閑話〜茜の憂鬱〜
「いってらっしゃーい!」
『パタン』
買い物に出て行く健吾の後ろ姿を、満面の笑みで手を振りながら見送る茜
「…行ってしもうたの。」
すぐに帰ってくるはずとはいえ、見知らぬ土地で見知らぬ物に囲まれているのはやはり不安なのか、茜の表情はみるみるうちに曇っていった
リビングにあるソファーに座り、膝を抱える茜
「律はどうしてるかの…?」
一緒に人界に来た親友であり兄妹のように育ってきた律も気になる、不安は募るばかりである
「…」
『コチ、コチ、コチ』
時計の秒針が無機質に時間を刻んでいく
「…暇じゃの。」
そう言って茜はソファーに横たわった
4月の午後5時、南向きの部屋に入る日差しが徐々に少なくなっていく
1日中晴天で、夕焼けが近くを流れる小川を照らしてキラキラと光る
日差しとそよ風のバランスが心地よく、茜はまどろみに落ちていく
……
どれ程の時間が経っただろうか
茜はいつのまにかソファーで寝息を立てていた
「ん……ふわぁ〜〜………ん??」
体を起こして大きな欠伸をしながら体を伸ばす茜
その体には毛布がかけられていた
「毛布なんぞかぶった覚えがないぞ??」
いつの間に毛布を出したのか?と考察する
そんな茜の元に砂糖と醤油、かつおダシの香りが漂ってくる
「ん〜いい匂いじゃあ〜」
生えてはいないが、犬が耳をピンと立てて尻尾をブンブン振り回すようなまぼろしが見えるようだ
いい匂いにつられてキッチンに向かう茜
「お、起きたか。」
そこには黒地にヒヨコ柄がプリントされたエプロンを着けた健吾が立っていた
「……」
言葉もなく立ち尽くす茜
「よく寝てたから、とりあえず毛布掛けといたぞ。神さま…?が風邪引くのか知らないけど。」
「……」
相変わらず無言な茜
「とりあえず、肉じゃがとレタスと豆腐とワカメのサラダ作った。もうすぐできるからちょっと待っててくれ。」
「……っくふ」
突然吹き出す茜
「あ?」
健吾が茜の方に振り返る
「あは、あははは、あははは!!」
堪え切れなくなり茜は腹を抱えて笑いだした
「おっ、お主…ヒヒヒ、なんじゃその可愛らしい割烹着は、ふふふふふ…」
「何って、普通のエプロンだろ?何がおかしい!」
「いや、若い男が、しかもどちらかといえばコワモテのお主が、ふふふふふ、そんな、可愛らしい割烹着とは、ふふふふふ、ははははは…」
茜はついに床にうずくまってしまった
健吾は顔は2枚目だが三白眼で初対面の人には少なからず緊張されることが多い
初対面の女性で気安かったのはゆきくらいである
「…失礼な、これでも気にしてるんだぞ。目つきのこと。」
「いやー失敬失敬、これからは笑わないように善処するぞ。」
善処ってことはまた笑うかもしれないとのことなのか、と内心思う健吾
「あ、言うのが遅くなってしまったのう。」
笑いの波がようやく収まった茜が健吾に声をかける
「…今度は何?」
健吾が茜に訝しげな目を向ける
そんなことを気にせず満面の笑みで健吾の脇に立つ茜
「ふふ、おかえりなさい!」
健吾はキョトンとした顔で呆気にとられた
そして鼻で軽くため息をつく
「ただいま。」
健吾も笑顔になって茜に返事をした
「肉じゃができたぞ、食べよう。」
「わーい!!」
茜の無邪気な声が部屋に響く
テーブルに食事が並び、茜と健吾は向かい合って座る
「「いただきます」」
食前の挨拶をして、2人は楽しげに箸を進めていくのだった