第二十四話:暗殺者はみせつける
俺は魔物の群れに向かって走る。
エポナは、黙ってついてきていた。
俺がした約束、『エポナを止めれるぐらいに強いと証明する』それを見届けるために。
走り出すと同時に、詠唱を始めた。
……普通に戦えば、あの軍勢に勝てるわけがない。
だから、俺が持つ最強の広範囲殲滅魔法を使う。
それは、神槍【グングニル】。
弱点としては、高度一千キロメートルに上昇後、自由落下という性質から十分以上、着弾にかかること。
それ故に、ピンポイントで槍を当てるのは不可能に近い。
しかし、勇者級の化け物でなければ直撃でなくても殺せる。
魔物どもの群れに打ち込むため、タングステンの槍を天に放つ。
それを連続で。
俺の魔力量は常人の千倍を超える。
瞬間放出量はせいぜい十倍程度であり、勇者ほどの強さは発揮できないが、無尽蔵の魔力で打ち続けることはできる。
敵の群れに向かって走りつつ、神槍を放ち続けた。
敵の群れまであと五百メートルというところで足を止めた。
これ以上近づけば、【グングニル】に巻き込まれる。
オークとゴブリンの群れが、進軍を始めている。
リスク覚悟でもこちらに引きつけなければ。
あれ以上、進まれれば、その先で防衛線を構築している学園の仲間を巻き込んでしまう。
ここが、味方を巻き込まずに全力を振るえる最終ライン。
「出し惜しみはしない!」
ポシェットから、ファール石を取り出し、魔力を込めて臨界へ。魔法で弓矢を生み出し、矢のアタッチメントにファール石を取り付け放つ。
「いけっ!」
魔力での身体能力強化を前提にして、無茶な張の強さをした弦は、五百メートル以上先へとファール石付きの矢を放ってくれる。
それは、進軍を始めたオークたちの最前列で着弾し、爆発した。
ファール石に込めた魔力は、火属性七割、風属性二割、土属性一割。
この比率がもっとも破壊力がある。
破裂したファール石から炎が走り、風が炎を煽って爆発となり、爆風で鉄片が周囲に飛び散る。
オークやゴブリンたちが、何十匹も虐殺される。
三百人分の魔力を込めた爆発は伊達じゃない。
立ち止まり、次々にファール石の矢を放つ。
一発目と同じく最前列へ。
中央を狙ったほうが多くの魔物を殺せるだろうが、俺の目的は足止めであり、これ以上学園に近づかせないことだ。これでいい。
そして、これは学園にいる連中への警告でもある。こちらにくるなと。近づかれれば、次の本命で味方殺しをしてしまう。
俺の目論見どおり、進軍が止まり、奇声をあげつつ、この大惨事を起こした俺に向かって軍勢が押し寄せる。
ポシェットの中のファール石は使い切った。
鶴皮の袋からの補充が必要。
しかし、それより前に俺の本命がくる。
「喰らえ、神槍……【グングニル】」
天より、神の槍が降り注ぐ。
大地が割れ、底が見えないほど深い放射状のクレーターができ、陸に土の津波が引き起こされる。
遥か彼方、上空1000キロからの自由落下で、百キロもの質量が秒速4000kmへ加速し、最強の質量兵器となる。
アメリカが開発しようとした、核以上の威力を持つ通常兵器。
それを魔法によって再現した、最大最強の必殺技。
着弾点から半径百メートル以内にいた魔物は跡形すら残らない。着弾点から離れた魔物も、衝撃波と石礫、土の津波によって押しつぶされる。
一発ですら、それだ。
二発、三発、四発、すでに天へと放った残り九発の神槍が降り注ぐ。
逃げ場を作らないよう、着弾ポイントを計算した。
四方八方から土の津波が魔物の群れを襲うように発生し、一匹たりとも魔物を逃がさず蹂躙する。
「これが、ルーグのほんとの力、僕だって、こんなこと」
怯えすら混じったエポナの声が、背後から聞こえる。
勇者にそう言ってもらえるのは誇っていいだろう。
しかし、それは殺す相手に手札を見せたということ。
一つ、力を使うたびに、この勇者を殺しにくくなる。
そんなことはわかっている。
それでも、大切なものを守るために必要なことだ。
雑魚は、俺でも倒せる。
だが、魔族はそうはいかない。
エポナが立ち上がってくれなければ、どうにもならない。
俺はディアを、タルトを、この学園を守りたい。
そのためなら、今の手札ぐらい晒してやる。
「これでも生き残る魔物がいるとはな」
土の中から、のそのそと魔物がはい出てくる。
合計八体。
見るからにほかのオークとは一線を画す力を持つ特別な個体だ。
これが噂に聞く上級魔物か。
ここに来るまで見なかったことを考えると、魔族オーク・ジェネラルの切札のようだ。
こいつらは、直撃でなければ死なないだけの規格外な力を持っていたのだろう。
しかし、それすらも想定内。
鶴皮の袋を取り出す。
「【設置】」
鶴皮の袋に隠されていた、砲台を取り出す。
