12話
「イツキ、アルマ!」
南部ギルドに着くと同時、ランゼがアルマに飛び付いた。
ランゼに撫で回されるアルマを置いて、イツキは──こちらに近づいて来ている、『鬼族』の少女に視線を向けた。
「……あ、あのぉ……たす、助かりましたぁ……」
「気にすんな。お前こそ、ケガは?」
「はいぃ……冒険者の方から『回復魔法』を使ってもらったおかげで、何とかぁ……あ、ボクはストレア・オルニアスと言いますぅ……本当に、助かりましたぁ……」
……こうして見ると、かなり整った顔だ。
肩の辺りで切り揃えた短い緑色の髪に、美しい黄色の瞳。額からは二本の純白の角が生えており、『鬼族』である事を主張している。
だが……男の子か女の子かわからない。
絶壁とも言える胸に、『ボク』という一人称を聞けば男の子だと思ってしまうが……声の高さや顔を見ると、女の子だと感じる事もできる。
「……悪い。本当に失礼な事だと理解して質問させてもらうんだが、女の子か?」
「はいぃ、そうですよぉ」
どうやら、女の子だったらしい。
不思議そうに首を傾げるストレアから視線を逸らし、アルマへ向けた。
「アルマ、剣を返してやれ」
「は、そうだったであります。ランゼ殿、助かったであります」
イツキに言われて気づいたのか、アルマが腰に下げていた剣を返そうとする。
だが──ランゼの手が、アルマの肩に置かれた。
「あげるわよ、それ。あたし、剣とか使えないし」
「で、でも……」
「いいのいいの。イツキの所に向かう途中で買った安物だし、貰って貰って!」
「……い、イツキ様……」
最終的な決定権は、主人であるイツキが持っている──そう判断したのか、アルマがイツキを見上げた。
「あー……いいのか?」
「別にいいわよ。それより、あなたの奴隷なんだから、もっとこの子に合った武器を買ってあげなさい。最低でも、自衛ができるような武器をね」
「あっ、あのぉ……ちょっとよろしいですぅ……?」
申し訳なさそうに、ストレアがおずおずとイツキに声を掛ける。
「ああ、なんだ?」
「……あの『乙女座』は、どうなったんですぅ?」
「逃げられた。一発だけ攻撃が当たったが……あの程度の傷、すぐに治るだろうな」
「……そう、ですかぁ……」
どこかホッとしたように、ストレアの肩から力が抜けた。
その反応を見て──イツキは、ずっと気になっていた事を問い掛ける。
「なあ。なんでアンタ、あの『乙女座』と戦ってたんだ?」
──ピクッと、ストレアの眉が一瞬だけ跳ねた。
「疑問だったんだよ。住人は全員避難してるのに、お前だけ一人残ってあの『乙女座』と戦って……何か理由があるんだろうなって思ってたんだが、その感じだと──」
「あはは……あなた、他人の感情に敏感ですねぇ……?」
幸薄い笑みを浮かべるストレア──その瞳に、黒い感情が宿っている。
「……『鬼国 ヒューラゴン』って、知ってますぅ?」
「えぇ。『鬼族』が暮らしている国の名前よね?」
「はいぃ──その『鬼国 ヒューラゴン』は、一週間ほど前に滅ぼされましたぁ」
ランゼとアルマが驚愕に目を見開き、ストレアが静かに続ける。
「……その様子だと、まだ『人国』の人は知らないようですねぇ……まあ簡単に言うなら、三人の『ゾディアック』が『鬼国』を滅ぼしたんですぅ。その内の一人があの『乙女座』だったので、『鬼族』の仇を討つために戦ってたって話ですよぉ」
「ちょ、ちょっと待って。今の話が本当だとしたら……あなた以外の『鬼族』は、絶滅したの……?」
「そうですねぇ……『鬼族』は基本、『鬼国』の外には出ない種族なのでぇ……運良く生き延びた『鬼族』もいるかも知れませんけど、ボクは会ってないですよぉ」
絶望と悲しみと憎しみと怒り──その他、様々な感情が入り混じっており、ストレアの表情は複雑に歪んでいる。
「……んで、お前はどうやって生き残ったんだ?」
「ちょっとイツキ! そんな聞き方──」
「いえ、いいんですよぉ……ボクが生き残った……いや──生き残らされた理由が聞きたいんですねぇ? では、お話ししますよぉ。と言っても、そこまで複雑な理由はありませんけどぉ」
……生き残らされた?
