第七話:暗殺者は前世の知識を活かす
ディアが来てから、すでに十日が経っていた。
年齢が近いこと、そして同じ趣味と目標があることから、だいぶ打ち解けてきている。
その中で、ディアは大人ぶっているが、実のところ寂しがりやであり、甘えん坊なのだと気付いた。
昨日なんかは、ルーグは子供だから一人で寝るのは寂しいよね。なんて言いながら、ベッドに入り込んできて、俺を抱き枕にしたぐらいだ。
年齢が年齢なので性欲など存在しないが、妙に胸が高鳴った。ディアに抱きしめられると彼女の甘い香りや柔らかさ温かさが妙に気になった。
「ルーグ、今日もお姉ちゃんの言うことをよく聞くんだよ」
「……いつから俺は弟になった?」
昼食を食べながら、おかしなことを言いだしたディアにツッコミを入れる。
「ああ、そう言えば、あのことをキアン様は隠しているんだったね。じゃあ、とにかく師匠命令でルーグは弟だよ!」
あのことって? まさか、ディアが腹違いの姉だとでもいうのか?
いや、それはない。
うすうす気づいてはいる。
師匠となってくれた人だ。できる限り彼女の情報は集めた。
ディアはヴィコーネと名乗った。
アルヴァン王国にその名の貴族は存在せず、隣国にヴィコーネという名の伯爵がいる。
そして、母は表向き平民出身となっているが、魔力持ちかつ、その優雅な立ち振る舞いや礼儀は後から身に着くものではなく、どこか高貴な生まれのはずだ。
そんな母とディアは似ている。特徴的な銀髪も容姿もくせも、アルヴァン王国ではまず聞かないわずかな訛りがある発音も。
母はヴィコーネ家で生まれ、なにかしらの理由から身分を偽って、父に嫁いだのだろうと俺は考えていた。
そして、その仮説が正しければ、ディアは俺の従姉である可能性が高い。
「わかった。師匠の命令には従おう」
「ふふん、わかればいいの。それにしても、トウアハーデはご飯が美味しいよね」
そう言いながら、ディアがグラタンを美味しそうに頬張る。
昨日は狩りに出てウサギを仕留めたので、それを使ったクリームシチューを振る舞い、今日はその余りでグラタンを作った。
クリームシチューに茹でたマカロニを加えて香辛料で味付け、ドライトマトを散らすことで味の印象を変え、たっぷりのチーズをかけてから焼けばグラタンに早変わり。
「あまり、豪華なものが出せなくて悪いな」
「そういうのは食べ飽きてるよ。このグラタンっていうのはとっても優しい味がして、大好き」
「喜んでもらえてうれしいよ」
「……なんでルーグって七歳でそこまでできるの? 博識だし、年下なのに私より頭いいっぽいし、私これでも神童とか言われているのに」
「両親の教育の賜物だ。うちはスパルタでね」
父と母は仕事で出かけているため、ここ三日ほどは俺が料理を作っている。
最初は、本当に料理ができるのかと訝しそうに見ていたが、今ではこうして喜んで食べてくれている。
……そう言えば、そろそろキジが肥え太る季節だ。
脂がのったキジはうまい。今日の魔術開発が終わったあと、狩りに出てみよう。
夕食にうまいキジのローストを食わせてやれるかもしれない。
◇
ディアと二人で中庭に出る。
この十日、手分けをして片っ端からさまざまな魔術を書き出し、規則性を見つけ続けてきた。
十日で思い知らされたが、ディアのセンスはすごい。
分析に自信がある俺よりも、多くの規則性を見つけている。
直観力が優れている。それは俺にはない才能だ。
「これでルーグの作ろうとしていた魔術が完成するはずだよ」
そう言って、殴り書きしたメモを渡してきた。
二人で、土と火の複合魔術を作る研究をしていた。
ディアはこうやって色々とアイディアを考えられても、自分で魔術を完成させると、それを使用できなくなる。
【式を織るもの】を持つ俺が術式を完成させる必要があるのだ。
「すごいな。ここまで解析して、それをこういう形で使うなんて」
「お姉ちゃんだからね!」
いや、それは関係ない。
それを口にして拗ねられてもつまらないので、俺は頷いて作りかけの術式にディアの新発見を盛り込む。
……よし、完成だ。
