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11話

「舞え」


 ヴァーゴの冷たい声に反応し、氷剣が一斉に放たれる。

 剣の強度も、速さも、先ほどまでとは比べ物にならない。

 引き金を引いたまま機関銃(マシンガン)を振り回すイツキは、舌打ちをしながらその場を飛び退いた。

 ──瞬間、先ほどまでイツキが立っていた所を、無数の氷剣が斬り刻む。

 地面に深々と刻まれた氷剣の跡を見て、イツキの体が震えた。


「あっぶねぇ……!」


 あと数秒、回避が遅れていたら死んでいた──迫る『死』を前にして、イツキの顔から血の気が引いていく。


「ちょこまかとよく逃げ回りますね。男らしく、堂々と戦ったらどうです?」

「その瞬間に俺殺されるだろ」

「えぇ、殺しますよ。先ほどの『鬼族(オーガ)』に逃げられて、今の私は少しイライラしていますので。アナタを殺せば、このイライラも少しは治まるでしょう」

「八つ当たりとか、恥ずかしくないのか?」

「女の子相手にビビって逃げ回っているアナタには言われたくないですね」

「まあその通りだな」


 イツキとヴァーゴが戦っているのは、住宅街のど真ん中だ。

 だが……警報を聞いて避難しているのか、住人の気配は全くない。

 だからこそ、今のイツキは銃を乱射する事ができているのだが。


「クソ……このままだと……」


 ──このままだと、いずれ殺される。

 口から漏れる白い息を見て、イツキは小さく舌打ちをした。

 ヴァーゴの魔法の影響だろう。スゴく寒い。

 そのせいか、かなりの速さで体力を奪われている。

 今はまだ大丈夫だが……体力切れで殺されるのも、時間の問題だ。

 ならば──覚悟をするしかない。

 何の覚悟か……そんなの、決まっている。


「……はぁ……」

「どうです? 大人しく殺される気になりましたか?」


 不気味に笑うヴァーゴへ、イツキは無言で機関銃(マシンガン)の銃口を向けた。


「ちょっと、覚悟を決めた」

「覚悟……? 殺される覚悟ですか?」

「いや──」


 ──お前を殺す覚悟だ。

 その言葉を聞いた──瞬間、ヴァーゴの笑みが邪悪な笑みへと変わった。


「では──ようやく、戦いを始められるんですね」

「は?」

「逃げ回るだけの弱者を相手に()()を出すのは、私の美学に反するので。“束ねるは凍てつく冷気。固まるは冷たき意志。集まるは冷酷な殺意。集え、武器よ。思いのままに全てを貪り、我に勝利を”──『エクス・アイシクル・ウェポン・アーツ』」