自力で生き残ったのではなく? 他人の力により生き残らされた?
「ボクには、特殊な能力があるんですよぉ。それがあるから、ボクは他の鬼族に助けてもらって、生き延びる事ができたんですぅ」
「その特殊な能力って?」
「申し訳ありませんけど、そこまで教える事はできませんよぉ」
ニコリと微笑み、ストレアが話を強制終了させる。
「ま、話したくないなら無理には聞かないけど……アルマ、宿に帰るぞ」
「は、はっ! 了解であります!」
「ちょ、ちょっと! この子はどうするの?!」
「どうするって……別にどうもしねぇよ。何かをしてやる間柄でもねぇしな」
冷たく言い残し、イツキが南部ギルドを立ち去ろうとする──と。
「──失礼する。ここにナキリ・イツキという『人類族』と、アルマ・オルヴェルグという『地霊族』はいるか?」
イツキがギルドの扉に手を掛ける──直前、豪華な鎧に身を包んだ男たちがギルドに入ってきた。
その先頭に、先ほどイツキに声を掛けた騎士がいる。
「むっ──数分ぶりだな、ナキリ・イツキ」
「あ、ああ……」
「早速で悪いが、共に王宮まで来てもらおう。そちらの『地霊族』も一緒に──?」
そこまで言って──男の視線が、ある一点に集中する。
視線の先には──ストレアの姿が。
「お前……『鬼族』か……?」
「はいぃ、そうですよぉ。その様子だと、ボクたち『鬼族』がどうなってるのか知ってるみたいですねぇ?」
「うむ……悪いが、君も来てもらえるか? 『人王様』が、『鬼族』に何が起きたのか知りたがっていたからな」
「……国王の近くにいる方は、『鬼国』の状態を知ってるようですねぇ……まあ、いいですよぉ。どうせこの先どうするかも決めてませんしぃ」
騎士たちに連れられるまま、イツキたちは南部ギルドを後にした。
───────────────────
「──久しいな、イツキ君。その様子だと、元気そうだな」
「はい、お久しぶりです、グローリアスさん」
──王宮の謁見の間。
玉座に座るグローリアスが、イツキを見て微笑を浮かべた。
「イツキさん、お久しぶりです!」
「久しぶりだな、シャル」
グローリアスの隣に立っていたシャルロットが、イツキに近づいて美しい笑顔を見せた。
「セシル団長から聞いている。たった二人で『乙女座』を撃退したそうだな?」
「セシル団長……?」
「王国騎士団の団長、セシル・ソルドリアだ。イツキ君と少し話したと言っていたが……」
「ああ、あの人ですか」
イツキに話しかけてきた、リーダー風の騎士。
あの男が、王国騎士団の団長、セシル・ソルドリアだろう。
「それにしても、たった二人で『ゾディアック』を撃退するとはな……」
「たまたまですよ。アルマがいなければ、俺も殺されていましたし」
ポンとアルマの頭に手を置き──褒められて嬉しいのか、アルマがモジモジし始める。
「ふむ……そちらの『地霊族』も強いのだな」
「い、いえっ、自分なんて、そんな……」
「……イツキ君、一つ良いか?」
「はい、なんですか?」
「君たちの体を、シャルの魔眼で見ても良いだろうか?」
……魔眼?