「これができれば、魔術そのものの価値が跳ね上がるな」
「うんうん。遠距離高火力魔術。しかも燃費は抜群。とてもいい魔術になるはずだよ」
さあ実験しよう。
暗殺に適した魔術を。
◇
二人で開発した魔術は非常に物騒なため、領地の裏にある山で行う。
屋敷の中庭では狭すぎる。
頷き合い、魔力を土属性へと変換して詠唱を始める。
虚空より鉄を生み出す。それが自然と取っ手付きの筒となり、筒の内部には溝が掘られる。
さらに詠唱を続けると、筒の中にタングステンの弾丸が装填される。
ここで、一つ目の魔術が終了。次は火属性へと魔力を変換して高め詠唱をする。
筒の内部に火の魔力が高まり……はじけた。
その爆発がタングステンの弾丸を押し出し、筒の中に掘られた溝、ライフリングにより超高速回転が与えられ、射出される。
弾丸が一瞬で音速を超え、ライフリングにより直進性を与えられ四百メートル離れていた山に着弾。木に当たったようで、大木がへし折れた。
「やった、成功だね。射程400メートル。魔術の常識を変える新魔術。弓でも届かない距離でこの命中精度、威力! うん、最高!」
「これだけ距離が取れるのであれば、詠唱時に無防備になるという弱点も気にならない。加えて鎧を着こみ、魔力で強化している相手でも殺せる威力がある」
従来の魔術は、射程が長いものでもせいぜい50メートルほど。
敵との距離が50メートルしかない状態で、体を強化する魔力を失うのは自殺行為だった。
だが、これは違う。400メートルの射程があれば敵の弓矢すら届かない安全な場所で詠唱ができるのだ。
俺が術式を記した紙を渡すと、今度はディアが詠唱し、魔術を唱え、弾丸を放った。
「やった! 岩に当たったよ! あんな大きな岩が木っ端微塵だよ」
「もう少し練習しよう。威力は高いがピンポイントで狙う必要がある魔術だ。練習で数をこなすために、こんなものを用意した」
数十の弾丸。
毎回、銃身を作る魔術を唱える必要はない。
弾丸を手で込めて、火の爆発だけで弾丸が放てるのだ。実戦でもこういう運用になるだろう。
「気が利いてるね。いっぱい、練習しよ」
「ああ、そのつもりだ」
そうして俺たちは夢中になって、新魔術を練習した。
撃てば撃つほど精度が上がっていくのを感じる。
命中精度を上げるために大事なのは、いかにして反動を抑え込むか。
爆発を引き起こす火種を作り終わった時点で、魔術は完成している。
火種が爆発するまでの一瞬で魔力により身体能力強化を行うというのがミソだが、なかなかタイミングがシビアだ。身体能力を魔力で強化しないと反動で銃口が跳ねるのを抑えきれないどころか、ふっとばされそうになる。
この魔術で生み出した砲身の見た目は火縄銃によく似ているが、火力も命中精度も段違い。
火属性の爆発魔術は黒色火薬より圧倒的に威力が高い。それは弾丸を押し出す力が強いと言うこと。
何より、撃ちだす弾丸の性能が違いすぎる。
弾丸の硬度が高いほど貫通力は増す。タングステンの硬度は鉄とは比べ物にならない。
タングステンは分厚い装甲を貫く戦車用砲弾に採用されていると言えばその実力が分かるだろう。
鋼鉄板すら、タングステンの弾丸は容易く貫く。
流線形の形状により空気抵抗による威力減衰が少なく、ライフリングにより極めて精度が高い射撃を行える。
……便利な魔術だ。だけど、勇者を相手にするならまだまだ火力が足りない。
魔力で強化された肉体は頑強だ。
並の魔術士相手なら、この程度の火力でも貫けるが、規格外を相手にするのであれば心許ないし、そもそも勇者の規格外スペックであれば昼寝して無防備な状況ですら殺せない。
だから、もっと強い魔術も用意した。
そっちも試そう。基本思想は同じだ。
だが、スケールが違う。
俺の魔力量でないと使えないものだ。
「ルーグ、それ、ええええーーー」
。
俺が新たに唱えている魔術が形になっていく。
まずは、砲身を生み出す。
火縄銃サイズのオリジナルとはレベルが違う。言うならばそれは戦車砲だ。
