第六話 殺し屋仲間
油断しているヘルガンに一つ、爆弾が飛んできた。
「”音響爆弾”!」
幹部の一人がそう叫んだ。爆弾は空中で炸裂し、周囲に閃光と轟音が走った。
「面倒な…!」
ヘルガンはヘルメットなどで頭の防御をしてなかった所為でまともに影響を喰らう。
しかし2秒もたたないうちに音と光は消えていった。ヘルガンは空中に浮いたまま苦しむ様子もなくそこにいた。
「ったく、面倒なんだよ音響爆弾は」
ヘルガンの左手には直方体の黒い物体が握られていた。
「それはなんだ…?」
幹部は銃を構えた。
「光と音を吸収する道具だ」
直方体の黒い物体を見せつけるようにして言った。
「ぐっ…」
男は黒い物体に向かって銃を放った。ヘルガンはそれを左手を下げ、躰を若干右にずらして回避した。ヘルガンは光学迷彩を起動し、姿を消した。
次の瞬間、幹部の男の眉間に銃が突きつけられていた。
「ヘルガン……」
男はヘルガンを睨んだ。ヘルガンの空いた左手にはもう一丁、拳銃が握られていた。
――銃声。
男の頭から鮮血と脳漿が飛び散る。即死だ。
続けて左手に持った銃を火煉の隣にいるもう一人の幹部の男の眉間に照準を合わせ、引き金を引いた。
「――なかなかやるじゃない」
火煉は目の前で僅か数秒のうちに殺された幹部を一瞥してニヤリと笑みを浮かべた。
「次はお前だ、火煉」
ヘルガンは抑揚のない冷淡な声で告げた。
* * * * * *
「男と男の決闘や…」
筋骨隆々とした強面の男、サルゴは目に見える装備、武器をすべて捨てた。
「……何を―」
「お前はその装備が邪魔で本気で戦えていない!俺は本気で戦いたい!だから、俺は邪魔な物を取り除いてこれで戦う!」
サルゴは目でお前も装備をとれ、と告げていた。
レオはその目を受けてゆっくり装備を外し始めた。
足、腰、胴、腕・・・・・・
そして、顔――
「なっ…!?」
サルゴの表情に驚愕の波が押し寄せた。
「久しぶりだな、猿野豪。」
レオはサルゴの眼を見据えて言った。
「懐かしいな、百田玲央。」
サルゴの額から汗が一粒流れる。レオとサルゴは互いの目を睨みながら間合い調整を始めた。ゆっくり円を書くようにして二人は歩く。周囲の戦闘音が無になるような錯覚に陥るほど張り詰めた空気だった。
レオが刀を構える。しかし刃は自分に向いていた。
サルゴが付けていた手袋の指から長い爪のような刃が現れる。
「「行くぞ!」」
レオとサルゴが走って距離を詰める。
レオが刀を振るう。サルゴが指爪を振るう。
互いの武器が火花を散らして打ち合う。レオの動き、サルゴの動きには一切無駄がなかった。
サルゴが一瞬の隙をついて首を爪で切った。レオは瞬時に読み取り峰で弾いた。弾いたことによってより大きな隙が生まれた。サルゴは地面を蹴って跳躍し、わき腹に蹴りを入れた。
レオは短く声を上げるとサイドステップで体制を整えた。同じく地を蹴って速度を上げると剣の峰を横一直線に振るい、サルゴの顔を殴った。
「痛て!」
サルゴは頬を右手で軽く触ると血を吐いた。口の中を切ったようだ。
「たったこれだけの間でもうリタイアか?つまら――」
サルゴがレオの躰を爪で切った。レオの言葉はそれによって止められたのだ。
「雑談してる場合じゃあないだろう?」
サルゴはそういいながら走って接近すると、下から×を描くようにして爪刃を振るった。
レオは峰で受け止めると衝撃をすべて受け切って押し返した。衝撃の倍返しだ。
サルゴが体制を崩し、後ろへ倒れかける。レオは隙だらけの腹に飛び蹴りを食らわした。サルゴは蹴られて地面へ仰向けに倒れた。
レオがサルゴの顔付近の地面に剣を突き刺した。
「俺の勝ちだ。」
レオはそういうと剣を地面から引き抜いた。
「それが本気の戦いか…?」