首を傾げるイツキの前で、シャルロットが右目に付けていた眼帯を外した。
瞬間──イツキが驚いたように目を見開く。
シャルロットの右目──なるほど、確かに魔眼だ。
人の目は、白目の部分と黒目の部分に分かれている。
だが、シャルロットの目は──白目の部分が真っ黒で、黒目の部分が真っ赤に染まっている。
「……気持ち悪い、ですよね……こんな歪な目……」
言いながら、シャルロットが悲しそうに笑った。
それに対するイツキの答えは──
「そうか? 俺はカッコ良いと思うけどな」
「えっ……カッコ良い、ですか……?」
「ああ。初めて魔眼なんて見たが……なるほど、こんな感じなのか……」
異世界転移特典の中にも魔眼系統の特典はあったが……こんなにカッコ良いのなら、性能によっては選んでも良かったかも知れない。
シャルロットの顔を覗き込んで魔眼を観察するイツキに──シャルロットは顔を真っ赤にして顔を俯かせる。
──その非対称の瞳には、薄らと涙が浮かんでいるように見えた。
「えーっと……シャル?」
「あーあ、女の子を泣かせましたぁ」
「うるせぇ今の俺悪くねぇだろ……」
茶化すようなストレアの言葉に、イツキは居心地が悪そうに頬を掻いた。
「そ、それでは、失礼しますね」
シャルロットが気持ちを落ち着かせるように息を吐き──イツキを真っ直ぐに見据えた。
「──【鑑定の魔眼】」
シャルロットが何かを呟いた──瞬間、シャルロットの魔眼に、幾何学的な模様が浮かび上がる。
──ゾクッと、イツキの背筋に寒気が走った。
……なんだ? この感じ?
体だけじゃない。体内……いや、それ以上に深い所まで──見られている?
見られているのはイツキだけではない。隣のアルマやストレアも違和感を感じているように見える。
数秒ほど、シャルロットの魔眼が三人を見続け──やがて、シャルロットの魔眼から幾何学的な模様が消えた。
「……? ……これは……?」
「シャル、どうかしたか?」
「い、いえ……何でも、ありません……?」
「そうか……それで、どうだった?」
「はい。三人とも、能力持ちでした」
「ほう……!」
シャルロットの言葉に、グローリアスがどこか感心したような声を漏らした。
「イツキさんの能力は……【無限魔力】に【銃使い】です」
「……ん?」
【銃使い】だと?
ヘルアーシャがイツキに授けた能力は、【無限魔力】だけだったはず。
だが……イツキの体には、【銃使い】という能力も宿っている。
だとすれば……ドラゴンの目を撃ち抜いたのは、偶然ではなくこの能力の力だったのか?
「そして……そちらの『地霊族』の方には、【剣聖の加護】という能力が宿っています」
「へぇ……お前、能力持ちだったんだな」
「じ、自分も初めて知ったであります……」
「最後に、そちらの『鬼族』の方には──」
「あぁ、申し訳ありませんけど、ボクの能力は伏せてもらえますぅ? あまり知られたくない能力なのでぇ」
「そうですか……わかりました」
先ほどストレアは、自分には特殊な能力があるから生き残らされたと言っていた。
シャルロットに自分の能力を他人がいる前で言って欲しくないというのは、そういう事だろう。
というか、勝手に魔眼で能力を知られたのには怒らないのだろうか?
「それより……イツキさん、いくつか聞きたい事があるのですが」
「ん、なんだ?」
「立ち話も長くなってきましたし、座れる場所へ移動しましょう。いいですよね、お父様?」
「うむ」
「アルマさんとストレアさんは客室へどうぞ。騎士たちに案内させますね」
「りょ、了解であります……」
「わかりましたよぉ」
……?
なんだ? 今、違和感が……?
「イツキさん、こちらです」
「……ああ」
違和感の正体を掴めないまま、イツキはシャルロットとグローリアスの後を追った。