 ヴァーゴが魔法名を呟いた──直後、辺りの温度がさらに低くなった。

 急速に体温を奪われていく感覚に、思わずイツキの体がブルリと震えてしまう。

 いや……体が震えた原因は、寒さだけではないだろう。


「……嘘、だろ……」


 剣が、槍が、棍棒が、鎚が、戦斧が、短剣が、大剣が、鎌が──氷で造られた様々な武器が、ヴァーゴの周りに浮いている。

 その数──先ほどまでの戦いが、遊んでいたと言われても信じてしまうほど。

 否。実際に遊びだったのだろう。先ほど、ヴァーゴもそう言っていたのだから。


「さあ──戦いを始めましょう」

「ぁ──」


 ヴァーゴが手を振り下ろした──瞬間、無数の氷武器がイツキに放たれる。

 予想外の出来事を前に、イツキは一瞬だけ呆然と固まったままだった。

 ──その一瞬は、致命的な隙。

 波のように迫る氷武器を前に、イツキは己の死を幻視した。


「──わああああああああああああっ?!」

「おうっ──?!」


 氷武器がイツキに襲い掛かる──寸前だった。

 何者かが真横からイツキにぶつかり、イツキが地面を転がった──と思ったら、イツキの足が掴まれた。

 そのまま引き()るように引っ張られ──突然の出来事に、イツキは両手で頭を守る事しかできない。


「うわっ、わあっ?! うわああああああああああああああああっ?!」

「痛っ、痛?!」


 遠慮なく引き摺り回され──家の陰に隠れた所で、ようやく止まった。

 苦痛に顔を歪めながら、イツキが自分を引き()った者へ視線を向け──そこにいた人物を見て、驚愕に目を見開いた。


「あ、アルマ?! 何やってんだ?!」

「そっ、それは自分のセリフであります! イツキ様、なんで『乙女座』の攻撃を避けようとしなかったのでありますか?!」


 ヴァーゴの攻撃からイツキを逃した者──アルマが、涙目になりながらイツキの首元を掴む。


「あ、あれは……たまたまだ。次は避ける。それより、あの女の子は?」

「ランゼ殿に任せたであります」

「ランゼに……? どういう事だ?」

「……ランゼ殿、イツキ様の事を心配して、ここに向かって来ていたであります」


 アルマが言うには、こういう事らしい。

 『鬼族(オーガ)』の少女を運んでいたアルマは、南部へ向かって来ていたランゼと遭遇した。

 『ゾディアック』が現れた事により、『アンバーラ 南部ギルド』はパニックになっており、誰も戦おうとしていない。今の状態だと、長時間イツキが一人で『ゾディアック』と戦う事になる。

 王宮があるのは国の中央。つまり、王国騎士隊が来るのは時間が掛かる。『アンバーラ 北部ギルド』のベテラン冒険者が来るのは、さらに時間が掛かる。

 足手まといでも、人数は一人でも多い方が良い──そう思ったランゼは、イツキを助けようと『ゾディアック』の所へと向かっていたらしい。


「んで、その剣は?」

「ランゼ殿に貰ったであります」

「そうか……ああ、そういえば」


 左腰に剣を下げているアルマの頭を、イツキが乱暴に撫でた。


「……助けてくれて、ありがとな」

「はっ……はっ! どういたしまして、であります!」


 もっと優しく運んでくれたら良かったのだが──そう思うが、口にはしない。

 臆病でビビりなアルマが、恐怖心を押し殺して助けに来てくれたのだ。

 感謝はしても、文句なんてない。


「一応聞くが、剣は使えるのか?」

「……使った事はないであります」

「だよな……なあ、アルマ」

「はい?」

「──あの『ゾディアック』を殺す覚悟は、あるか?」


 ──殺す。

 その言葉を聞いた途端、アルマの顔が青ざめた。


「あ、あ……ある、で……あります……」

「嘘は()くな。正直に言え」

「う…………殺すのは、まだ抵抗があるであります……」

「そうか……んじゃ、次の質問だ。あの『ゾディアック』の攻撃を、その剣で砕く事はできるか?」

「それは…………わからな──」

「──見つけました」


 ヴァーゴの声が聞こえた──瞬間、アルマがイツキを抱き上げ、その場を飛び退いた。

 そのまま勢いを殺す事なく駆け抜け──住宅を破壊しながら迫るヴァーゴの攻撃を避け、ヴァーゴと向き合う。


「……その子は、さっきの……」

「おいアルマ、下ろせ」

「はっ! も、申し訳ないであります……つい……」


 イツキが機関銃(マシンガン)を構え、アルマがぶら下げていた剣を抜いた。


「……女の子に守られて、恥ずかしくないんですか?」

「うるせぇよ。こっからは二対一だ。覚悟しろ」


 力や体力が劣っているイツキに、殺す覚悟のないアルマ。

 『ゾディアック』と戦うには戦力不足すぎる二人を見て、ヴァーゴがどこか楽しそうに笑った。


「……軟弱な『人類族(ウィズダム)』に、幼い『地霊族(ドワーフ)』。私の相手をするには役不足ですが──えぇ、その勇気だけは褒めましょう」

「見るからに年下の子どもに褒められたって、何も嬉しくねぇよ。なあ、アルマ」

「は、はっ! その通りであります!」

「残念ながら、私の年齢はアナタ方より上ですよ。“束ねるは凍てつく冷気。固まるは冷たき意志。集まるは冷酷な殺意。集え、武器よ。思いのままに全てを貪り、我に勝利を”──『エクス・アイシクル・ウェポン・アーツ』」