六メートルほどの長い砲身は分厚く、異様なまでの威圧感を放つ。当然、そんなものを手で持つことはできない。なので台座が用意され、深々とスパイクが地面を穿っている。このスパイクで大地につなぎ留めなければ、射撃と同時に反動で吹き飛ぶ。
あまりのサイズで一度で砲身を生み出すことができず、三回にわけて生み出し、それを変形魔術で接合した。
次に打ち出される弾丸を生み出す。
もちろん特大だ。戦車砲では一般的な120mm弾、大よそ一般的な拳銃弾の14倍もの直径。でかすぎて、弾丸一つが牛乳瓶ぐらいある。
深呼吸して、火の魔術を行使する。
銃を撃っていたときは、砲身が破裂しないように力を抑えていた。だが、こいつは違う。全力で爆発を起こしても耐えられるだけの分厚い砲身を生み出した。
砲身内で銃のときとは比べ物にならない圧倒的な力が渦巻く。
「ディア、耳を塞いでおけ」
「うっ、うん!」
空気を震わす轟音。
さきほどまでの銃撃が子供の遊びに見える超火力。
スパイクで地面に固定していたにも関わらず、大地を引き裂きながら砲身は後退し、銃撃を受けた山肌にはクレーターができていた。
「弾丸の質量を上げ、爆発を強くすれば威力は段違いになる」
前世で戦車を操縦し、砲撃をしたこともあるが、この魔術の威力はそれを上回る。
これですら勇者なら戦闘態勢で魔力強化すれば防ぐだろうし、そうでなくとも常時発動型の防御スキルがあれば怪しい。
それでも、相手が油断しているときに殺せるかもしれない。それぐらいの手札は手に入れた。
「いったいこれ、なにを撃つつもりで作った魔術なんだよ! ? あきらかにオーバーキルだよ!」
「いや、これぐらいでないと殺せない相手が現れるかもしれない。これですら、不安があるぐらいだ」
撃ち終わった砲身をチェックする。
……まずいな。一発でひびが入っている。かなり分厚くしていたのに。
俺の瞬間魔力放出量では、これ以上分厚い砲身を生み出せず、爆発の威力を引き上げれば、砲身が砕ける。
砲身の材質を鉄から変えるか。硬さだけならタングステンのほうが数段上ではあるが脆い。硬さと粘りを両立する金属が必要だ。
こうなると単元素の金属しか生み出せないことが大きなネックになる。こうして鉄などは生み出せても合金や加工された金属は生み出せない……逆に考えよう、合金を作る魔術を生み出せばいい。そうすればより強い金属が作れる。
「威力は期待通りだが、問題だらけだ」
「めちゃくちゃだよ。……でも、こういうの撃てたら気持ちよさそう」
「詠唱してみるか」
「ううう、悔しいけど無理。それ、ルーグみたいなバカ魔力が必要だもん」
ディアの言う通り、燃費は最悪だからな。
ただ、威力は折り紙付き。
「この魔術の問題点は見えた。とりあえず、今日は練習だな」
「うんっ! ふふふ、この魔術があればあの蛮族どももいちころだよ!」
ディアはディアで苦労しているらしい。
あの蛮族というのは何かわからないが、何かしら敵がいるようだ。
射撃の精度を上げながら、問題点をいくつか整理する。
一つ、連射速度。
この弾丸を手で込めるというのが面倒だ。多少手間でも給弾機構を作ったほうがいいかもしれない。
二つ、強度不足による火力制限。
これ以上の火力増に鉄でできた砲身は耐えられない。より強い火力を求めるのなら工夫が必要。
どちらも、解決策は見えている。少しずつ対処していこう。
「そういえば、ルーグ。まだ、魔術の名前を付けてなかったよね」
「そうだな、今、こうやって手に持って撃っているほうを【銃撃】、でっかいほうを【砲撃】にしよう」
「よくわからないけど、カッコいい名前だね!」
こうして、今日はディアの魔力切れまで銃を撃ち続け昔の勘を取り戻した。
動かない目標相手に、無風か弱風状態であれば300メートルまでなら必中させられる。
普通の暗殺であれば、この魔術一つで大抵なんとかなるだろう。
銃と言う概念が存在しない世界でのスナイプはほぼ無敵なのだから。
「あと、四日か……ずっと、こうしていたいね」
ディアが寂しそうに呟く。
彼女と一緒に居られる時間は残り少ない。彼女がいなくなる前にやり遂げたいことが俺にはあった。