サルゴは仰向けに倒れたまま言った。「さっきから剣の刃がない方ばかり使いやがって。なんのつもりだ?」
「これが俺の罪だ。俺はこの剣でたくさんの人を殺めた。俺に殺された人たちへの俺なりの償いだ。」
レオはサルゴに背を向けて言った。そして、剣を柄を自分の面前へと上げた。
「…の、割にはいっちょ前に剣使いやがって…笑わせてくれるぜ。刀使う相手が俺じゃないならその理由は通じるとしても、相手は俺だ。そんなの償いにも何にもなりゃしねえよ」
サルゴはフッと笑みを浮かべた。
「俺らは元、政府の殺し屋だろ?」
===Three years ago
「君たち、頼んだよ。」
片目に眼帯をつけた黒髪の少年、レオは腰に付けた剣を握って礼をした。
「必ず、遂行してみせます」
丸眼鏡をかけた白髪の初老の政治家は顔中に笑みを浮かばせた。
「我々が圧力によって情報統制しているのだ。忘れてはいけないよ、政府公認の暗殺者達」
初老の男の顔からは笑みが消えた。男はゆっくりと扉を開き、部屋を後にした。
レオとサルゴは標的がいるところへと歩みを速めていた。
「サルゴ、今日は何だ?」
「皮膚に触れたらそこから浸食して全身痙攣させる毒」
額に横一線傷跡のついた強面の男――サルゴは毒が入っていた瓶を眺めて言った。口元に笑みが浮かぶ。
「全く、即死毒じゃないのがまた恐ろしいな」
レオは腰に付けた刀の柄を強く握った。「敵にしたら厄介だな、お前は」
「それはお前もだ」
二人はお互い見合うと笑った。
「着いた。」
「おう」
二人の表情は一瞬で固くなった。殺気が漂う。二人は足音の出ない歩き方で施設に入っていった。
暗い色のコンクリートで建てられた少し大きい工場だ。中には3人労働者がいた。標的は2人とは少し離れた所にいる眼鏡をかけた青年だ。フラスコに何か緑色の液体を入れている。
サルゴが入り口から入って壁を上り始めた。手には吸盤付き手袋が嵌められていた。あっという間に天井まで到達する。そして慎重に天井を這い始めた。
レオは様々な道具や機械に隠れながら距離を詰めていた。鞘から刀を引き抜く。切っ先を青年のうなじに合わせると床を蹴って一気に接近した。上からサルゴが毒仕掛けの針を首に投げ刺した。
針が刺さると僅か1秒で全身に毒が回り痙攣を始めた。痙攣による影響で物音を立てないうちにレオがうなじを真一文字に切った。血が噴水のように勢いよく噴射する。サルゴが天井から手袋を外して飛び降り、一瞬で縄で縛って横に寝かせた。二人は血に触れないようにしながら行動し、工場から出た。
こうして誰にも気づかれることなく対象を殺害した。
二人はこうしてたくさんの人間を殺害してきた。政府が隠蔽する必要もないくらいに上手く殺害をしてきた。
次第にレオの刀は血を吸う妖刀に、サルゴの爪は毒を求める血爪に、闇に堕ちていった。
===
「死んでった奴等への償いは、俺らが本気で殺し合いすべきだと思うぜ?どちらかが死ぬまで戦う。本当の死闘をすることが俺らの本当にすべきことだ。お前が殺めてきた血を吸うその妖刀で、俺が瀕死に追いやった毒を吸う血爪で!決着つけようじゃあないか」
サルゴの目は真剣だった。もう、自分の死を受け入れているかのようだった。
「そが…本当に償いか…?これで俺はたくさんの命を葬ってきた。これでお前の命を奪っても業が増えるだけだ。本当にこれが……解なのか?」
「じゃあなんなんだ!!同じ殺し屋で共に人を殺めてきたって相手までも殺すのをためらって、そんな中途半端な償いなんて償いとは言えない!俺とお前、どちらかが死なないと死んで顔向けできないんだよ」
サルゴは訴えるかのようにして言った。
「……取り消すなら今のうちだ」
レオの眼が変わった。刀を構える。
「取り消さない」
サルゴは嬉しそうに言った。