 様々な氷の武器が造られ──ゴクリと、隣のアルマが緊張で喉を鳴らした。


「──死ね」

「舐めんなッ!」


 機関銃(マシンガン)の引き金を引き──氷で造られた武器を一掃していく。

 そのままヴァーゴへ銃口を向け、弾丸を放ち続ける。

 横に駆けて弾丸を避けるヴァーゴ──その表情を見て、イツキは心の中で首を傾げた。

 ──ヴァーゴの口元に、笑みが浮かんでいる。

 あの笑みは……そうだ。まるでイタズラに成功した子どものような──


「──ッ!」


 反射的に、もしくは本能的に、イツキは背後を振り返った。

 ──氷で造られた剣が、イツキを真っ二つにせんと迫っている。

 慌てて機関銃(マシンガン)で破壊しようとするが──間に合わない。

 これは、死ぬ──


「うわあああああああああっ!」


 氷の剣がイツキを真っ二つにする──直前、銀色の閃きが割り込んだ。アルマの振るった剣だ。

 『地霊族(ドワーフ)』の腕力を(もっ)て放たれた一撃は──氷剣を簡単に砕いた。


「悪い、助かった!」

「ふぅ……! ふぅ……! せ、背中は任せるであります……! 殺す事はできなくても、守る事はできるでありますから……!」

「ちっ── “束ねるは凍てつく冷気。固まるは冷たき意志。集まるは冷酷な殺意。その鋭き先端で我が敵を討て”『エクス・アイシクル・ランス』っ!」

「形体変化ッ! 『弐式 散弾銃(ショットガン)』ッ!」


 極太の氷槍が、一斉に射出される。

 対するイツキは、魔力銃の形を変え──ジャゴッとリロードし、その銃口を正面に向けて引き金を引いた。

 ──ドウンッ!

 重々しい射撃音が響き──散弾銃(ショットガン)の弾が、迫る氷槍を爆散させた。

 いや──それだけでは止まらない。


「なっ──ぐっ?!」


 氷槍だけでなく、その先にいたヴァーゴの左腕を撃ち抜いた。

 ──威力が、機関銃(マシンガン)とは比べ物にならない。

 散弾銃(ショットガン)の威力に、イツキは思わず戦慄した。

 ──いける。

 もう一度散弾銃(ショットガン)を撃とうと、引き金に指を掛け──


「──そこまでだッ! 武器を下ろせッ!」


 突如聞こえた第三者の声に、イツキとアルマは勢い良く振り向いた。

 そこには──重そうな鎧に身を包んだ、騎士のような男たちがいた。


「むぅ……この状況で、騎士隊を相手するのは面倒くさいですね……」


 血が流れ出る左腕を押さえるヴァーゴが、苦痛と屈辱が入り混じった複雑な表情をイツキに向ける。


「この決着はまたいつか。その時は──最初から全力で()りますので、そのつもりで」

「二度と来んな」


 中指を突き立てるイツキに一礼し──ヴァーゴが駆け出した。


「……はっ……」


 緊張が解け、その場に座り込んでしまった。

 イツキとアルマには目もくれず、騎士隊は逃げたヴァーゴの後を追いかけて行く。


「──すまない。少し話を聞きたいのだが」


 座り込むイツキに、騎士の男が話し掛けてきた。

 その雰囲気と、その立ち振る舞い──騎士について何の知識もないイツキでも、この男が騎士隊のリーダーだと察する事ができる。


「あ……はい、どうぞ」


 男の雰囲気が原因だろう。思わずイツキが敬語で先を促す。


「ふむ……君たち二人が、『乙女座』の相手をしていたのだな?」

「まあ……はい」

「そうか……名前は?」

百鬼(なきり) (いつき)……です」

「あ、アルマ・オルヴェルグであります……」

「ナキリ・イツキ……そうか、君が……」


 面識はないはずなのに、男は一人で納得したような表情を見せる。


「おっと、『乙女座』の後を追わねば。すまないな、また()()


 男の言葉に、イツキが口を開こうとするが──その前に、騎士の男がその場を立ち去った。

 残されたイツキとアルマは──とりあえず、ランゼの元へと向かった。

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