

「いえ、えっと……なんと説明しましょうか……」


 眼帯を付け直し、シャルロットがゆっくりと説明を始める。


「この人は『獣人族(ワービースト)』ではありません。ですので、何らかの能力を持った『人類族(ウィズダム)』かと思いましたが、それも違いました」

「つまり?」

「この人は──ネコです」


 ……ん?


「猫? いやでも、どう見ても人だろ?」

「はい。どうやらこの人は、【人化(ヒューマン)】という能力を持っているみたいです。おそらく、この方が人の姿になっているのは、その能力が原因かと」

「……猫が人になる能力を持っているって事か」

「ね、ネコが能力を持っているなんて、あり得るのでありますか?」

「能力とは、生き物に宿る特殊な力の事です。故に、生き物であるネコに能力が宿っていても……あり得ない話ではありません」


 猫に能力が……そんな事もあり得るのか。


「それで、この人はどうするんですか?」

「ん……このまま放置して行ってもいいが、少し聞きたい事があるな」

「聞きたい事……ですか?」

「ああ。アルマ、お前はシャルと一緒に屋敷に戻れ。そろそろベッドが届くだろうから、シャルと一緒に対応を頼む」

「い、イツキ様、一人で大丈夫でありますか?」

「問題ない。シャルの護衛を頼んだ」

「………………了解であります……」


 渋々了承したアルマが、シャルロットと共に路地裏を後にする。


「さて……なんでいきなり俺らを襲ったのか、しっかり吐いてもらうぞ」


 気絶したまま目を覚まさない少女を見下ろし、イツキはバックパックから頑丈そうな縄を取り出した。

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