さっき、人質を救出する際に使った銃も、これに比べればおもちゃだ。
120mm戦車砲というべきサイズの砲台がスパイクで大地に固定される。
その巨大な筒の中には、ファール石パウダーではなく、常人の三百人分の魔力が込められたファール石そのものが入っている。
プロトタイプの砲は、この分厚さでも、俺の全力の爆発魔法に耐えるのが精いっぱいだった。
だが、この新型は違う。
さらに厚さをまし、合金を見直し、魔法的な強化までし、ファール石の爆発にすら耐える化け物になった。
作成に手間暇かかるので、即時詠唱では生み出せないが、収納し持ち運べる鶴皮の袋があれば運用できる。
これもまた、鶴皮の袋の利点だ。
「【照準】」
砲台が、八体の生き残った上級魔物たちに向けられる。
オークたちは鈍重な動きでこちらを向く。
よほど、自らの守りに自信があるのか、回避行動をとらない。
……防御力に自信があるのもわかる。
たかだか余波とはいえ、【グングニル】に耐えたのだから。
しかし、それは過信だ。
そのツケを払ってもらおう。
「【一斉砲撃】」
砲からの一斉射撃。
ファール石をまるまる火薬として使った。
つまりそれは、三百人分の魔力がそのまま破壊力に変換されるということ。
爆弾として敵に叩きつけるのとは違い、砲弾一つに威力が集約する。
範囲攻撃ではなくなったが、単体への威力としては、砲が数段勝る。
扱いやすい魔法の中では、最高の威力を誇る。
故に、絶対的なタフネスを誇る、上級魔物だろうが木っ端微塵に砕ける。
目の前にいる魔物は全滅した。
あれほど、学園を苦しめ、総動員で対抗していた連中を俺は一人で蹂躙したのだ。
振り向いて、エポナに笑いかける。
「今まで事情があって実力を隠していた。これが俺の本気だ。おまえが暴走すれば、全力をもって止める。信じてくれるか?」
エポナが返事をしようと、口をあける。
そして……俺は全力で後ろへ跳んだ。
俺がいた位置に巨大な金棒が振り下ろされた。
それを振るったのは、魔族オーク・ジェネラル。
おそるべき巨体とパワーがありながら、気配を消して土に潜り、地下を進んで不意を打った。
単細胞なオークでありながら、こいつは計算高い。
「おっと、殺せると思ったんじゃがな。この小僧、隙がないのう」
「そういうおまえは隙だらけだ」
暗殺者は油断をしない。
どれだけ気配を消そうと、この瞳は魔力が見える。
土の中から近づくこいつのことは見えていた。
そして、見えてわかっていたからにはカウンターの準備もしている。
馬鹿みたいに開けたくちに、臨界にしたファール石を放り込んでいた。
口内でファール石が爆発。
ファール石の威力だ。いくら魔族とはいえ、無事ではすまない。
首から上が消し飛んでいる。
しかし……。
「おしい、おしい、その未熟なメスではなく、お主が勇者なら、我らは負けたかもしれぬ。なのに、お主はただの人間じゃ」
吹き飛んだ頭が瞬時に回復する。
再生能力なんて、そんなちゃちなものじゃない。
もっと異質な何かだ。
……これこそが勇者でなければ魔族を殺せない理由。
魔族は、肉体は持つが、存在の力というもので具現化している。
存在の力を削らなければ、肉体などいくらでも復元できてしまい、存在の力を削れるのは勇者の一撃だけ。
「エポナ、戦え! あれだけ、俺の強さを見せてもまだ、信じられないか」
「でも、僕は」
「戦いのさなかに余裕じゃのう。後悔するぞ」
オーク特有のバカ力で、大木のような巨大な金棒を縦横無尽に振り回す。
その速度は常軌を逸しており、見えていても回避がぎりぎりだ。
攻撃も単調に見えて、そうではない。
ふつうは振り切るしかない勢いでも、無理やり筋肉で止めて折り返してくる。攻撃が予測しづらく、神経が削られる。
ただの全力を出しただけなら、とうに捕まっていた。
ぎりぎり対応できたのは、薬を使って脳のリミットを外しているから。
特製の薬を打ち込むことで、リミッターを外し、常人の二十倍もの魔力で身体能力を強化している。
これもまた、本来は対勇者用の切札。
……こんな無茶、そう長くもたない。
目の前でフルスイングされ、躱したのに風圧で吹き飛んだ。
お返しとばかりに、毒を塗ったチタンナイフを投擲、深々と太ももに突き刺した。
「おう、わしすら動けなくする毒があるとは。じゃが、毒ごと肉を捨てればこの通りじゃ」
自身の片足をもぎ取り、一瞬で再生して突進してくる。
本当に嫌になるな。
肉体的な疲れは【超回復】が癒してくれる。しかし、集中力がいつまでもつか。
……この戦いは俺とオーク・ジェネラルの戦いじゃない。
俺の強さをエポナに信じられるかどうかの戦い。
俺がひき肉になるまえに、エポナが戦ってくれるよう、強さを見せつけるとしよう。
こいつは骨が折れそうだ。